無名者の葬儀 ⑩
これで第一巻の第一部分が終わりです。
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この後は第一巻の第二部分が始まりますね。
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オースがビナルを去ってから、十日が過ぎていた。
深夜。
アンダルはヌノンで作られた酒瓶を手に、家族の安息所――通称墓所へと足を運んだ。
重厚な教会の扉を押し開けた瞬間、月光が灰色の薄霧を突き破り、整然と並ぶ棺木群を照らし出した。
広々とした平地を改造して作られたこの巨大な室内空間は、紫色の四角い岩石で築かれた壁面と、等間隔に配置された白い円柱で支えられている。
庭園のように広大なこの場所は、グラン帝国の初代皇帝がアンダル家族の功績を称え、先祖供養と安置のために与えた土地である。
かつてアンダル家の人々だった亡者たちは、今、この水晶棺の中で穏やかに眠っている。
まるで現実的すぎる彫像のように。
その遺体は血色を失い、長い間静止したままだが、水晶棺に施された時間停止魔法のおかげで腐敗することはない。
そしてアンダル家には、亡くなった家族を見送るために直系の親族が一定の期間中、安息所で夜を明かすという古くからの掟があった。
エナの父であるアンダルも例外ではなかった。
「……」
安息所の静寂は、訪れる者に自分が生者の世界を離れ、死者の領域に足を踏み入れたと錯覚させるほどだった。
彼は頭を垂れ、杖を片手に支えながら、もう一方の手で揺れる酒壺を提げていた。
その液体の音が、静寂の中で響く。
安息所は一目でその境界を見渡せるほど広いが、それでも彼は歩き続けている間、果てしなく遠い道を進んでいるように感じていた。
この歩行の時間は、まるで終わりがないかのようだった。
もしエナのためにここで夜を明かす必要がなければ、アンダルは決してここに来ることはなかっただろう。
心が落ち着いた今でさえ、内なる傷跡はもう癒えることはなかった。
亡き人々を思わないようにするなんて——
「……できるわけがないだろう」
そう呟きながら、彼は気づけば安息所の奥深くに到着していた。
目の前の亡者たちは、彼にとって見覚えのある人々だった。
幼い頃に愛してくれた祖父母、そしてすでに数十年前に他界した父母。
しかし、彼はもはや彼らの死に悲しむことはなかった。
時が彼の両親への思いを洗い流し、彼らの遺体を見ても、ただ安らかであれと願うだけで、少し立ち止まってから再び歩き出した。
彼が流すべき涙は、すでにとうの昔に枯れ果てていた。
四方八方から悲しみが押し寄せ、中年を迎えたこの男に、生き続ける意味を問い続けた。
しかし、その問いに彼は一度たりとも答えを見つけることができなかった。
祖父母の死は年齢で慰められた。
両親の死は不慮の事故で片付けられた。
妻の病死には運命という言葉を当てはめた。
「でも、エナ……お前だけは……どうやって自分を慰めればいいんだ……」
エナの棺の前に立ち止まり、アンダルは呟いた。
「……父さんが、お前をこんな目に遭わせたのか?」
粗くて固い手のひらを水晶棺の表面に当てながら、静かに問いかける。
棺の冷たさが、まるでエナの頬に触れたかのように彼に感じさせた。
一股言い表せないほどの胸の痛みが、今、まるで電流のように彼の全身を駆け巡った。
目の前にいるウェディングドレスを着たエナは、まるでかつて自分と共に結婚式の会場に足を踏み入れたエノのように美しかった。
あまりにも儚げで、守ってあげたくなるほど。
美しさに、汚したくないという気持ちを抱かせる。
そして、最も受け入れ難かったのは、エナの棺の隣に、自分の亡き妻――エノの棺が横たわっていることだった。
アンダルは、近くの壁に掛けられていたランプを手に取り、杖を脇に置いて、エナの棺の隣に腰を下ろした。
ランプの灯りが、天窓から差し込む月光と交じり合い、薄暗い部屋を照らしている。
彼は少し不器用に酒瓶のコルクを開け、懐から割れた小さな口の白磁の碗を取り出した。
「お前はいつも俺が酒を嗜むと言ってたな……今日は少しわがままを許してくれ、エノ。」
苦笑いを浮かべながら、澄んだ酒を碗に注いだ。
エノと結婚してから、彼はもう一度も酒を口にしたことがなかった。
かつてどうしても止められなかった酒が、まるで不思議な力に操られたかのように、突然全く手を出さなくなった。
彼は長い間、酒の香りを嗅ぐこともなく、酒がもたらす意識のぼんやりとした感覚も、もうすっかり忘れてしまっていた。
手にしたこの酒の名前は「マイポール」、永遠に酔わない人間でも意識をぼやけさせると言われている。
友人からこの酒を手に入れたとき、彼はその味を試してみたかったが、エノとの約束を守るため、結局その酒を封印していた。
本当は、この酒をエナの結婚の時に、エナを迎え入れる者に渡すつもりだった。
「いい香りだな……惜しいな。」
酒が注がれた碗を鼻に近づけた瞬間、ほのかにアルコールの匂いが喉を満たした。
しかし、長いこと酒を飲んでいなかったアンダルは、その酒の香りにむせて咳き込んだ。
「ゴホゴホ……」
咳が収まるのを待ち、碗を口に近づけ、顔を上げて酒を口に注ぎ込んだ。
酒はほとんど彼の口の中に留まることなく、すぐに喉へと流れ落ちた。
