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純白幻想物語 吸血鬼の記憶の旅  作者: 水橋キレシ
第6章 悪夢にかこまれた町
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エール共和国へ 17

「でも、私の知る限り……そのいわゆる“滅びの女神”とやらは……他者の肉体を乗っ取ることでしか活動できない、ただの寄生虫に過ぎないわ。」


 オースにとって意外だったのは、これまで沈黙を保っていたルミアが、突然口を開いたことだった。


 彼女の表情は、フードに覆われていて見えない。


 だが、常に冷静だったルミアの声色には、微かに怒気が滲んでいるのを感じ取れた。


「そんなモノを崇めているとはね……貴様らの主教の趣味も、随分とお粗末なことだ。」

【もし滅びの女神が貴様の言う通りの下劣な存在ならば、確かに私は主教にそれを申し伝えねばなるまいな。】


 嘲るような笑い声とともに、結界が揺らぎ、脆くなり始める。


【――ただし、それは貴様らがこの結界を突破し、私を主教の元まで連行できた場合の話だがな。】

「オース、今すぐ引き返して、エルフを助けに行ったほうがいいんじゃない?」


 状況を理解できず首を傾げるリズミアは、ルミアとオースを交互に見つめた。


 しかし、オースは長く息を吐きながら言う。


「俺だってすぐにでも行きたい……だが、今は結界師によって教会ごと封じ込められている。」

「行く方法なら簡単です。リズミアさん、魔力流を解放すればいいだけですよ。」

「魔力流……の解放?」


 リズミアがきょとんとした表情を浮かべるのを見て、ルミアは彼女の手を掴み、夜空に向かって指を突き出した。


 その一瞬――


 眩い光が天を貫き、厚い雲を突き破る。


 まるで弾丸が鏡を撃ち抜いたかのように、夜空は砕け散った。


 だが、それはあくまで結界の境界を破壊しただけに過ぎず、結界師そのものの所在は未だ掴めていなかった。


【……ほう、これはこれは……】


 まるで思わぬ光景を目の当たりにしたかのように、あの声が含み笑いを漏らす。


 しかし、ルミアに手を掴まれた瞬間、リズミアの頭に強烈な痛みが走った。


 耐えるように目を閉じ、ようやく痛みが和らいだころ――彼女はルミアの冷たい声を耳にする。


「……今の感覚、覚えましたか? リズミア。」

「うぅ……頭が痛すぎて、よくわからない……」

「魔力流を指先に集めて、目標に向かって放つ。それだけです。」


 ルミアは、これ以上彼女に干渉すれば頭痛が悪化すると判断したのか、手を離し、距離を取った。


「ルミア、リズミアと一緒に結界師を仕留めてくれ。俺は教会の結界を破る。」

「えっ!? わ、私何もできないよ!?」


 突然の期待を向けられ、リズミアは慌てふためいた。


 だが――


(……エリズを助けるため……!)


 自らを落ち着かせ、先ほどの痛みとともに浮かび上がる記憶を辿る。


 体内に流れる魔力が、今まで以上に明確な軌跡を持っているのを感じた。


 それは、雪山で昏睡状態に陥って以来、決して得られなかった安定した魔力の流れだった。


 ――思い出せ……さっきの感覚を……!


 リズミアが強く意識を集中させたその瞬間、彼女の前に、無数の光粒が集まり、半透明の魔導書が開かれる。


 本のページにはオースには読めない文字が記されており、その表面は淡く光を放っていた。


 そして、リズミアの左手に浮かぶ魔導書のページの上に、一つの淡い青色の光球が現れる。


 それを周回するように、無数の光線が軌道を描きながら回転していた。


 ――この光線は……ルミアが私を通じて放った、あの結界を砕いた射線……!


 もしこの全てを撃ち放ったならば、結界ごと空間そのものを崩壊させることも可能だろう。


【待て……貴様らの魔力流は、イリル大陸のものではない……!?】


 リズミアの圧倒的な攻撃を目の当たりにし、暗がりに潜むグラビは動揺を隠せないようだった。


「……今さら降参しても遅いよ。」


 ルミアが言い放つと同時に、リズミアの光線が夜空唯一の月へと一直線に向かう。


 光が空を裂き、闇を貫く。


 ――月は、無数の亀裂を刻まれながら、崩壊する。


 砕かれた無数の破片が落下し、その背後から現れたのは、隠されていた黒き空間壁だった。


 結界の外にいたグラビは、目の前の光景に完全に凍りついた。


 かつて“月”があった場所にぽっかりと開いた巨大な眼球が、恐怖に満ちた視線でオースたちを見つめる。


【くそっ……こんなところで、化け物どもに出くわすとは……!】


 グラビが悔しげに呪詛を吐くと同時に、黒泥が空へと舞い上がり、瞬く間に無数の槍へと姿を変えた。


 槍の矛先が、オースたちを正確に捉える。


 しかし――


 オースは、リズミアの攻撃がグラビの注意を逸らしている間に、自らの魔力流を血霧へと変え、教会を囲む結界全体を包み込んでいた。


(――もう少しだ……)


 オースは目を閉じ、結界の“綻び”が生まれる瞬間を、じっと待つ。


 四方八方を黒槍に囲まれ、退路が絶たれたリズミアたち。


 だが、彼女は微塵も動じず、魔導書を掲げ、強く宣言する。


「――リズミア・ファローアン、ここに在り。」


 煌々と輝く魔導書の光を背に、眼前の敵を睨み据える。


「この身に守るべき者がいる限り、あなたの好きにはさせない!」


 彼女はただ手を前へと振るった。


 すると魔導書の頁から無数の光線が飛び出し、それらが瞬く間に巨大な刃へと形を変える。


 刃は地面に対し垂直のまま、彼女たちを包囲する棘の牢獄へと放たれた。


 光刃が空気を裂きながら放たれる轟音が響き渡る。


 その衝撃により大地が震え、周囲の魔力流までもが乱れ始めた。


 だが、彼女は攻撃の手を緩めることはなかった。


 さらなる光線が放たれ、光刃を巻き込むように暴風を生み出す。


 その暴風は牢獄を覆う棘を次々と引き裂き、無数の裂け目を作り出した。


 ついには牢獄そのものが形を保てなくなるほどにまで破壊が進む。


 暴風に巻き込まれた黒泥は、その影響で活性を失った。


 まるで雨粒のように地面へと降り注ぎ、そして無力に灰へと変わっていく。


 それでも光刃の猛威は止まらない。


 牢獄を破壊した後も、その勢いのまま地面を這うように長く伸びていく。


 リズミアを中心に、円形に広がる破壊の波動——


 だが、その刃が結界の境界に到達した瞬間、黒い霧に包まれたその領域によって、まるで何事もなかったかのように呑み込まれてしまった。


「こんな強力な攻撃でも、結界を打ち破れないなんて……」

「大丈夫だ、リズミア。君のおかげで十分な時間を稼げた」


 オースの言葉と呼応するかのように——


 目の前の教会が、大きく揺れ始めた。


 まるで内部で、規格外の魔法が発動しているかのように。


 外にいるオースたちでさえ、そこからあふれ出る圧倒的な魔力流を感じ取ることができた。


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