迷える少女⑨
朝の最初の光が窓から部屋に差し込み、リズミアの頬に暖かい日差しが降り注いだことで、彼女は目を覚ました。
しかし、脳裏にはまだ少しの疲れが残っていた。
「うぅ…もう朝なの?」
彼女は体をゆっくりと伸ばし、周囲の静けさに安心感を感じた。
まるで先日、イリール山脈で死にかけた体験が、ただの悪夢であったかのように思えた。
しかし、何故かこの穏やかな日差しを浴びると、心の中にかすかな幸福感が芽生える気がした。
こんな感覚を、ずっと待ち望んでいた気がする。
「ふぅ~」
窓から吹き込む新鮮な空気を深く吸い込み、体中の疲れが風に吹き飛ばされたような感覚に包まれた。
しかし、リズミアは何か大切なものを忘れているような気がしてならなかった。
「うぅ…」
リズミアは頭を抱え、懊悩するように髪をかきむしった。
しかし、その記憶の壁を突破することはできなかった。
その記憶が何であったかを知らなかったわけではない。
ただ、奇妙な力が働いて、記憶の答えにたどり着く直前で思考を無理やり引き離してしまうのだ。
少しの頭痛があったが、その頭痛は慰めのようで、記憶の空白を思い出せないことに対する悔しさを一時的に和らげてくれた。
「おはよう、リズミア。」
その時、彼女の唯一の記憶は、ベッドの傍に座って微笑んでいる金髪の少女、エリズの姿だった。
エリズ。
その姿を見た瞬間、胸の奥に奇妙な感動が込み上げてきた。
初対面でありながら、リズミアには彼女が全くの見知らぬ人間とは思えなかった。
周囲の環境にはまだ慣れていなかったものの、この少女にだけは不思議と頼れる安心感を覚えた。
まるで——
まるで姉が妹を見るような感覚だった。
もっとも、彼女たちは血の繋がりもない。
「エリズ、おはよう。」
リズミアは顔を傾け、精一杯の善意を込めて微笑んだ。
「こんなに早く元気になってくれて、本当に嬉しいよ。」
エリズは依然として、朝の太陽のように温かい笑みを浮かべていた。
彼女はベッドサイドに置いてあった顔盆の中のタオルを手に取り、慣れた手つきで余分な水を絞った。
「顔を拭いてね。朝食はもうできているから、ベファレスおじいさんが戻ってきたら、一緒に食べましょう。」
「うん。」
リズミアはタオルを受け取り、顔を拭き始めたが、しばらくしてその手が止まった。
「どうしたの?」
エリズは彼女の異変に気づき、リズミアの体が固まったのを見て、何か問題が起きたのではないかと心配そうに声をかけた。
すると、リズミアはわずかに震えながら、タオルを顔に押し付けたまま、不安げに口を開いた。
「ごめんね……でも、もし私の体が回復しても、これからどこに行けばいいのか分からないの。目覚める前の雪山での記憶が全くないの……」
「え?」
エリズはリズミアの意図を察したものの、彼女の言葉には驚きを隠せなかった。
フィンリル山脈で倒れていた生存者は、ほとんどがグランド帝国以外の国から来た者が多い。
山脈の過酷な環境で遭難する者は少なくないが、山に迷い込んだ理由で記憶を失うことはあまりない。
生き残った者たちは、少なくとも「自分が生きている」という事実は覚えているものだ。
「無理を言ってるみたいだけど……お願い、しばらくここにいさせてもらえないかな。」
リズミアは自分のお願いが過ぎたものだと思ったのか、エリズの反応を待っていた。
しかし、彼女の前にいるエリズは、ただ静かにリズミアを見つめ、まるで安心したかのように長い息を吐き出した。
「……この家には、ずっと私とベファレスおじいさんしかいないの。だから、もし本当にここにいたいなら、少しだけ掃除を手伝ってもらえる?」
エリズのその提案は、リズミアにとっては決して重荷ではなかった。
それどころか、彼女の申し出は、突如湧き上がった不安を和らげるための契機を与えたかのようだった。
リズミアは呆然としたまま、タオルを持っていた手が自然と滑り落ち、涙でぐちゃぐちゃになった顔が露わになった。
彼女が泣いた理由は、エリズの優しさに感動したからなのか、それとも自分が何も持っていないことを嘆いたからなのか、それは分からなかった。
「もう、大丈夫だよ。忘れてしまったことは、いつか思い出すよ。今は、まず体をしっかり治すことが一番大事だから。」
エリズはリズミアからタオルを受け取り、水をもう一度含ませた。
そして、彼女の頬に流れる涙を優しく拭き取った。
彼女の優しい声は、リズミアの心の最も脆い部分を避けながら、確実に癒しを与えてくれた。
傷を癒すことはできなくても、迷いの痛みを一時的に鎮めてくれたのだ。
その瞬間、リズミアの脳裏にあったぼんやりとした記憶が、少しずつ形を成し始めた。
目の前の少女と、その記憶の中の人物が、少しずつ重なり合っていくかのように。
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