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純白幻想物語 吸血鬼の記憶の旅  作者: 水橋キレシ
第6章 悪夢にかこまれた町
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エール共和国へ 18

【マディノ司教……! 一体教会の中で何が起こっているんだ!】


 先ほどまでの余裕な態度はどこへやら、グラビの声色は突如として焦燥に満ちたものへと変わった。


 その隙を逃さず、オースは短時間で自身の血を凝縮し、暗紅色の長剣を形成すると、目の前の結界へと魔力流を集中させる。


 見えざる壁を睨みつけ、血剣の刃先に三重の魔法陣が展開される。


 それぞれの陣は同心円状に広がり、その中心には次第に膨れ上がる液状の球体が形成されていく。


 それはまるで、今にも爆発しそうな爆弾のようだった。


「ルミア、守護フィールドの展開を頼む……!」


 オースが言い終える前に、すでに血の祭壇の周囲には淡い青色の障壁が張られていた。


 まるで心を読んだかのように、ルミアは彼が言葉にする前に、最適な判断を下していたのだ。


 その様子を目の当たりにしたオースは、わずか半日ほど前に出会ったばかりの少女に対する警戒心を、さらに薄れさせた。


 イリール大陸では、魔力流を操る者なら誰しも使えるような単純な魔法のはずだった。


 しかし、ルミアが展開した障壁は、オースの想像を遥かに超える強度を誇っていた。


 いや、正確に言えば――彼女はまるで、すべてが取るに足らぬ戯れであるかのように、ただ遊びに付き合っているだけなのではないか。


 とはいえ、今は深く考えている暇はない。オースは手中の紅き球体へと、さらに魔力を注ぎ込んだ。


 次の瞬間、魔法陣が明るく輝き、手のひらから血色の衝撃波が放たれた。


 爆発的な反動を抑えきれず、オースの体がわずかに後退する。


 それでも彼は魔法陣を制御しながら、教会の防壁へと手を振り下ろした。


 魔法陣の中心から放たれた血の奔流は、鋭利な刃となって結界を切り裂き、真っ二つに分断する。


 その瞬間、地面に広がっていた黒泥が、まるで教会内部の魔力流に呼応するかのようにうごめき始め、切れ目から中へと流れ込んでいく。


 だが――オースは驚愕に目を見開いた。


 単に黒泥が再活性化したことに驚いたのではない。


 その結界の内側に広がる光景が、彼の想像をはるかに凌駕していたのだ。


 結界の内部では、暗青色の魔力流の竜巻が教会全体を包み込んでいた。


 巻き上げられた物質は、瞬く間に灰となり、風の中に消えていく。


 その中心部は、膨大な魔力流が渦巻く混沌の切断領域と化していた。


 目には見えぬ刃が暴れ狂い、触れたものすべてを容赦なく断ち切り、完全なる無へと還していく。


 数えきれぬほどの戦場を潜り抜けてきたオースだったが――これほどまでに圧倒的な破壊力を持つ剣技を目の当たりにするのは、初めてだった。


 これほどの剣技を操るのは――もしかすると、先ほどリズミアが言っていた「エリズを捜す手助けをしてくれる竜人剣士」に違いない。


 オースは無意識のうちに、ごくりと唾を飲み込んだ。


 この暴風の中に、イリール最強の生物――鋼鉄の如き龍鱗を持ち、竜巻の中を自在に駆ける古代竜でさえ踏み入れれば、無傷では済まないだろうと確信できるほどに。


【マディノ司教! 今すぐお助けします……!】


 結界の内部で想像を絶する戦いが繰り広げられていることに、結界の外で待機していたグラビは全く予期していなかったのだろう。


 その声には、明らかな動揺がにじんでいた。


 しかし、彼がそう叫んだ直後――教会の前に、緑色のフード付きローブをまとった影が現れた。


 そして、オースの姿は、その瞬間にはすでに消えていた。


「――すべて終わった」


 ローブの背後に浮かぶ黒き影の瞳が、血のように赤く光る。その影が完全に姿を現す前に、ローブの男は短い悲鳴を上げ、その場で石化したかのように硬直した。


 グラビの首筋に、一本の滑らかな切断痕が浮かぶ。


 鮮血が地面に滴り、やがて彼の体は制御を失い、静かに血溜まりへと倒れ込んだ。


 すでに奇襲を終えたオースは、プラットフォームの上へと戻り、崩壊していく結界を見下ろしていた。


 それと同時に、内部の竜巻も静かに収束していく。


 戦いは終わったのだ。


「エルフ、すごい! 本当に竜人剣士と一緒に敵を倒したの!?」


 リズミアが興奮気味に声を上げる。


 だが、オースは眉をひそめ、そっと視線を横へとずらした。


 ――その瞬間。


 彼は、誰にも気づかれぬようにルミアがローブの袖口から放った漆黒の光を目撃した。


 それは空間そのものを裂くように奔り、竜巻の中心へと一直線に飛んでいった。


 そして、ほどなくしてグラビが焦燥の表情を浮かべながら姿を現し――その命を絶たれた。


 オースは、いくつもの戦術を想定していたが、グラビを結界の外へと誘い出す手段は思いつかなかった。


 ましてや、先ほどリズミアが放った強力な魔法でさえ突破できなかった結界を、ルミアはたった一撃で無力化してみせたのだ。


 ――彼女は、迷いなく、躊躇なく、ただ冷徹な狩人として獲物を仕留めただけだった。


 崩壊する結界の隙間から、夜空に煌めく星々が覗く。


 リンナードの町の景色が戻り、昏睡状態の住人たちが教会前に集められていた。


 もしオースたちが結界を破壊していなければ――彼らは、司教が進める儀式の生贄になっていたかもしれない。


 燃え盛る教会は、まるでリンナード最大の演舞場のように、夜を照らしていた。


 しかし、その炎が激しく燃え上がるほどに、教会の輪郭は曖昧になり、ついには、まるで最初から存在しなかったかのように、完全に消え去ったのだった。


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