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第3話

「随分と冷静にって来たじゃねぇか」と大男は言った。


「いやい傾向だよ。り物事に対処する時は冷静じゃねぇとな。先刻さっきまでのあんたはどうも苛附いらついて居て仕方が無かったぜ?」


 そう言って大男は笑った。


りあれだよな。暗いと人間、冷静で居続ける事なんてとても出来ねぇよな」


「いやれは君だけだ」「ふふっ、れはあんただけね」


 年若い男と婀娜あだやかな女は同時に否定した。大男は少々狼狽(うろた)えた表情を見せたがぐに咳払せきばらいをして場をつくろった。


「あー……で、何だ、の……かくだな、もうとっととこんな場所は脱出しようぜ。あかりは手に這入はいったが、こう云う場所からは早々に退散したいんだよ、俺は」


「そうね。まぁあたしもこう云う場所は好きじゃないし。さっさと行きましょ」


「そうしたいのは山々なんだが……」と年若い男は口を濁した。


 脱出可能ならばたしかに出たい所では有ったが、しかし年若い男の収集範囲を遙かに超えての地下迷路は広く、出口はそう簡単には見附みつかりそうも無かった。


 意識を集中させ、年若い男は把握出来る範囲を拡げて行く。半径五〇〇(メートル)から徐々に徐々に、少しずつ押し広げて行く。


 六〇〇、七〇〇、八〇〇、九〇〇、一〇〇〇(メートル)。一一〇〇(メートル)から一二〇〇、一三〇〇、一四〇〇、一五〇〇……二(キロメートル)


 いまだに出口は無かった。迷宮と云って差支さしつかえない広さがここには有った。どうやら自分の力ではとてもでは無いが、の地下迷宮を把握する事は出来そうに無かった。


 半径にして三・七(キロメートル)、能力の限界ぎりぎりまで拡げて見たが出口は見当みあたらなかった。


「ここに来た時みてぇな方法は採れねぇのか? あれなら簡単に出られるんじゃ……」


「使った本人でさえわかって居ない能力を使うのか? 無茶もい所だぞ」


って見るべきだね」と婀娜あだやかな女が口をはさんだ。


「あたしの勘にればここからの脱出はそんなに時間がかからない物なんだ。と云う事はつまり、すくなくとも歩いての脱出じゃないって事だ。違うかい? あんたの話にるとここから半径三・七(キロメートル)以内に出口は無いってうじゃないか。三・七(キロメートル)……おまけにここは高低差も結構激しいとると、もう答は一つしか無い。あの時と同じ様にして脱出する。れが出来るって事の何よりの証だよ。って見る価値はるさ」


 年若い男は少し考えた。が、ぐに心はきまった。迷う事など何も無い。どうせ今のの状況がすでに異様なのだ。


 ならばあれこれと悩む事など無い。おのれの力が通じぬ状況で猶且なおかつ、新たな能力が得られる絶好機だと云うのなら、流れに乗って身に着けてしまえばい。


 覚悟はきまった。腹はくくった。全く聞いた事の無い能力を使うと云う不安はぬぐい去れないが出口が見附みつからない以上、これにけて見るしか無さそうだった。


 不図ふと失敗したらどうなるのか、と云う思いが頭をかすめたが考えない事にした。今はこれしか無いのだと自身に言い聞かせた。


「失敗した時の事を考えるとは相変あいかわらず慎重だねぇ……」


「失敗……」と大男は初めての事態に思い至った様で慌てた調子で訊いて来た。


「別に……だな、信頼しないわけじゃないんだが、万一失敗した場合はどうなるんだ?」


わからん」と年若い男は答えた。


「言っただろう? の力は僕も使った事が無いんだ。失敗した場合一体どうなるかなんてわかわけが無いだろう? まぁ先刻さっきうまく行ったんだから大丈夫だと――何処どこへ行く?」


 逃げようとする大男を婀娜あだやかな女は捕らえて放さない。


「そりゃ無いでしょ? まぁるからには一蓮托生よ。大丈夫、あたしの勘はここから抜けられると言ってるんだから。のあたしを――いえ、の場合は彼、かしら?――を信じなさい」


 そう言って女は大男を年若い男の前に連れて来た。大男は情け無い顔を浮べて居たがやがて顔を引き締めて心持ち胸を張ってこう言った。


「そうだな。ここまで来て往生際が悪いよな。好し! 地獄の底まで附合つきあってやるぜ!」


「底じゃなくて地上に出るんだよ。……まあい。かく試してみよう。いつ発動するかはわかるんだな?」と言うと婀娜あだやかな女はうなずいた。年若い男は応じて「わかった、れなら最先の様な方法でって見る事にしよう」と言った。


