覚悟を装備しているおかげです
現在時刻は12時25分。
猶予は少ない……『調査』を始めるとしよう。
「とりあえず、ここの桟橋でゆっくりしてようよ」
「アハッ、見直しちゃったかも!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、冥蛾ちゃんは木の足場へ踏み入り……。
「わぁっ、真下に海があるの、怖いけど良いね〜!」
「……」
─────なんともないように立っていた。
俺が踏み外した木の板の上で、壊れる様子を見せない足場の上で。
「どしたの?お兄さん」
「ねぇ、冥蛾ちゃん……ちょっとそこでジャンプしてみてくれない?」
「はぁ?なんでよ」
「俺、昔海で溺れてからトラウマでさ。この桟橋も場所として知ってただけなんだ。もしその足場が壊れたりしたら怖くって……」
「アハッ!それで霊子に石橋を叩かせようって?女の子にそんな事頼むなんて、男としての誇りも人間としての倫理観も持ち合わせてないんだね」
軽口を叩きながらも、冥蛾ちゃんは従ってくれた。
「よっ、ほっ」
数回ジャンプを繰り返し、木材が軋む音が響くが─────やはり、壊れそうにもない。
「ほら、壊れる訳ないじゃん!」
「そ、そっか。じゃあ……」
右足の爪先だけを木の板に乗せ、徐々に体重をかけていく。
──────壊れない。瓦解しない。ヒビは入らない。
(……時間、時間は……)
スマホに表示された、12時27分という文字列。
30分まであと3分も無い、か。
「……」
覚悟を決めるしかない。
片足を乗せただけの状態から、両足が乗った状態へとシフトさせ─────そこで確かめる。
もしそこで俺が死んだのなら、『ある事』が確定する。
それを確かめるために俺はここに来たんだ。ナンパをして協力者を手に入れたんだ。
「……っ!」
震える左足を移動させ、その瞬間───────
バキッ!と派手な音が鳴った。
「へ、何!?」
「来たかッ!」
足場が割れた瞬間、俺は右足を前へと移動させる。
可能性はあった……この罠が起動する可能性は。
だからこそ、すぐに別の場所へ移動出来るよう右足に力を込めていた。来ると分かっていれば、この程度のトラブルは───────
「……あ?」
右足が、沈んだ。
着地しようとしていた足場は、俺の右足が触れた途端に立て付けが外れ……桟橋の隙間となっていた。
「がッ!」
そこに引き込まれるように落下した俺は─────思いっきり頭部を前方の足場に打ちつけた。
(ま、ずい──────)
よろめいた瞬間、敗北を悟った。
「あぶ、ぼろらろ……」
気付けば海の中。流れるように転び、道化のように踊った俺は塩味の空間に放り出される。
(まだだ。まだ地上に上がる事が出来れば……ッ!)
上に向かって手を伸ばし、水面を隔てた日光を見上げ──────
(……あ?)
直後に、俺はぼやける視界を下に向けた。
──────海藻が、馬鹿みたいに両足に絡まっていたんだ。どう足掻いても取れそうにないほどに、今まで食ったワカメの総量と同じくらいの量と言って良いほどに。
ここが海中じゃなかったら爆笑しているところだった。
(やっぱり─────この『罠』は俺を……俺だけを狙っている)
確かめたかったのは、影山の悪意が俺にだけ向かっている事の証明。
あいつは俺を憎んでいる。あいつが苦しめたいのは俺だけなはずなんだ。だからこそ、『罠』に誰かと一緒に踏み入る必要があった。
けれどもし、灰崎先輩や豪火君が死んでしまうのなら……それは避けたい。出来れば能力者という条件が罠の対象という説も検証したかったが、俺はあの二人を殺したくない。
だからナンパした。死んでもどうでも良いような適当な女を手に入れたかった。それでも若干心は痛んだが……おかげで確信した。
こんなに馬鹿げた因果の曲がり方をするんだ。そこまで世界を操作するんなら……ただ一人を狙い撃ちしていると考えた方がいい。
(そうなんだろ、影山)
苦しい。痛い。それらが同時に肺に攻め込んでいる状況は、まさに『苦痛』という表現が相応しい。
……でも、覚悟を決めていた分、そこまでショックは無い。
中一の頃、何度も死のうと思った。希望も無く、絶望の中、進み続ける訳でもなくただ蹲って『痛み』が止むのを待つだけ。
そんな日々から脱出した俺が、今度は『誰かを守る』ために……高校生活で出来た人間関係が理由で、自分から溺れ死ぬ事を選べた。
それは人間的成長。むしろ喜ぶべき事だ。
(唯一の心配は……『残機』か……)
生きる事を諦め、しかしもがく事をやめられない俺が不安に思っているのは、このループの『回数制限』があった場合の事だ。
その時、ループを打ち破れなかった俺は、この世界は……どうなるのか。
(まぁ……いいか……死ぬのは……俺だけらしいし……)
次に調査すべき事を考えながら──────朦朧とする意識に、身体が溶け込んだ。
ー ー ー ー ー ー ー
「……アハッ!」
来栖悠人は見落としていたが、彼が両足を前回に『罠』として崩れた足場に乗せた瞬間……冥蛾霊子もまた、その足場に足を乗せていたのだ。
にも関わらず─────彼女は立っていた。
『その足場があったはずの空中』に、立っていた。
「2回目もまた同じ死に方……アハッ、君の『声』が聞けないのが本当に残念!」
ジリジリと肌を焼く太陽を見上げ、彼女は笑った。
「ナンパだけじゃなくて、この腐った世界から……霊子を助け出してね、お兄さん」




