世界の鎖
ドーンと大きな音がして、びっくりしたスコーは、耳を押さえてしゃがみこみました。ふりむくと、町が燃えていました。スコーがはたらいていた町です。
スコーはまだ子どもですが、両親がいないので自分ではたらかなければなりませんでした。はたらくのは大変ですが、大好きなお花にかこまれているのでちっともいやではありませんでした。けれどもそのお花屋さんももえてしまいました。
今朝、よその国の兵士がやってきて、銃や大砲を打ったのです。たくさんの人がけがをしました。これまでは遠くで起きていた戦争がついにスコーがくらす町でもはじまってしまったのです。スコーは走って逃げてきたのでした。
またドーンと音がして、スコーは目の前の森に逃げ込みました。ここならきっとあのこわい人たちに見つからないはずです。
森を歩いていると、洞窟がありました。しばらくここでくらそうかと思いましたが、近づいてみるとイバラのつるがのびていて、洞窟の入口をふさいでいました。
名残惜しそうにつるのすきまから洞窟をのぞきこみます。
「わっ!」
スコーはびっくりしてとびのいてしまいました。なぜなら、洞窟の中にはひとりの女の子がいたからです。
「どうしてそんなところにいるの?」
イバラのつるはかたいトゲがいっぱいついていて、草むらにわけいるように入れるものでもありません。
スコーが自分の名前を教えると、女の子はソーンと名乗りました。
「村が燃えてしまって、森へ逃げてきたの」
森の反対側にある村からきたようです。
「ぼくとおんなじだ。ひとりきりなの?」
「大人たちが兵士に向かっていって、子どもたちを逃がしてくれたの。だけど、逃げ切れたのはわたしだけ。洞窟があったから隠れたの」
「こんなにトゲだらけなのによく入れたね」
「わたしがきたときは足下だけだったのよ。一晩寝て起きたらこんなふうになっていたの」
「ずいぶんとかたそうなつるだなあ。はさみで切れるかなあ?」
スコーは腰からさげていたはさみを手に取りました。お花屋さんでつかっていたものです。このはさみでお花をぱちんぱちんと切って花束にしていたのです。
けれどもイバラのつるはなかなか切れません。
「これではとても無理だ。だれか大人を呼んでくるよ」
スコーはソーンがくらしていたという村にいってみました。けれども辺り一面焼け野原で、だれもいませんでした。
森で木の実を集めながら洞窟にもどりました。
「だれにも会えなかったよ。だけど木の実がとれたよ」
イバラのつるのすきまから手を差し入れてソーンにわたすと、うれしそうに食べました。
スコーも口にほおりこみました。真っ赤な実はあまくて、みずみずしくて、あっというまになくなりました。
次の日の朝、洞窟の前で目を覚ましたスコーはびっくりしました。一晩でイバラのつるがのびていたのです。早くしないとどんどん出られなくなってしまいます。
スコーはソーンがけがをしないように、せめてトゲだけでも取り除いてあげようと思いました。
ぱちぱちとトゲを切り落とすと、いいました。
「今日はもっと遠くにいってみるよ」
遠くの町には少しだけ人がいました。けれどもみんな戦争のせいで大けがをしていて、とても森までは歩けません。
スコーは毎朝、イバラのトゲを切ってから助けを求めに走りました。
「一晩で育つイバラだと? そりゃあ、切るのは無理ってもんだ。世界の鎖ってやつさ」
「世界の鎖?」
「そうとも。世界がばらばらにならないようにぐるぐる巻きに縛っているのさ」
「戦争ばかりで、世界はもうばらばらじゃないか!」
スコーは頭に来てしまいました。
それでも朝がくるとまた助けを求めにいきました。
どの町も、どの村も、助けてくれる人はいません。イバラはどんどん洞窟を埋めていきます。
戦場に行けば兵士がいるはずだ。そう思ったスコーは危険な戦場にいって兵士にたのみました。
「戦火から逃げて洞窟にとじこめられている女の子がいるんです。助けてくれませんか?」
「悪いが、おれたちは敵と戦っていてそれどころじゃないんだ。それに世界の鎖を切ってしまったら、大変なことになる」
強そうな兵士ならイバラのつるを切ってくれると思ったのですが、ことわられてしまいました。
「もうソーンを助けられないかもしれない」
泣きながら森へ帰る道は、草も花も木も枯れています。だれも世話をする人がいなくなって枯れてしまったのでしょう。
「そうか!」
スコーは気づきました。
「イバラを枯らしてしまえばいいんだ!」
森にもどったスコーは、いつもよりたくさん木の実をソーンにわたし、いつもよりたくさんイバラのトゲを切りました。
「ソーン、ぼくはしばらく旅に出るよ」
「どこにいくの?」
「イバラの根っこを探しに行く。根っこを掘り出して枯らしてやるんだ」
「そんなことしたら、世界がバラバラになっちゃうんでしょ?」
「かまうもんか! こんなトゲトゲしたもので無理矢理しめつけているからいけないんだ」
次の朝早く、スコーはイバラの根っこを探す旅に出ました。ソーンが自分でトゲを切れるようにはさみを置いていきました。
「スコー、きっと帰ってきてね」
「もちろんだよ、ソーン。待っていてね」
スコーはイバラのつるをたどって世界中を旅しました。
トゲの多いところは戦争をしていました。もしかしたら、人が争うことが養分になってトゲが育つのかもしれません。
熱い国、寒い国、たくさん歩いて、スコーはやっとイバラの根っこにたどりつきました。そこは、ソーンが閉じこめられているあの森でした。
「ああ、ぼくはなんて遠回りをしてしまったんだ」
スコーはがっくりとひざをついて頭をかかえました。でもすぐに立ち上がってソーンのまつ洞窟へむかいました。イバラを枯らす前にまずはソーンの無事をたしかめなければと思ったのです。
洞窟の前に、はさみが落ちていました。さびついて動かなくなっていますが、スコーがソーンにわたしたはさみにちがいありません。
洞窟の入口は、すっかりイバラのつるにおおわれています。
「ソーン! いるかい? ぼくだよ! スコーだよ!」
返事はありません。
きっとトゲを切るときにはさみを落としてしまったのでしょう。手を伸ばしてもとどかなかったのでしょう。
「ああ。ぼくがもっと早く根っこを見つけていれば」
スコーは洞窟の入口をおおっているつるを両手でひっぱりましたっが、びくともしません。トゲが刺さって血が出ましたが、ソーンはもっと痛かったにちがいないと思うとなんともありませんでした。
「ソーン……」
スコーは洞窟の前で横になりました。
「もう根っこを枯らす必要がなくなったし、ぼく、つかれちゃったよ……」
スコーはそのまま目を覚ますことはありませんでした。
やがてイバラはスコーの体をもおおいつくしました。
ふたりの命を吸ったイバラは今までにない早さでぐんぐん伸びていきました。
世界中の戦車や武器ものみこまれていきました。戦う道具が使えなくなったので、戦争が終わりました。すべての争いがなくなりました。
洞窟の前のイバラに花が一輪さきました。真っ赤なバラです。バラのそばには、サソリが一匹いました。サソリは大きなはさみでイバラのトゲを切っています。バラのやわらかい花びらが傷つかないようにしているようです。
森の中では、いつまでもぱちん、ぱちん、とはさみの音が響いていました。