れじゃ二人ともあたしにいて来て」と婀娜あだやかな女は水上を歩き始めた。巨大な地底湖の湖水の上を歩いて行く。水には波紋すら起って居ない。水上には誰も居ないかのようだった。しかし確実に婀娜あだやかな女は水上を歩いて居た。婀娜あだやかな女は最も近い円柱に近附ちかづいて後ろを振返ふりかえった。


いて来てって言ったでしょう?」


「あのなぁ、僕達は君のように水上を自在に歩きまわる事なんて出来ないんだよ。君には何でも無い事かも知れないが僕等ぼくらには出来ないんだ。の湖、深さがわからない上にそもそも僕は金槌で泳げないんだよ。こんな所に這入はいったら溺れ死ぬ事にる」


「俺がかついで行こうか?」と大男が言ったが遠慮した。


「おーい、の兄ちゃんは無理っぽいぞ。何処どこか別の発動地点を探したほうがいんじゃないか? 其処そこじゃないとどうしても駄目なのか? 別の場所は?」


「何言ってるのさ。の水があるだろう?」と婀娜あだやかな女は指差した。


れが有れば水の上を歩く位なら出来るから問題無いさ。半分はためにわざわざ作ったんだから。有効活用して貰わなくちゃ困るよ」


「半分って事は他にも使うと云う事か? 一体何のために」


れはわからない。でもあたしの勘はここを出てからも使うと言ってる」


 しば躊躇ためらった後、年若い男は水上へと足を運んだ。沈むかに思われたが水の上で留まった。奇妙な感覚だった。


 一歩一歩確かめながら歩いて行く。後ろから大男もって来て年若い男に追附おいつくと歩調を合せた。


 変な感じだな、と大男は言う。年若い男も、同感だ、と答えた。


 水は踏み締めるたびに毛布にでも足を沈めてる様な感触を足に残す。しかし実際には沈んでなど居らず矢張やはり水に波紋がおこる事は無かった。


 相変あいかわらず水は何事も無かったかの様にたたずんでる。結局婀娜(あだ)やかな女の待つ柱に到着してもなお、何もおこる気配が無かった。婀娜あだやかな女を見ると悠然と微笑ほほえみ、柱を指した。


 年若い男は柱に触れた。滑らかではなく凹凸おうとつを有したざらざらした感触がてのひらに伝わる。一度後ろに婀娜あだやかな女と大男を見た。二人ともうなずいた。


 年若い男は柱に向き直って情報を収集して行く。出来る限り緻密に精密に。てのひらの触れて箇所かしょの半径は六・二(メートル)。精確な円柱では無く微妙に歪んでる。成分不明。硬度は高く破壊は間違い無く不可能。


 人工物では無い。人の手は間違い無く這入はいって居ない。しも這入はいって居ればこんな歪な形はして居ないだろうとう分析結果が出た。


 柱は水中から伸びてる。水上に出た直後が最も細く、半径は四・五(メートル)。水深が深くなればなる程に太さが増して行く。把握出来る範囲では最大二二六(メートル)


 意識を上に向ける。水中から水上へ。柱は上に行けば行く程に太くなる。これは水中と同じだった。しか此方こちらのほうが急劇きゅうげきだった。


 天井までの距離は十八・二(メートル)。五米の地点で半径八・一(メートル)。十(メートル)ると少しだけ細くなり七・五(メートル)


 十五(メートル)の地点で半径は十・四(メートル)。そして十八・二(メートル)の地点では半径は六・六(メートル)る。


 地上までの精確な距離は三一(メートル)。天井からなら十二・八(メートル)の距離に空洞の様にってる部分は全く無い。すべてが岩石で固められて居た。


 いやわずかだが穴が空いて箇所かしょが有った。全部で三つ……いや四つ。穴は何処どことも通じてらず、大きさは人間が丸まって這入はいれる程度の物だった。


 其処そこからさらに上に行くと地上に出る。剥き出しの地面に草がまばらに生えてる。雑草だった。わずかだが蒲公英たんぽぽも混じってる、だ開花しては居なかったが。


 白い石が敷き詰めてる。の部分には雑草は生えて居ない。周囲には寂れた工場が一つ建ってるだけだった。工場内部は無人で暗い。時刻はすでに夜にって居た。


 しかし工場には人が居た気配が無く機械類は錆附さびついてる。つるが巻きいてる物さえ有った。


 工場の周りは木々に囲まれてり、人家も何も無かった。街灯がぽつんぽつんと有りそれぞれ点灯してる。電気は通って居た。生物は見当みあたらない。鳥の姿も無ければ猫も野犬のたぐいも居ない。虫すら居なかった。


