エナの愛 ⑦
オースは無言でベンチに座り、深くかぶった帽子の下から、カス遊園地の門の方向をじっと見つめていた。
何かを予感したように、彼は懐から魔導懐中時計を取り出し、一瞥を投げた。
「安達尔公爵の娘がそろそろ来るはずだ……」
見知らぬ少女との対面を目前に控えていても、オースは心を落ち着かせることができなかった。
彼は膝に手をついて立ち上がり、安達尔から受けた娘の特徴について、もう一度頭の中で思い返していた。
――黒髪で病弱な少女、そして彼女の側には侍女が付き添っている。
安達尔も、娘が当日どんな服を着ているかまでは詳しく伝えられず、ぼんやりとした情報しか持っていなかった。
オースは次第に焦りを感じ始め、ベンチの前を行ったり来たりしながら、入園する人々をちらちらと見ていた。
「侍女を付けたのも、私と会いやすくするためだろうな……」
長いため息をつくと、胸にたまっていた緊張が少しだけ和らいだ。
オースは身なりを整え、遊園地の入り口にある噴水のそばへと移動し、待ち続けた。
待つ間、少し退屈に感じた彼は、目の前で華やかな水を噴き出す噴水をぼんやりと見つめていた。
このイリル大陸最大の人工噴水と言われるカス巨大噴水は、地下に配管を通して水を噴き出しているわけではない。
噴水の水は、グランデ帝国の東にある海域、オーメロン海から、空間転移魔法で移送されてくるのだ。
移送された海水は魔法回路を通じて、噴水下の貯水池に一度蓄えられる。
ガラスで覆われたその巨大な貯水池の底からは、魔法陣が発する淡い緑色の光が透けて見えた。
これらの水は、魔法陣によって設定されたパターンに従い、絶え間なく噴き上げられるのだ。
このデザインにオースは感嘆の声をあげずにはいられなかった。
彼は頭を少し下げ、透明なガラス越しに足元の水面を眺めた。
そこには、波打つ水面に合わせて揺らぐ巨大な魔法陣が映し出されていた。
日々公文書に埋もれているオースは、カス遊園地の存在こそ知っていたが、自分がここに来るとは思いもしなかった。
この青い水の上に立っているような感覚は、彼の中にあった焦りを徐々に沈め、意識さえもこの水の立方体の中へと沈み込んでいくようだった。
「ん?」
突然、誰かがオースの背後から手で彼の目を覆った。
「オースさん、見つけたよ〜」
それは女の子の声だった。オースは一瞬驚いたが、すぐに正気に戻った。
背後から声をかけてきたのは、安達尔公爵の娘に違いない。
なぜか、その声には聞き覚えがあり、彼の目を覆っている手の冷たさが、彼の考えをさらに裏付けていた。
「あなたは安達尔公爵の娘さんですか? どうお呼びすればよいでしょうか?」
「むぅ……すぐにバレちゃって、つまんないなぁ……」
オースの目を覆っていた手がぱっと離れ、彼女はオースの前に姿を現した。
彼はその美しさに、思わず見惚れてしまった。
彼女の美しさは、驚くほどだった。
左側の髪をリボンでまとめ、柔らかく光沢のある黒髪が風に揺れていた。
髪の根元から先端にかけて、黒から白へと変わっていくその色合いは、まるで銀の糸が輝いているかのようだった。
彼女の黒い瞳は宝石のように輝き、鼻は小さく、唇は春の朝露を含んだように瑞々しかった。
顔の輪郭は柔らかく、彼女の全体的な印象はまさに「可憐」という言葉がぴったりだった。
彼女の首には黒いリボンが巻かれ、純白のレースワンピースが彼女の可愛さを引き立てていた。
太腿を覆うレースの膝上ソックスは、彼女に一層の魅力を与えていた。
「失礼しました……私、無礼だったでしょうか?」
「ううん、全然そんなことないよ。オースさんが正直だからこそ、可愛いんだよ。エナ、オースさんのそういうところ、好きなんだから〜」
――彼女の名前はエナなのか?
目の前の少女は、少し恥ずかしそうに胸の前で手を組み、穏やかな声で自己紹介を始めた。
「……わたしはグリアン・エナ。グリアン・安達尔の娘です。オースさん、わたしのことはエナって呼んでね」
「オース・アンビスタンと申します。お父上からお話は聞いていると思いますが……私はグランデ人ではなく、他国から来ました。どこか座れる場所を探して、ゆっくりお話しませんか?」
オースは、今までにないほど慌てていた。彼は両手を背中に回したが、それではあまりに堅苦しいと感じ、再びポケットに手を入れた。
しかし、話すたびに思考が途切れ、言葉が詰まり、そして言葉の速さも増し、論理が崩れかけているのを自覚していた。
エナは、そんな彼の姿に思わず「ぷふっ」と笑い声を漏らした。
「オースさん、やっぱり昔と同じで面白いね」
「え? 昔……エナさん、私たちは初対面のはずでは?」
オースは困惑していた。軍人らしく姿勢を正し、エナに質問を投げかけたが、彼の頭の中では少女との過去の記憶を必死に探していた。
しかし、どんなに思い出そうとしても、エナに繋がる記憶は見つからなかった。
「それは……とても昔のことだからね。オースさんが忘れちゃっても無理はないよ」
彼の困惑した様子を見かねたエナは、待ちきれない様子でオースの腕にしがみつき、満面の笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと、エナさん……」
何かを言おうとしたオースだったが、すでに彼はエナに腕を引かれ、遠くのジェットコースターの入り口へと連れて行かれていた。
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