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カナデデイズ

今日も、カナデは静かにツバサを観察していた。


休み時間、教室の端。机に肘をつき、スマホに視線だけを滑らせる。表情は変えない。だが、心の中では次々にデータが更新されていく。


「——笑顔の頻度、先週より12.4%増加」


カナデのスマートフォンには、独自に構築された観察用アプリが稼働している。ツバサの表情、発言の傾向、対人距離、発汗量(これは主に体育の後に記録される)、ありとあらゆる情報が蓄積され収集されている。


今日もツバサは笑った。やわらかく、ほんの少し、頬を緩める。誰かの冗談に、あるいは自分の中だけで何かを面白がったのか。理由は定かではない。だが、その表情は確かに以前よりも自然で、そして頻度が高まっていた。


統計的に有意。p値0.03。


しかし、論理性は変わらない。発言の選び方、物事への反応、問題解決の仕方——それらは依然として論理を基礎にしていた。


ツバサは理性を捨ててはいない。ただ、そこに「感情の容認」が混じり始めた。


カナデは目を細め、スマホの画面を操作する。


新たな予測アルゴリズムを走らせる。


——ツバサは今後、どう変化するのか?


仮説は四つに分岐した。


一つ目、感情の開放が進み、やがて論理との共存が始まる。


二つ目、今の変化は一時的な外れ値に過ぎず、やがて元に戻る。


三つ目、外的な影響。周囲の誰かがツバサに感情を呼び覚ましている。


そして、四つ目——


カナデはその仮説を、指先の操作を止めてしばし見つめた。


「私が、原因である可能性」


それは観察者として、最も避けるべき事態だった。


観察対象に、観察者が影響を与える。しかも、意図せずに。


ツバサはカナデの視線に気づいていないはずだ。


だが、どこかで何かが、伝わってしまっているのだろうか。


カナデはそっと息を吐く。



カナデの気配を消すスキルはツバサに有効に働いている。だから、ツバサの変化が自分に起因するものではなく、もしかすると、もう一人の存在——ミナトの影響が強く作用しているのではないか、という仮説が頭をよぎった。


ミナトはツバサのクラスメイトであり、彼との関わりが、ツバサの「感情の容認」に変化をもたらしているのかもしれない。これまでの観察で、ミナトの周囲にいる時のツバサは、どこかリラックスしているように見える瞬間があった。彼との会話ややり取りの中で、ツバサは微妙に変わっていったように感じた。


カナデは心の中でデータを照らし合わせる。確かに、ツバサとミナトが一緒にいるときの会話は、ツバサが普段の冷徹な態度を少しだけ崩す瞬間が多く、その度に表情の変化が観察されていた。もちろん、ミナトの存在がツバサに与える影響は、カナデの目から見ても明らかだ。彼の少し不器用な優しさや、無邪気な笑顔が、ツバサに何らかの感情を呼び起こしているのだろう。


「もし、ミナトが原因なら…」


カナデはその思考を深める。ミナトの影響がツバサの感情を変化させているとすれば、それは単なる偶然ではない。ミナトの存在そのものが、ツバサにとって何か特別な意味を持っているのだろう。


そして、カナデはひとつの結論に達する。ツバサの変化は、ミナトとの関わりによって、無意識のうちに引き起こされたものだという可能性が高い。もしかしたら、ツバサはミナトとの接触を通じて、初めて「感情の容認」—感情を抑えずに受け入れることを学び始めたのかもしれない。


その瞬間、カナデは自分の中で一つの確信を抱いた。ミナトの存在が、ツバサにとっての「変化のトリガー」になっているのだ。そして、その変化は今後も続くだろう。


カナデの心の中には、彼女の観察対象としての役割を超えて、少し違った感情が芽生えていた。


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