 工場の建物は天井が抜けて居た。夜空が見える。しかし星も月も出て居なかった。と云って雲がわけでは無かった。空は晴れて居た。夜空には暗闇以外何も見えない。


 星明ほしあかりも月明つきあかりも無い状態だった。工場を照らしてるのは照明だけだった。自然物に囲まれ唯一の人工物たる工場跡地もまた、自然物と化そうとして居る状態であかりをもたらして居るのは工場内の照明と街灯だけだった。


 街灯はぐに森の中を伸びて居る。道のアスファルトは大半が砕けてぼろぼろにってり、雑草におおわれつつる事も手伝って、其処そこかつて道路で有った事実を忘れさせた。


 ただ、規則正しく立並たちならんだ街灯が其処そこが道路で有った事を示して居た。存在して居た筈の建物は何も無くなって居た。


 否、存在すらして居なかった。どう情報を集めても其処そこには建物が有った痕跡は認められなかった。ただ、一軒の小さな工場がだけだった。周囲は深い深い森に囲まれて居た。


 何も無い森の中に佇む工場。電線が無く内蔵電源がわけでも無いのに光を放つ照明。有り得ない空間が有った。


ここって何処どこなんだ?」と大男が言った。


「いつの間に夜にったんだ? たしか会場に集められた時は朝だった筈だろう? 夜にる程、俺達はあの洞窟の中に居たのか? の割に腹も全く減ってねぇんだが……と云うか、腹の減り具合からすると、どう考えてもだ昼前の筈だぞ。どうなってんだ?」


「無事に脱出出来た様だな」と年若い男は辺りを見廻みまわして言った。


 工場の一角だった。周囲には人は居らず、無人の工場だった。使われなくなって久しい物だと云う事が見て取れる。鉄屑にまで草が巻きいて居た。壁も崩れ掛けてつたが這って居る。金属製の壁と扉は見事に錆附さびつき今にも崩れそうだった。


「ここは位置的には大通りだった筈だ」と年若い男は言った。


「だが周囲は森に囲まれ民家や建物のたぐいは見えない――どころか生き物自体が居ない。人は勿論もちろん、鳥や猫や犬や虫すら居ない。の一帯には僕達以外の生命体は無い」


「生命反応全くの零って事か? いくら何でもそりゃ無いだろ。もう鳥渡ちょっと細かく探して見りゃ何かるだろう。れか偶然此の辺りには誰も居ないとか――」


「人以外の、虫や動物すら含めたすべての生命反応が全く無いなんて状態が普通()るか? 百歩譲っての辺りが何らかの理由で無人だったと仮定しよう。だが無人なら無人で野良猫とか野良犬とかがる筈だし、大体これだけ木々の生えて居る場所で鳥とか虫とかが全く生息して居ないなんて事は有り得ないぞ。しかの工場跡地は一体何なんだ? 分析にるとの工場が使われなくなってから最低でも二十年以上は経って居る。しかの街灯の並んで居る場所、あそこは道路だった所だぞ。あっちは全く整備されなくなってからすでに七十年以上だ。明らかに計算が合わない。の工場を使って居るのなら普通は道路を使う筈だろう。きちんと整備をしなければ道路はぼろぼろにってしまうし、事実そうなって居る。れはつまり車を使わず歩きでここにって来て居たと云う事だ。あらかじめ断って置くが、ここから半径三(キロメートル)以内に建物が建てられた、あるいは建って居た形跡は全く見受けられない。三(キロメートル)も離れた所から何で歩いて来る必要がるんだ? おまけに何で照明が点いて居るのかも全くわからん。の辺りには電線なんて無いだろう。発電機も無い。く筈が無いのに点灯して居るんだ。地下を通って居るのかとも思ったがれも違う。地下に電線は無い。あの街灯や工場内の照明は独立した物だ。何処どことも通じて居ない、居ないにもかかわらず皓々《こうこう》と辺りを照らして居る。何なんだここは? いやれ以前にの工場はそもそも何なんだ? ここで機械類を動かして居た事はわかる。わかるが動かして居ただけだ。何かを作って居たわけじゃない。ただ機械を操作して鉄骨を移動させて居ただけれも何処どこか別の工場に運ぶためじゃない。工場内で動かして居ただけだ。本当に何もして居ない。意味の無い単純作業を只管ひたすら繰返くりかえして居た。の跡しか無い。一体何がどうなって居るんだ」


