エール共和国へ 20
皆がそれぞれ解散した後、オースは未だ昏睡状態のアンリリズを背負い、宿の自室へと戻った。
そっと彼女をベッドに寝かせ、毛布を掛ける。
それから、無言のまま椅子に腰を下ろし、窓の外の夜空を見つめた。
教会での戦いが、彼の思考を縛りつけていた。
ただぼんやりと、夜が更けるまで窓辺に座り続ける。
——マエン。
心の内で名を呼ぶと、すぐさま体内に宿る魂が応じた。
【オース、どうかした?】
——前回、戦いを助けてくれたことへの礼を、まだ言えていなかったな……。
オースの脳裏に、ヴァムとの激戦が蘇る。
マエンが自らの身体を操り、絶望的な状況の中で舞い踊るように戦い、かすれば重傷、あるいは即死するはずの攻撃を巧みにかわしていた。
あの戦いの光景は、まるで刻印のように、オースの記憶に焼き付いていた。
「もし俺が、お前と同じように戦えたら、どれほど良かったか……」
「オースは、今のままで十分に強いよ」
マエンの声は、確信に満ちていた。
そこに、少しの迷いや皮肉すら感じられない。
十五年もの間、共に過ごしてきた。
時がどれほど流れようとも、彼女のオースへの信頼は、ただの一度も揺らいだことがなかった。
——確かに、オースは吸血鬼の力を持っている。
だが、強敵と渡り合うための実力は、持ち合わせていない。
これからエリズを救うために、強大な敵と戦う必要がある。
さらに、行方知れずのヴァムから、アイナの『バタリファ』を取り戻さなければならない。
拳を強く握りしめる。
胸の奥に渦巻く焦燥が、どうしても拭えない。
このまま迷い続けるだけでは、リズミアたちの足を引っ張ることになる——。
【そのことか……オースの頼みなら、マエンに断る理由はないよ。だから、お礼なんていらない】
——俺に、お前の戦い方を教えてくれ。俺は、強くならなければならない。
【マエンがオースの身体に宿っているのだから、マエンの持つ技術も、オースなら知っているはず……】
オースは沈黙し、しばし思案した後、改めて心の内で告げる。
——もし、『あの記憶』の力を解放しなければならない時が来たら、ためらわずに解禁してくれ。
【記憶の魔力流が枯渇すれば、オースは死ぬかもしれないよ……それでもいいの?】
オースは、一瞬息を呑んだ。
ゆっくりと窓の外へと視線を向ける。
“永遠の月”が夜空に浮かび、雲間から暗紅色の空が垣間見える。
——もし、それで誰かを救えるのなら……俺は、使う。




