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ステルスですか……プレミしました

「はァッ、はァ……クソ、なんで連絡つかねんだよ……!」


 砂浜を走る灰崎廻はスマートフォンを片手に、全神経を目に集中させていた。


 ─────時刻は12時半前。彼女は来栖悠人に『安全な場所にいるか』という確認のメッセージを送ったが……既読は一向に付かなかった。


 電話をしても応答せず。不安になった廻は自身の能力で、悠人の場所を突き止めようとしていた。


「ッ、あそこか……って─────」


 日常の波動が見えない場所を見つけた彼女は安堵すると同時に、ため息を吐いた。


「トイレかよォ……なら安全か」


 そもそも女性である廻は男子トイレに入れない。


 異常自体が起きて悠人が危険な場所にいるわけでもない事が分かった今、彼女はその場から立ち去ろうとして───────


「……」


 立ち止まった。


 ─────得体の知れない違和感。


 それは確かに存在していた。が、自分が何に対して違和感を抱いているかが分からない。


「……波動、か?」


 廻は走り出していた。


 気のせいかも知れない、だがその可能性を完全に否定出来ない以上は向かわざるを得なかった。


 いつもより──────悠人の周りの日常の波動が、少なすぎる気がしたのだ。


















 ー ー ー ー ー ー ー
















 尿意。


 俺はジュースを飲んでいた。突然それが襲ってきてもおかしくはない。


 ……前回前々回のこの時間は何ともなかったというのに?


 充電。


 俺は約1時間くらい、暇を潰すためにスマホでソシャゲをしていた。負荷がかかってすぐに切れてしまってもおかしくはない。


 ……高校入学と同時に買い換えた、新しめの機種なのに?


「……」


 そのどちらも、俺を完全に『納得』させるには至らなかった。


 でも──────トイレに入ろうとしている今、そこで俺は理解してしまった。


 この状況は仕組まれている。


 ……何故かって?


 ─────波動だ。


(かなり強い波動……男子トイレの中から発せられている)


 何かがおかしい。捻じ曲げられた因果がこの状況を作っている。通常なら男子トイレの中からラブコメの波動が感じられるはずがない。個室でこっそりセックスしてるカップルとかぐらいだ。


 だがこの強い波動は……違う。そこら辺の男女の交尾くらいじゃ発せられない強さだ。


(入るしかない)


 俺がどうしても確かめたかった事……それは『死因』と『死亡時刻』だ。


 一回目と二回目はどちらも同じ『溺死』だった。あの桟橋にいたから、それが最も『自然』な死に方だったから溺死になったと考えると─────水辺から遠い場所にいる場合はどうなるのか。


 唐突に誰かから刺し殺されたり……とかな。あり得ない話じゃない。


 そして『死亡時刻』─────これに関しては、もう分かってしまった。


(二回目の時、俺の足に巻き付いた馬鹿みたいな量の海藻……アレと同じで、この海は俺を殺すためならどんな事だって起こる)


 充電が切れたせいで正確な時間は分からないが、恐らく今は12時30分頃だと思う。


 この『タイムリミット』に丁度よく俺が死ぬために尿意を促したり、充電が切れたり、海藻が巻き付いたり、足場が崩れたり、強い波動を発する『誰か』が待ち伏せていたり……。


「さ、行くか」


 震えの止まった足を動かし、トイレの中に入っていく。


 ─────ゲームと同じだ。最終的に俺が勝てば良い。今は死んで情報を集める段階。


 薄汚れたタイルを踏み、小便器を視界に入れた瞬間───────


「……あれ?」


 誰もいない事に気が付いた。


 俺以外の誰も、このトイレの中に入っていなかった。


「え、な、何で……」


 二つある個室の扉はどちらも全開で、もちろん中には誰もいない。


 だが、だが──────俺は未だに強い波動を間近で感じていた。


「しかも、この波動……何処かで……」


 つい最近だったような、少し昔だったような。


『こ、ここっ!このドアからは……日常の波動が全然無い!』


 断片的な記憶が湧き上がる……もう少しで、思い出せそうな────────


「……ん?」


 ふと目に入った『それ』に、俺は腑抜けた声を上げてしまった。


『何故?』……その思いが強過ぎたばかりに、『それ』に釘付けの状態で。


「なんで、洗面台の水が溜まって───────」


 直後。


「っ!?」


 後頭部に伝わる『掴まれた』ような感覚と共に。


「がっ、ばッ……!」


 俺の視界は涙を溢れさせた時のようにぼやけた。


 ……いや、そんなレベルじゃない。


 だって──────溜まり切った洗面台に顔が浸かるように、思いっきり頭を押さえつけられているのだから。


「ごぶっ、あばろろ、ぶっ……」


 もがき、苦しみ、暴れて、暴れて……それでも抑えつけてくる力には勝てない。


 勝てなかった。


 再び襲ってくる、肺を締め上げる感覚。


 それでも良いと思った。勝てるのなら、あぁ、最後に俺が笑えば良いだけの事なんだから……。








「アハッ、ごめんねぇ!頼まれちゃったんだ、あの喪女ちゃんに!『無理矢理溺死を引き起こそうとして最悪の事態になってしまわないように、来栖悠人を溺死させる手助けをして』ってさ……」




 ー ー ー ー ー ー ー















「……でも、どんな抵抗するかと思ったら……期待外れ!生きる事を諦めた人間が一番弱いって言うのに……」


 透明な『何か』は来栖悠人の後頭部から手を離し─────


「うるさっ……あぁ、あのビッチちゃんが来たのね」


 耳を塞ぎながら、そのまま……トイレから離れていった。


 誰にも気付かれる事なく。強いて言うなら、たった今近付いてきた灰崎廻なら気付けたかも知れないが……今の彼女は冷静ではなかった。


「なんで……なんで波動が小さくなって……っ!」


 駆け込んだ先で、灰崎廻は再び目撃した。


「……」


 水が張られた洗面台に顔を埋めた、動かなくなった来栖悠人を。

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