「そんな一遍いっぺんに言われても――つーか、俺に訊かれてもな……姐さん?」


 婀娜あだやかな女は口許に手を当てて何かを思案顔で居た。視線は工場を移ろって居た。


わからないねぇ……」と婀娜あだやかな女はしばらく経ってから言った。


「こりゃ流石さすがのあたしもお手上げだ。元々あたしの勘は非道ひどく曖昧な物だからね。でも――の辺りの生命反応(ぜろ)ってうのは本当なのかい? あたしの勘にると近い内に誰か――いや何かかな?――がここに来る筈なんだけれどねぇ」


「何かって何だよ? すくなくともの周辺には生命反応は無いし、建物のたぐいも無い」


「突然現れるって事だって有り得るだろう? あたしらみたいにさ」


「僕と同じ様な能力者がここにって来ると? そう云えばの会場に居た他の連中はどうなったんだ? 先に脱出した奴等やつら何処どこへ行った? 残って居た奴等やつらは脱出出来たのか?」


こたえるかうかはわからないけどさ、あの連中とは多分、もう二度と会う事は無いと思う」


「勘か?」


「勘さ」


 年若い男は婀娜あだやかな女の言葉の意味を考えて見た。嘘は吐いて居ないだろう。実際()の女の勘は今まで不気味な程に的中して居る。


 今のの状況(すべ)てがの女の自作自演と云う事も考えられたが、証拠も無ければ理由も無い。翻弄して何にると云うのか。


 只一ただひとたしかなのは、の女があの会場に集められた合格者とは二度と会わないと言って居る以上、そうなのだろうと云う事。の女の意図であろうと無かろうと、れは間違いるまい。


 婀娜あだやかな女の手が伸びて年若い男の前まで持って来られた。


「疑り深いねぇ……そんなに気にるなら調べて見ればいだろう?」


 年若い男は少し迷った後、収集する事にした。こう云う事は判切はっきりさせて置いたほうがい。手を取って意識を集中させた。


 年齢は二七歳、身長一六七(センチメートル)、体重五八(キログラム)、体脂肪率二七・七パーセント。胸廻り一〇〇(センチメートル)、胴廻り六四(センチメートル)、尻廻り九二(センチメートル)。……だけだった。れしかわからなかった。


「年齢と体のサイズ以外の情報が全く取得出来ないんだが……」


り駄目だった? あたしの勘でもあんたの力だと精々《せいぜい》其のくらいしかわからないだろうって言ってたんだけど……ふふっ、でもまぁ流石さすがのあたしも正確な年齢やサイズや体脂肪率まで把握されるのははずかしいねぇ」


「恥ずかしがる必要がる数値とは思えないがな……もっといびつな数値の奴も居るだろう。れに体重や体脂肪率などは完璧に正常範囲内のようだが」


「ふふっ、わかってないねぇ……そう云う問題じゃないのさ。他人に正確に把握されてしまう事、れ自体がはずかしいのさ。まぁあんたにあたしの性格やら嗜好まで把握されなくて好かったと云う所かね」


「君は……わかった上で言って居たのか?」と年若い男は答えた。


「正直どんな事がわかるかと思って居れば……これじゃ調べようと調べまいと同じだった――」


「そうでも無いさ。あんたはあたしの事を余り信用して居なかっただろう? 敢えてう言う事で信頼して貰おうと思って居たのさ。それに、御蔭おかげで頭も冷えただろう? どうもあんたは未知の存在に出遭うと動揺してしまうみたいだからねぇ……謎だらけだったあたしだって年齢やら胸廻りやら胴廻りやらの情報は判切はっきりわかったんだ。別に化物ってわけじゃない。だろう?」


「ああ……そうだな」


の工場の事だってそんなに慌てる事は無いさ。わからない事や不自然な事を余りに気にして居ると身動き取れなくなるよ。まぁあたしの事は追々《おいおい》信用して貰うとして……取敢とりあえず今はの近くに来る筈の存在が何かを見極めるのが先決――」


「いや、もう来てるぜ。大分だいぶ前から其処そこに居る」


 婀娜あだやかな女の言葉をさえぎって大男が言った。


「話はおわったか? ……じゃ、取敢とりあえず『あいつ』が何者なのか教えてれ」


「あいつ……?」

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