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不注意故のミスでした

「えっと……これで四週目だったかな」


 暗い部屋の中、彼女は一人呟く。唯一の光である液晶に目をやりながら、スナック菓子の袋に手を伸ばす。


「来栖の奴は、いかにも『このループから抜け出してやる!』みたいな顔してるけどさ……あたしはただ『チャプター』をいじってるだけなんだよね」


 そして空になった袋の中で虚空をつかみ、落胆のため息を漏らす。


「はぁ」


 同時に、頭の片隅に置かれていた少しの後悔を思い出す。


「最初はこんな『イベント』起こすつもりじゃなかったから仕方ないけど、あの『ヒント』……出さなきゃよかったな」


 マウスの隣のスマホには、チャットアプリのトーク画面が表示されている。


 来栖悠人との会話履歴の────彼女が送信した、一枚の画像が。











 ー ー ー ー ー ー ー













 四度目ともなると流石に飽きてきた。


 荒川の声、前方の進と三上の姿。眩しい日差しは心なしか一回目よりも鬱陶しく感じる。


「チッ」


 あぁ、うん。イライラしてきた。


「唐突で安易なループ展開が一番嫌いなんだよ、俺は……」


 俺がよくある死に戻り系主人公だったなら、死への恐怖やら葛藤やらを乗り越えた後に、未来を迎えるために立ち向かっていくんだろうけど……そんな手間は面倒だ。


 前に進まなければいけない。影山のくっさいお遊戯に付き合ってなんていられるか。


 来栖悠人がいつまでもウジウジしてばっかの意気地なしかと思ったら大間違いだ。人は成長する。成長して成長して、俺は──────────


「来栖クン」


「……あ、灰崎先輩」


 振り返った先の先輩は─────見たことがないほどに青白い表情をしていた。


「えぇ……どうしたんですか?」


「わ、私……来た時にはもう来栖君が溺れてて、その、人工呼吸もしようとしたんだけど、気付いたらまたここにいて……っ」


「?」


「……ご、ごめん……」


「大丈夫ですよ。影山の言葉を信用するならループに回数制限は無いらしいですし、あいつも残機切れなんてつまらない終わり方は望んでいないでしょう」


「え……」


「そんな事より、いくつか分かったことがあるんです。色々整理して対策を考えるために、また三人で話し合いましょう」


「……『そんな事』って……」


「はは、四回目ともなると選ぶジュースもレパートリーが無くなってきましたね。いい加減終わらせたいものですけど──────────」


「─────なにそれ」


「へ?」


 ……また、見たことのない顔だった。


 常に非日常を追い求めているはずのこの人がするとは思わなかった─────『理解出来ないモノ』を見る怯えた表情。


「なんで……そんな平然としてんの?」


「え、いや……」


「死んでるんだよ!?キミは……ッ、死んで……三回も死んじゃって……!」


「……」


 胸に、何かが突き刺さるようだった。


 具体的には言えない何かが、けれども確実に。


「おかしいでしょ!?来栖クンは普通の高校生で……そうでしょ?」


「……」


「それどころか卑屈で、弱くて、何回も傷ついてきたのに……なんでそんな、他人事みたいにしてんだよッ!」


「そ、そういうわけじゃ……」


「来栖クン、いつ頃からかよく言うようになったよね。『前に進む』とか『大人にならなくちゃ』とかさァ……分からねェよ、どうしてそんなに『強く』いられるんだよ」


「だ、だってそれは──────────」


 ──────────それは、灰崎先輩の隣にいたかったからだった。だから成長しなきゃって思って、それで……今まで頑張ってきた。


 だから気づきもしなかった。……ラノベの主人公がおかしいんじゃなくて、普通の人間なら何度も死んで精神を壊すのが普通なんだ。


「……ごめん、ね」


 いつの間にか、灰崎先輩は俺に背を向け……走り去っていった。


