体育祭の名物競技っ!
六月の空は、どこか気まぐれな灰色をまとっていた。梅雨の気配がじんわりと学校の校庭を濡らしていく。それでも、高校三年生たちは体育祭という一大イベントに向けてそわそわしていた。
そして放課後、いつもの教室の一角。五人の仲間たちが集まっていた。
「いやー、体育祭って聞くだけでテンション上がるよなぁ! 僕、今年もリレーでアンカー狙ってるんだよね!」
満面の笑みで叫んだのはミナト。その脳天気さはまさに安定感のあるおバカ具合で、クラスの誰もが彼のことを嫌いになれない。
「ミナト先輩、それ去年の体育祭の時も言ってましたけど、アンカーにはなれませんでしたよね。選抜外れて補欠でしたし。」
冷静なツッコミを入れたのは、二年生のミコト。美しい黒髪を揺らしながら、さらっと鋭い言葉を刺してくる。
「おお、痛い! ミコトちゃん、毎度ながら心がえぐられるゥ!」
「事実ですから」
「ま、まぁまぁまぁ……ミナト、がんばってね? ね?」
仲裁に入ったのはサクラ。ふわふわした口調で、しかし内容が全然ついてこないのが彼女の特徴だ。
「でもさ、リレーってたしか順番も大事だよね? 最後に足速い人がいるとなんか、こう、逆転ホームランみたいな……」
「それ、野球じゃない?」
すかさずツバサが突っ込んだ。論理的な視点を持つ彼女は、基本的にブレることがない。
「逆転ホームランって……最後にバトン持つ人はホームに帰るのか? 競技のルールが書き換わってない?」
「そっかー、じゃあサッカーかな?」
「だからなんで球技前提なの、っていうか運動全体がごちゃまぜ!」
呆れ顔のカナデが、軽く眼鏡を押し上げながらぽつり。
「そういえば、体育祭といえば例の名物、借り物競走だよね」
この言葉に、一同がぴたりと静まった。
「借り物競走……ねぇ。あれ、毎年一部がカオスって聞いたけど?」とミナトが呟く。
「うん。実際そうだった。去年とか、カナデとわたしで過去10年分の借り物リストを分析したんだよね。」
ツバサの声に、カナデもコクリと頷く。
「記録によると、統計的に“意味不明”と分類されるお題は全体の12.3%。その中でも特にやばかったのが……」
「“夕暮れに泣く男”」
「“左利きの右手が器用な人”」
「“告白直後に振られた人”」
「“自由を叫ぶ人類の希望”……ってそれ人間なの!?」
「全部実在の生徒が当てはまったから成立してるってのがまた恐ろしいよね……」
サクラがぽかんと口を開けた。
「それって、どこで探すの? というか、見つけられるの? 告白直後に振られた人って……タイミングめっちゃ限定的じゃん……」
「そういうお題に当たった人は、教室に戻って必死に誰かに告白してたらしいよ」
「逆にすごい根性だな、それ……!」
ミナトが感心しながら頷くが、その目には一抹の不安がよぎる。
「え、オレ、そういうの引いたらどうしよう……“好きな人を連れてこい”とかだったら……え、ど、どうすれば……」
「そのときは素直に私を呼んでください。」
ミコトが即答した。
「えっ……!?」
「えっ……?」
「えっ……」
「……」
ミナト、ツバサ、サクラ、そしてカナデが固まる。
「……また、言っちゃった……」
ミコトが口元を指で隠しつつ、視線をそらす。
「え、ちょ、ま……そ、それって、その……冗談……?」
「三回目になりますが、冗談じゃありません。私、ミナト先輩のこと、ずっと見てましたから。」
「え……えぇええええええぇぇぇ!?」
ミナトが椅子から転げ落ちる。
ツバサはそっと目を伏せる。誰も気づかないくらいの小さな声で「まただ……」と呟いた。
「ちょっと、これは分析に値するわね……」
カナデがスマホを取り出し、何かを書き始める。その視線の先は、実はツバサの微妙な表情だった。
「で、でもでも! ミナト、借り物競走のお題に“好きな人”って出たら、誰呼ぶの?」
無邪気なサクラが火に油を注いだ。
「いや、それはさすがに……! そもそも、そういうのってさ、人前で言うもんじゃないじゃん?」
「じゃあミナト先輩、“好きな人”って言われたら、誰かすぐに思い浮かびますか?」
「……うっ……」
ミナトの視線がふと、ツバサの方へ向く。ツバサも気づいたが、何気ない顔を装って机をとんとんと指で叩いた。
「ま、まあ……借り物競走ってさ、ぶっちゃけ運じゃん? 当日引く紙がすべてだし、だからこそ盛り上がるっていうか!」
「運だけで勝てるほど甘くないんだよな、これがまた」
カナデが、苦笑しながら過去の統計をめくる。
「とはいえ、面白いお題も多かったよ。“靴下の色が左右違う人”とか、“ポケットに飴を入れてる人”とか」
「僕、それ去年引いた! 飴、五人くらいからもらった!」
「人気だったんですね……」
「ただの物乞いですね」
ミコトが冷静に指摘し、一同が笑う。
「じゃあ、今年の体育祭も面白くなりそうだね!」
サクラがニコニコと微笑む。
「うん……面白くなりそうだよ」
ツバサは、微かにミナトを見ながら呟いた。
「燃えてるね、ツバサ」
「……うん。負けたくないから。いろんな意味で、ね」
その目は、いつになく真剣だった。
ミナトはそれに気づかず、校庭の夕焼けを眺めていた。
そんな中、ミコトは小さく呟く。
「……勝負、ですね」
「ん? 何か言った?」
ミナトが顔を向けると、ミコトはふっと笑って首を横に振った。
「いいえ、なんでもありません」
六月の空は、また気まぐれに晴れ間を見せていた。体育祭はすぐそこに迫っている。そして、青春という名の混線リレーも、すでにスタートラインに立っていた。




