迷える少女⑧
不知名のスミレの花畑に、突如として怪しい旋風が巻き起こった。
周囲の花びらは急速に回転する風によって半分に切り裂かれ、ひらひらと宙を舞った。
しかし、その旋風はほんの一瞬で勢いを失い、風に乗って舞い上がった花びらも再び半回転しながら地面へと降り注ぎ、まるで暗紫色の小雨のようだった。
消えゆく旋風の中心には、黒いローブを纏った謎の人物が現れた。
「久しぶりね……イリール大陸。」
冷徹な少女のつぶやきが、静寂な花畑に響き渡る。
彼女は顔を上げたが、その半分はフードに覆われ、月光は彼女の頬の下半分にしか届かなかった。
その光が照らし出すのは、首筋から伸びる、まるで血管のように膨れ上がった黒ずんだ傷痕だった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。彼女がイリールを離れてから――
彼女の思索は、過ぎ去った年月の記憶を遥か彼方へと追いやっていた。
ただ彼女に、この場所がかつて自分の足跡を残した地であることを思い出させるもの。
それは、夜空に煌めく無数の星々と、イリールの「永遠の月」だけだった。
彼女がここを去ったあの夜も、星々はこんなにも美しく輝いていた。まるで夜が明けることなどないかのように。
「……!」
突然、少女は右手で頭を押さえ、脳内を突き刺すような激痛に耐えきれず、苦しげに呻いた。
「なぜ……私は悲しいの……感情なんて、もうないはずなのに……」
彼女の体内に封じられている「救い」の鍵とされる呪い。
それは、どれだけの苦痛をもたらそうとも、決して解くことはできない。
どんなに深い哀しみと痛みの中に閉じ込められても、揺らいではならない――たとえ、感情が一度でも動くたびに、地獄の門前に片足を踏み入れるような息苦しさを味わうとしても。
かつて、自分を感情の波に飲み込んだ感情たちは、長い間彼女の心には存在しなかった。
しかし、この地に再び足を踏み入れると――
喜び。
悲しみ。
怒り。
哀しみ。
それらの感情は、堰を切ったように溢れ出した。
すべてが「異常」な感情とみなされ、再び自分を傷つけることを恐れて、彼女はそれらを心の奥深くへと追いやった。
しかし、どんなに厳しく見張っていても、それらの感情は無遠慮に戻ってきて、意識の中で暴れまわろうとする。
一瞬でも逃げ出せば、再び彼女によって追いやられるが、それでも感情は決して諦めることなく、まるでしつこい怪物のように彼女を苦しめ続けた。
「感情なんていらない……私は感情を持つべきではない。」
だけど……
この哀しみは、果たして何の理由もなく現れたものなのだろうか?
「……違う。」
もしかしたら、別の理由があるのかもしれない。
それは、感情が溢れ出すたびに、自分が思い出すあの場所。
「あの場所も……かつてはこんなにも美しかった……。」
彼女は呟きながら顔を上げ、満天の星々を見上げた。
美しい――。
けれど、それは絶望の淵に立つような息苦しさを伴う美しさだった。
彼女はフードを外し、「永遠の月」から差し込む冷たい月光が彼女の仰いだ顔を照らした。
その顔は、まるで天使のように美しかったが、リズミアとはわずかに異なる。
違いは、彼女の異なる色の瞳だ。
左目は細雪のような銀色、右目は深淵のような漆黒だった。
そして、彼女の顔半分を覆う暗黒の呪文の文様。
それが、彼女を一層恐ろしげな存在にしていた。
少女の顔に残る涙の跡は月光に照らされ、銀色の輝きを放ち、さっき感情が溢れ出たことで禁断の魔法によって意識を奪われかけた痛みを語りかけるようだった。
「さあ……行かなければ。」
感情を整えた彼女は手を上げ、その姿は再び吹き荒れる旋風の中に消えた。
揺れ動くスミレの花々は、風に乗って消え行く声とともに、無限に広がる花畑に小さな波紋を広げていった。
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