やや強いアルコールが刺激となり、彼は腹部がわずかに熱くなるのを感じた。
「この瞬間だけは、俺が本当に何も成し遂げていないと感じる……」
アンダルは長いため息をついた。
「もしもう一度チャンスをくれるなら、絶対にお前の母親とは結婚しない……」
まるで拗ねているかのように、アンダルはそう呟きながら、再び酒を碗に注ぎ、一気に飲み干した。
酔いが回り、アンダルは言葉がまとまらなくなり、だんだんと話が支離滅裂になってきた。
「彼女は村に残っていたら、あの病気を抑える方法があったかもしれないのに……俺の側にずっといなくても、最期の時にすら会えないなんて……」
愚痴の声は、次第に震え始めた。
酒に酔いしれ、幻想の中で自分を麻痺させる。
酔い潰れることで、全てを忘れられると思い込む。
こうして半ば夢の中、半ば目覚めたままの状態で人生を終える。
そしてそのまま死んでいく。
それこそが、アンダルが夢見ていた生活だった。
しかし、心の奥底にある平凡を拒む意志が、彼を理想の生活から遠ざけ続けてきた。
グランデ帝国の高貴な公爵となったものの、彼は幸福を抱きしめる権利を既に失っていた。
彼を愛してくれた人たちも。
彼が愛していた人たちも。
すべて、もういないのだ。
「……今日が終われば、また忙しさに追われて、ここに来る余裕もなくなるだろう……。二人が一緒に旅立ったのなら、寂しくはないはずだな。」
少し酔い始めた自分を感じながら、アンダルは懐から一羽の千羽鶴を取り出し、
震える手で頭上に掲げた。
月光の下、その歪な千羽鶴は何一つ美しさを感じさせなかった。
「この千羽鶴、あまりに不恰好で、とても褒められたものじゃないな……」
光の下で千羽鶴を回しながら、アンダルの口調は自嘲というよりも感慨深げだった。
「エノが亡くなってから、もう何年も経ったというのに……。結局、俺が折る千羽鶴は今もこんなにも不格好なままだ。」
肩を力なく落とし、納骨堂の冷気に身体を震わせる。
「やっぱり、後悔の念を抱えたままで作ったものなんて、人に見せられるものじゃない。」
アンダルは再び懐から小さな木箱を取り出した。
その蓋を開けると、中には幾つもの千羽鶴が紐で繋がれた飾りが静かに収まっていた。
その木箱はエナの寝室の棚にずっと置かれていたものだが、
彼は長い間、触れようとは思わなかった。
娘の私物に無闇に手を出すべきではないという思いもあったが、
それ以上に、触れたらエノの記憶に引きずり込まれてしまうことを恐れていたからだ。
彼はその飾りを慎重に取り出し、千羽鶴を数え始めた。
「一、二、三……」
飾りを見つめる彼の頬を涙が伝い落ちていく。
それぞれの千羽鶴は、思わず見惚れるほど完璧な仕上がりだった。
これほどまでに純粋な願いを込めたからこそ、
こんなにも美しい鶴が折れたのだろうかと、誰もが思わざるを得ないほどに。
無数の孤独な夜を過ごしながら、彼女は不器用になった自分の指先を動かし続けて、一羽また一羽と千羽鶴を折っていったのだろう。
目の前のこれほど精巧な作品の影には、どれほどの努力が込められていたのか、到底計り知ることはできない。
エノが亡くなった最後の瞬間に立ち会えなかった後悔の念は、今日までアンダルを苦しめ続けてきた。
夢の中で、彼はいつも終わりのない長い廊下に閉じ込められている。
どれほど走っても、エノがいる部屋には決してたどり着けないのだ。
朝日が彼を夢から呼び戻す時、彼はただ呆然とベッドの上に座り込む。
いつも長い時間、何も考えられないまま。
エノが死の間際に、「千羽鶴を百羽完成させれば奇跡が起きる」と話していたことを思い出す。
しかし、葬儀の後の十日間、彼は半狂乱のように鶴を折り続けた。
これ以上取り返しがつかないと分かっていながら、ただそれが自分の罪を償える唯一の手段だと思い込んでいた。
百羽の願いが完成したところで、過去は戻らないことを理解していた。
エノにも、その努力が届くことはないと分かっていた。
だが、身体は勝手に動き、気づけば彼が折った三十二羽の不格好な鶴が、彼女が残した飾りに繋ぎ合わされていた。
乱雑に接ぎ足されたその【願い】を呆然と見つめ、アンダルは感情を抑えきれず声を上げて泣き崩れた。
その時、彼は初めて自分がどれほどエノを愛していたのかに気づいた。
だが、もう彼女を見つけることはできないのだと。
「九十八、九十九。」
飾りには確かに九十九羽しかないことを確認し、アンダルの心には微かな安堵が生まれた。
もしかするとエナは、百羽の千羽鶴が奇跡を起こすと信じながら旅立ったのかもしれない。
それに比べて、自分は百羽完成させたところで、その願いが幻想に過ぎないことを知り、ただ生きることに迷い続けているのだから。
再び酒瓶を手に取ったアンダルは、もう杯に酒を注ぐことはせず、瓶を口に当て、中の酒を一気に飲み干した。
強烈な酔いが意識を揺さぶり、目の前の景色を曖昧にしていく。
混乱した脳が幻を見せ、全身が力を失い、水晶棺にもたれるように座り込む。
だが、そんなぼんやりとした意識の中で、彼は強烈な幸福感を抱いていた。
——夢の中でなら、きっとまたお前たちに会えるだろう。
酔いに身を任せ、アンダルはゆっくりと瞼を閉じた。
視界が一瞬暗闇に沈む。だが、次の瞬間、光が再び輝きを取り戻す。
——今度こそ、絶対にお前たちを離しはしない。




