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無名者の葬儀 ⑨

 阳光が降り注ぐ朝、空気の中の温もりが晩秋の寒さを和らげていた。


「やはり君は行く決心をしたのだな、オース。」


 オース一行の見送りに、彼と共にビナール駅に来たアンダルは、愛乃の葬儀を執り行った数日前に比べると少し元気を取り戻したように見えた。


 杖を片手に、人混みの中で普段着に着替えたオースを見つめながら、彼は長い溜息をつく。


 信頼する部下との別れが迫っているというのに、彼の表情はどこか穏やかで、どこか満足げでもあった。


「まさか君が、陛下の前で自ら“左将軍”の地位を辞退するとはな……あのときは驚いたよ。」

「アンダル様、この間、色々と考えました……」


 口ではそう言いながらも、オースの視線はアンダルを避けるように彷徨っていた。


 迷いと不安が心の中に渦巻き、彼はアンダルの顔をまともに見ることさえもできなかった。


 オースは軽装の服に身を包み、甲冑を脱いでいるせいか、普段よりも少し親しみやすい印象を与えている。


「愛乃がこんなにも僕を待ち続けてくれていたのは、きっと僕が彼女にとって忘れられない何かを残したからなのでしょう……」


 彼は少し下げていた頭を上げ、アンダルの目をまっすぐ見つめていた。


「けれど、いざ愛乃の記憶を辿ろうとすると、頭の中には何も残っていないことに気づくのです……あれほど彼女が僕のことを大切に思ってくれていたというのに、僕は全く思い出せないのです。」

「おやおや、もうすっかり私のような物忘れの激しい男になってしまったか。」


 アンダルはそう言って笑った。


「ははは……そうかもしれませんね。」


 時の流れで記憶が薄れていくのは自然なことだが、オースは自分の記憶が通常の人よりも速く消え去っていくことを知っていた。


 朝目覚めると、些細なことを忘れていることが多々ある。


 周囲の人々は覚えている細かな出来事も、彼の頭の中ではまるで誰かに消されてしまったかのように跡形もなく消えているのだ。


 ビナールを離れる理由の一部は、カリの強引な説得もあるが、何よりも自分自身のためであった。


 愛乃との出会いの理由を思い出したい。


 アンリリズを救った理由を思い出したい。


 そして――


 曖昧な記憶の断片の中、かつて自分と約束を交わした少女が誰であったのか、その正体を知りたいと思っていた。


 彼は自分が思い出したいことが山のようにあると感じていた。


 そして、その記憶はビナールに留まり続けている限り、決して取り戻せないと知っていたのだ。


「失われた記憶は、この世界のどこかで私を待っているかもしれない……それが、ここで無為に暮らすことを許してくれないんです。」


 オースは決心を固めたように拳を握り、アンダルを見つめる瞳は一層鋭くなった。


「それに……アンダル様。」


 アンダルが驚いた表情を浮かべると、オースは自分の独り言のように呟き、ポケットから一つの物を取り出した。


 それは以前リンから託された二つの千羽鶴のうちの一つで、丁寧に折られた千羽鶴だった。


「これは……」

「これは、愛乃の最後の願いです。」

「最後の願い?」


 初めて聞く話に、アンダルは驚き目を見開いた。


 アンダルは、オースが愛乃に対して多くの思いを寄せていたとは期待していなかった。


 かつて彼が無理に二人を引き合わせようとした際にも、オースが愛乃に心を動かされることなどないと考えていたのだ。


 だが、もし愛乃が心の中で大切にしていなければ、この千羽鶴が彼の手の中にあることはなかったはずだ。


 アンダルはその事実に少し驚きを覚えた。


 二人の間にあった思いの重さに、彼は想像が追いつかないでいた。


 だが、この千羽鶴が、自身の亡き妻を思い出させたのもまた事実であった。


「君の手にあるその千羽鶴……それは『千羽鶴を折ることで幸せが訪れる』という伝説を示しているんだろう?愛乃の母、アイナもかつて私にこの話をしてくれたよ。」

「はい……」

「……まさかアイナが愛乃にもこの話を伝えていたとはな。」


 アンダルがしみじみとため息をつくのを見て、オースは沈んだ気持ちで目を伏せた。


 彼はこの伝説が愛乃にとってどれほどの重みを持つのかを軽視していたのだ。


「私が君の思いを愛乃に伝えておこう……だが、この千羽鶴はオース、お前が持っておくといい。」


 アンダルは少し強引に千羽鶴をオースの手に戻した。


「……愛乃にとって、この鶴は君がそばにいる証なのだから。」

「え?」


 ぷうう……


 出発準備が整い、汽笛が響いた。


 そこでオースは初めて、プラットフォームに残っているのが自分だけであることに気づいた。


 アンダルは彼の肩を軽く押し、笑顔で言った。


「アンリリズや君の仲間たちが列車の中で待っているぞ、あまり待たせるものではない。」

「は、はい。」


 列車のステップを上り、車内に入る前にオースは振り返り、アンダルにしっかりとした敬礼をした。


「アンダル様、どうかご自愛ください。」


 それは、グランデ帝国軍の退役者が上官に最後の挨拶をする際に用いる最敬礼であった。


 右手を左胸に置き、体を九十度に折り曲げる動作である。


 列車のドアが閉まると、薄い扉がオースとアンダルの間に立ちはだかる。


 ——座席にお座りのないお客様は、速やかにお席にお付きください。


 車内放送が流れたのを聞いて、オースは急いで窓越しに手を振り、アンダルの視界から姿を消した。


「広い世界で、君の記憶を見つけるのだ、オース。」


 ゆっくりと走り出す列車が視界から消え、蒸気さえも薄れていったその時、アンダルは地平線の彼方を見つめていた。


 その瞳には、成長した我が子を見守るような温かさが宿っていた。


 無名の兵士であった彼が、娘の恋人になり、そして帝国の精鋭を率いる将軍にまで成長した。


 アンダルの目は、列車が消えゆく地平線に最後に止まった。


 その視線には、まるで子供が成長していく様子を見守る父親のような優しさが漂っている。


 無名の兵士から娘の恋人へと成長し、帝国精鋭軍の将軍となった彼が、今や旅立とうとしている旅人へと変わろうとしている。


 今、彼の意思を知ったアンダルには、安心した。


 ——オース、お前はそもそも誰にも縛られるべきではないのだ。


 駅を後にするために振り返ったアンダルの微笑みは、まるでこれまで一度も苦しみを経験したことがないかのように穏やかだった。


「お前が選ぶ道がどれほど険しいものであっても……信じているよ。女神はきっと、お前に祝福を与えてくださるだろう。」


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