エール共和国へ ④
「部屋三つを用意してくれ。」
「かしこまりました……少々お待ちください。」
オースから受け取った部屋の宿泊費を確認した宿の主人は、振り返って壁に掛けられた鍵板から部屋の鍵を取り出した。
「最近は観光客が多くて、部屋はほとんど埋まってしまっておりまして……」
オースは宿の主人の背後にある鍵板に目をやった。
言われた通り、板にはわずか数本の鍵しか残っていない。
「皆様の部屋は二階の一番奥になります。そちらの区域は魔導灯の調子が悪く、安全のため魔力流供給を完全に遮断しております。夜間外出の際は、ほかのお客様にぶつからないようお気をつけください。」
「わかった。」
「こちら、予備の魔力流ランプです。ご理解いただきありがとうございます。」
そう言って宿の主人は深々と頭を下げた。
「行こう。」
オースはそう言いながら後ろを振り返った。しかし、アンリリズたちの視線は宿の外の騒がしさに引き寄せられていた。
窓の外を教会の衣装を纏った大勢の人々が歩いていくが、道行く人々はまるで疫病を見るかのように彼らを避けていた。
「アンリリズ、何を見ている?」
「オース様……外で何か起こっているのでしょうか?どうしてこんなにも多くの教会関係者が街中を行進しているのですか?」
「恐らく異教徒を捕らえたのだろう。あいつら狂信者は、自分たちの教義を信じない者に容赦がない。俺たちのような立場の人間は、関わらない方がいい。」
「そうですか……」
オースが少し警戒するような表情を見せるのを見て、アンリリズは考え込んだ。
吸血鬼の眷属となったことで、教会という存在に対して自分も敏感になったのかもしれない。
記憶の中にある教会の非人道的な処理手段――それが彼女の警戒心を刺激したのだ。
教会が掲げる「非教条排斥」、いわゆる教会の極端主義。
その実例の一つを彼女は思い出していた。
かつて、とある小国の首都で目にした、魔女と呼ばれる女性を十字架に縛り、生きたまま火あぶりにした光景を。
事実、その魔女が国民を虐殺したのかどうかは分からない。
だが、アンリリズの記憶に刻まれたのは、魔女が炎に包まれる直前に見せた表情だった。
燃え上がる炎の中で、彼女は恐怖のない穏やかな微笑みを浮かべていた。
その笑みには、まるで自らの運命を悟り、それを静かに受け入れたかのような淡々とした覚悟が込められていた。
――そんな表情を見せる者が、本当に数百万の命を手にかけられるのだろうか?
それとも、あれは教会が彼女に下した単なる私怨の清算にすぎなかったのだろうか。
「……」
「アンリリズ、行くぞ。」
オースの声に呼ばれ、彼女は思考の渦から引き戻された。
二階へ向かう前に、アンリリズはもう一度振り返る。
通りを埋め尽くす信者たち――その姿は洪水のように道行く人々を押しのけながら前へ進んでいく。
その光景が彼女の胸の奥にある、何かぼんやりとした記憶をかき乱していた。




