エール共和国へ①
「これが……エール共和国。」
列車を降りたエリズは、目の前に広がる全く見知らぬ景色を見つめ、呆然として立ち尽くしていた。
駅の周囲にある建物は植物に覆われ、その周りを取り囲むようにそびえ立つ古木の周辺には、星のように瞬く光の粒が漂っている。
地面に敷かれた石畳は薄緑の苔に覆われており、辺り一面が緑で満たされた光景が目に飛び込んできた。
空は淡い青色の結界に隔てられ、その中にいるエリズは、どこか異世界に迷い込んだような感覚を覚えた。
自分がこれまで一度も足を踏み入れたことのない、新しい世界に来てしまったかのような気がしていた。
空気中には濃密な魔力の流れが漂い、それを敏感に感じ取ったエリズは、思わず目眩を覚えた。
「大丈夫? エリズ?」
身体を左右に揺らしてよろけるエリズを慌てて支えたリズミアは、彼女の血の気のない顔を見て、さらに不安そうな表情を浮かべた。
「たぶん、ここに来たばかりで環境に慣れていないだけよ……リズミア、そんなに心配しなくていいから。」
具合が悪そうな様子を見せながらも、雰囲気を和らげようと、エリズは無理やり微笑んで見せた。
「初めてエール共和国に来た者は、この結界内の魔力流の強さに異常反応を示すことがある。おそらくそれが原因だろうな、エリズ。」
エルフはエリズの状態を軽く確認した後、自らの見立て通り、魔力流の濃度にまだ慣れていないために身体に不調が出ていると断言した。
エール共和国は魔法文明を基盤とする国家で、淡い青色の肉眼で見える結界に覆われている。
この結界はエール共和国建国以前から存在し、その豊富な魔力流を利用して、エールの人々は多くの魔法や魔術を開発してきた。
この国に足を踏み入れることは、高濃度の魔力流に晒されることを意味していた。
「この環境に慣れるのは不可能ではない……だが、エリズは魔力流の変化に非常に敏感な体質のようだ。早く街に入り、休める場所を探すのが良いだろう。」
「オース様。通関は検査を受ける必要があるようです……」
少し離れた場所にある通過ゲートで長い列ができているのを見て、アンリリズもまた、エリズの体調不良に心配を隠せなかった。
「わかっている……行こう。」
いつもの寡黙な調子で応じたオースだが、アンリリズはどこか違和感を覚えた。
「オース様、少し様子がおかしいようですが……」
「……あ?」
我に返ったオースは、しばらく自分が考え事をしていたことに気づいた。
その様子をアンリリズに見られてしまい、彼は苦笑するしかなかった。
「実はな、アンリリズ。俺の生まれ故郷はグランド帝国ではない……エール共和国なんだ。」
「えっ?!」
グランド帝国で高い地位に就いているオースは、当然、帝国内の名門貴族出身だと思っていた。
だが、オース自身の口から、自分がグランド帝国の出身ではないと言われたアンリリズは、一瞬、自分の耳を疑ったほど驚いていた。
グランド帝国では、他国出身者が宮廷の要職を担う例などほぼ存在しないからだ。
「それに、アンリリズ……今の俺は将軍じゃない。もう『様』なんて呼ぶ必要はない。」
平然とそう言いながら、オースはアンリリズの手から荷物を受け取った。
将軍としての地位を失った今、それが自由を意味するかどうかは言い難い。
エール共和国の地を踏んだとき、彼は一つの重要な使命を思い出していた。
力がなかった昔の自分は、ただ逃げることしかできなかった。
だが今の彼には、吸血鬼としての力がある。
すべての因縁に決着をつける時が来たのだ。
「オース様……何か考え事を?」
アンリリズは緊張した様子でオースの目の前で手を振ったが、彼をその思考の世界から引き戻すことはできなかった。
オースの視線は遠くの青い天幕を捉え、その目にはアンリリズが恐れるような炎が宿っているように見えた。
「エリズ様の具合が本当に悪そうです……アンリリズ、早く街に入りましょう。」
リズミアが背負ったエリズは顔面蒼白で、苦しげに息をしている。その様子を見て、アンリリズは意を決してオースの袖を引いた。
「あ……すまない。待たせたな。」
先ほどまでぼんやりとしていたオースの顔には、どこか物寂しげな表情が浮かんでいたが、それもすぐに消え、いつもの冷徹な表情に戻った。
「おそらく近くの町には、エリズの不調の原因を知る医者がいるだろう。彼女の具合が良くなるまで、この街にしばらく留まる必要がありそうだ。」




