水面下で進んでいます
というわけで、俺は海岸を眺めながら座っている。
海の家の近くに設置されている、小汚いビーチパラソルとテーブル。ジュースをチビチビと口に含みながら、嬌声と波の音で脳を空っぽにしていく。
『ロー●レスッ……キャメロ●トッ!!』
が、スマートフォンから鳴る音声のせいで風流は台無しだ。荒川も藍木も河邑も、FG●は昔やっていたけど今はもうやめたらしく……こうして一人でいる時にひっそりと日課をこなす。
ストーリーが面白いゲームなのに、その感想を現実にいる誰かと共有出来ないのは致命的だ。そういうゲームは俺が他にやっているマイナーゲーにもあるけど、メインストーリーの更新が来るたびに速攻で終わらせてTwi……Xで言語化された自分の感情に近い誰かの感想を求めるあの時間は間違いなく楽しくはあるけど、やっぱり身近にいる人と話したいものですよ。
「飽きた」
かれこれ1時間くらいこうしていれば仕方ない事だ。が、ソシャゲはテンションが切れると長時間続けられなくなる……のは俺だけだろうか。いや、どんな事に対しても言える事だけど、やっぱり長期間継続的にプレイさせる事が重要なソシャゲではスタミナ制度もあり、一日短時間プレイするスタイルが適している気がする。
……飽き、か。
このループもいずれ───────
「ん?」
「うっ!」
視界の端で動いた人影。
そこには忍足で動くスクール水着の女性がいて───────
「会長じゃないですか」
「バレたか……全く、海に来たのだから泳いでいれば良いというのに、どうしてこんな所で油を売っている」
一瞬、灰崎先輩かと思ったが、黒髪ポニーテールのキリッとした目つきで違うと分かった。高校一年生の俺には分からないが、歳を取るにつれてスク水を着たくなったりするものなのか、JKって。
「ブーメランですよそれ。会長こそここで何を……」
「スクール水着が被ったからだああああ!!!」
「……」
「灰崎め……私の渾身の受け狙いをよくもコケにしてくれたな……まさかこんな偶然がありうるとは!勇気を出した私の決意は一体なんのために……っ」
なるほどな。前回前々回に会長が姿を見せなかった理由が、まさかこんなにも絶望的にくだらないものだったとは。
「だが、見つかってしまっては仕方がない。どうだ、来栖君……楽しんでいるか?」
「楽しいですよ。……今は少し疲れたので涼んでいますが」
何故か向かい合うように椅子に座った頼藤世月は、控えめな笑顔を浮かべながら言った。
「なら良かった。が、出来るだけ速く復帰してやってくれ。灰崎は寂しがっているだろう」
「俺がいないならいないで、猪口先輩とかもいるじゃないですか」
「奴が人前に肌を晒す事など、滅多に無い……のは君も知っているはずだ。特に腕まで……きっと、海水浴を楽しむという事自体を、他でもない君と一緒に行う事に意義を感じているのだろう」
「そう、なんですか?」
「……奴とはたった一年の付き合いだが、少なくとも高校生としての灰崎廻はよく知っているつもりだ。入学直後から灰崎は酷かった……学校のいたるところで怪奇現象が起きれば、全て奴の仕業だった」
ヤバい奴、というのは分かるけど……部室でじっとしている灰崎先輩しか俺は知らない。
「暴れ回ってた時期がある、と」
「例えば……灰崎を狙って校庭に暴走族が押しかけてきたりした事もあった。灰崎が拾ってきた藁人形が何故か増殖して学校中の全ての階段の四段目に四体並んでいたり、在校生や過去の卒業生の中の誰でもない知らない名前が書かれたノートが約1クラス分、オカルト研究部の部室から出現したり……」
「いやこわっ……」
最後に関しては本当になんなんだ。自演だとしたら……構ってちゃんすぎるだろ。
「悪い奴ではない。ただ善人かどうかと言うと、そう評価する者は少ない。君はどう思う?」
「善悪なんか知らないですよ。仲良くする人をそう言う基準で決めるタイプのヤツは嫌いですね」
「ブレないな、君は……だからこそ、出る杭として打たれてしまう」
「打った人がなんか言ってます」
「真っ直ぐ打たれず、身体を捻じ曲げて高度を落とさないのが君か。……苦痛を伴うぞ、その生き方は」
「上手い事言ったつもりなんでしょうが、生徒会長とかやっちゃう人も面倒な生き方してるんじゃないんですか」
「良い減らず口だ。灰崎も遊び相手が出来て楽しいだろう……彼女の事は、これからも頼んだぞ」
「……そう言いますけどねぇ」
豪火君もそうだ、俺にあの人の保護者のような立ち回りを要求してくる。
果たしてそんな必要が、灰崎廻という強者にあるのだろうか。
「──────奴は、子供だ。きっと君よりも」
「え?」
「過度な期待はしないでやってくれ。憧れるよりも、別の感情を向けてやってくれ」
「敬ってはいますが、あの人みたいになりたいわけじゃないですよ」
「そうじゃない。……むしろ逆だろう」
「……逆?」
「灰崎の方が、君になりたがっているんだ」
「……」
単純に言っている意味が分からなかった。
だがこの頼藤世月という人間が、俺よりも長い時間を灰崎廻と過ごして語っている内容という事実が存在する。
それは─────俺という色眼鏡でしか見れていない灰崎廻の、どこかの別側面を感じる。
「……トイレ、行ってきます」
「あぁ、行っトイ……ってきてくれ」
流石に無茶のある修正を背中で聞き流しながら、俺は歩みを進める。
普通に尿意が襲ってきたのもある。だが会話が途切れ、気まずい時間が生まれようとする予兆を感じ取ったから……新しく会話デッキを構築しておこうという狙いもある。
少し離れた場所にある、公園のトイレより少しデカめのトイレ。もはやそれ自体が一つの施設のような見た目をしているが、海で催した時にトイレが大きく建ってあるのは助かるか。
「……」
無言で歩く時間。
……ふと、気になっただけだった。
「今、どれくらいだろ」
少し時間を見たくなっただけだった。
─────だから、ポケットの中のスマホを手に持った。
「ん?あっつ……」
やけに温まったスマートフォンを起動しようとして、いくら押しても画面がつかない事に気づく。日光で液晶が見えていないだけかと思ったが、手で影を作っても暗闇のままだ。
充電切れ。
それは──────単なるソシャゲのやり過ぎ、と思いたかった。
今は、12時何分なのだろうか?