「……」


 静寂。


 一人になった俺に話しかける者などおらず、ただしつこい日光がジリジリと肌を焼いてくるだけ。


 ……どうやら灰崎先輩と喧嘩をしてしまったようだ。


「……は?いやいや……俺は悪くないだろ」


 最初に口から出てきた言葉がコレな時点で俺の人間性が終わっているみたいな理論は置いておいて、事実……俺は悪くない。


 この海から脱出するために頑張って、身体を張って、文字通り命を懸けて……何度も死んできた。


 …………何度も。


「……」


 ……俺は悪くない、だとしても。


 俺は……異常だな。サイコぶるわけじゃないけど、三回死んでも精神は安定してしまっている。


「あぁ、師匠は悪くねぇよ」


「─────豪火君?」


「悪ぃな、盗み聞きしちまったぜ」


 頭を搔きながら、気まずそうに現れた豪火君は俺に向かって歩みを進めながら言った。


「確かに、今のは廻に落ち度がある。先輩だってのに情けねぇ奴だ……」


「……」


「─────だが、やっぱり師匠は気にしてるみたいだな」


「!」


 ニッと笑顔を作った豪火君が、強めに俺の背中を叩いた。


「上に立つ者としての資格があるあんたなら、負い目を感じちまうだろうなって思ってたぜ」


「そんな……大層なことじゃないですよ」


 ただ実際に……どこか、申し訳なさは感じていた。


「いやな言い方だけどよ、師匠が廻への考え方を変えていたら……こうはならなかったかもしれねぇってのはあるぜ」


「そ、そうなんですか?」


「あぁ。あんたは少し─────廻に期待しすぎてんだ」


「……え?」


 驚くと同時に否定しかけて……止まった。


 確かに、と思ってしまった。


「前に七華から聞かされたんだ、師匠の過去の事を。すげぇよあんたは……あんな経験をしといて、よくここまで前向きに生きれるなって思うぜ」


「でも、それは……」


「あぁ。それは廻からすれば『眩しい』って感じるはずだぜ」


「!」


「きっと、師匠は苦痛に『慣れた』んだろうよ。そういう人間は存在するって親父から聞いた。でも、卑屈でもなんでも、ただがむしゃらに前に進んでいけるあんたを、廻は直視出来なかった。……世間一般からすれば、それほどのポジティブさは異常かもしれねぇがな」


「……」


 卑屈で、前向き。相反するはずの属性だけど……今の俺はまさしくそうかもしれない。


「俺、灰崎先輩の隣に立っていたくて……そこにいても恥ずかしくない人間になりたくて、成長しようとしてたんです。だからずっと恐れてた朝見と向き合って、大嫌いなラブコメすら受け入れて、今も……三回死んだくらいじゃ諦められない」


「あぁ」


「でも……無意識に、灰崎先輩に『期待』してしまっていたんですね。他人に期待されるのを恐れる俺が……」


『──────奴は、子供だ。きっと君よりも』


『え?』


『過度な期待はしないでやってくれ。憧れるよりも、別の感情を向けてやってくれ』


『敬ってはいますが、あの人みたいになりたいわけじゃないですよ』


『そうじゃない。……むしろ逆だろう』


『……逆?』


『灰崎の方が、君になりたがっているんだ』


 ─────会長の言葉は正しかった。


 俺が灰崎先輩を眩しいと感じていたと同じように、あの人もまた……か。


「仲直り、出来ますかね」


「廻に先に謝らせろよ?」


「難しいことを言うなぁ……」


 やっぱり、俺は負い目を感じてしまっている。


 人工呼吸までしてもらったらしいのに、当の本人である俺が平気そうに笑ってたら、確かに─────


「─────あ?」


 ─────頭の中で、何かが引っ掛かった。


 ……何かが。そう、何かが──────────。


「……まさか」


 瞬間、俺の中でとある『結論』が固まってしまった。


 このループを抜け出すための……『最悪の手段』が。

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