小さなバグでしょうか
「ワタシはこの海を見て回る」
真剣な表情で言っているが、スクール水着というこの場所では異質で、真面目な雰囲気には合わない格好をしている灰崎先輩。
「あの桟橋以外に『非日常』が無いか、あったらそこに人を近付かせないように。とりあえず12時半まではそうするつもり」
そう言った彼女は俺の目を真っ直ぐ見てため息をついた。
「もしかすると、来栖クンの能力で認識出来る波動……それが無い場所が罠のある場所かもしれないし、あんな事があってすぐで悪いけど来栖クンの方でも調査しててくれない?」
「あぁ……確かに、良いですね」
あの桟橋はこれと言った理由もないのに波動が少なかった。理屈は分からないが、『ラブコメの波動を感じなかった場所』が罠であるという式が成立するかもしれない。
「豪火はァ……」
「おう!」
「……」
「おう?」
「なんか……砂で城でも作っててよ」
「おうッ!……ん?」
「あ、何もする事が無いんなら、俺に付いてきてくれません?」
「ン、豪火必要なの?」
調査をする……と言っても、罠を探す調査は灰崎先輩に一任すべきだ。
俺は俺で─────『別の調査』をする必要がある。そのためには協力者が必要だ。
「ところで灰崎先輩」
「ほい」
「俺って─────ナンパ向いてると思いますか?」
ー ー ー ー ー ー ー
「で、ナンパのために俺を利用しようと来たか」
「悪いね、進」
腕を組む進と、その後ろから豪火君に怪訝な目線を向ける三上。
「しかし、俺に向かってくるラブコメの波動を利用したナンパか……面白い事を考えるな」
「だろ?今世紀一の名案」
詩郎園七華や頼藤世月、榊原殊葉などなど……進と一緒にいるだけで様々なラブコメチックなヒロインどもがやってくる。影山は俺を主人公などとぬかしていたけども……それを芯から信じられない理由がこの男、線堂進だ。
その仕組みを逆手に取ったナンパ……鮮やかな戦法だ。
「でも、何でそいつと一緒なんだ?」
「ん、あぁ……豪火君ね」
「ハッハッハ、三歩下がって師の軟派邪魔せず、だ」
「まぁそういう事よ」
……本来なら自分より上位の男を側に置くなんてナンパでは悪手かもしれないが、豪火君はこの計画において重要な存在だ。
「別に俺は良いが……春がな」
「え?」
「悠人くんの弟子っていうのは分かるけどぉ……」
……何だ?ガラが悪いから苦手そうにしてるだけだと思ってたんだけど……。
「え、豪火君、三上と面識があるのか?」
「あぁ!線堂と戦った二回の時会ったなッ!線堂が大事そうにしてたから、こいつを殴るフリして隙を突いたんだッ!師匠の教えの成果だぜッ!」
「……ごめん、三上。代わりに謝るわけでも何でもなく、これは紛れもなく俺のせいだ」
俺を追って屋上にやってきた進の傷を見て、善戦は出来たんだと分かったけど……まさかそんな方法をとっていたとは。
「だけど大丈夫、波動を感知した後なら二人にはもう用はない。俺がナンパを成功させるだけだ」
「それなら良いけどぉ……でも、何で急にナンパなんかするの?」
「……協力者が必要でさ」
そう言って俺は目を閉じて精神を集中させる。
そう─────俺が探知するのはラブコメ。海、ナンパ、ラブコメと言えばなんなのか……この特殊な状況と、線堂進という男が理想的なシチュエーションを引き当てるはずだ。
「……こっちだ!」
指差した方向─────人が多くてここからは見えないが、間違いなく感じた。強力なラブコメの波動が、近くにある……!
「じゃあな、二人とも」
「あぁ、頑張れよ」
「捕まえられると良いねぇ」
本当に頑張れよって思ってそうな進と、女をまるでポケ●ンかのように言う三上が手を振りながら遠ざかっていき─────戦いが始まった。
「行こうか」
「おうッ!」
砂浜を駆け、俺と豪火君は進む。この真夏に水中ではなく陸上で運動するなんて馬鹿げてるけど、泳ぐと死ぬかもしれないから汗水垂らして日光に抗う方がマシだ。
それにこれほど強力な波動なら……きっとあるはずなんだ。コッテコテのラブコメが!
「……ビンゴだ」
「ん、あれか?」
予想通り─────少し走った先で俺は『ナンパされている』女の子を見つけた。
ツインテールの小柄な少女。透き通るように白い肌と対照的な黒い水着が大人らしさを演出しているが、その顔は人形のように愛らしい。
そして、彼女に詰め寄る三人の男。
「てかマジさ、日焼け止め塗んないとやばいって」
「俺ら日焼け止め塗り師の資格持ってるから、そこは信頼してもらって良いよ」
「うん、じゃないと最悪死ぬ」
「えー……アハッ、困っちゃうなぁ」
そうだ。困っている女を助ける……これこそがラブコメの定型。助けてくれてありがとう!あなたって素敵!好き!が真のナンパ攻略法だ!
「あ、あの、ほら、困ってるって言ってますよ。その子」
……だが、俺だけでは不十分だ。こんな場違い陰キャでは助けるどころか男達と女の子両方を不快にさせて終わるだけ。
「あ?」
「んだテメェ……塗られてえのか?」
「今すぐ消えねーと最悪死ぬぞ」
ほら、こんなガン飛ばされたら俺には打つ手がない。
だから─────豪火君を呼んでおいたんだ。
「よし、豪火君」
「おうッ!」
「とりあえず12時半までこいつらを地獄の果てまで追いかけ回しててほしいです」
「任せろッ!」
「「「ん?」」」
俺の背後からぬるっと進み出た豪火君に、三人の男は顔を青くする。
「え、あの……」
「すみません、近くにイカついヤンキーいるとは思ってたけどまさかそいつと知り合いとは思わなくて……」
「日焼け止め……ぬ、塗りましょうか」
「いらんッ!!」
「「「……よし!」」」
拳を突き合わせた音が響いた瞬間、三人の男は顔を見合わせた直後に逃走した。
「ハッハッハッ!武運を祈るぜ、師匠ッ!」
それを追うように豪火君も笑い声を上げ、ドスドスと砂浜を豪快に走り去っていった。
「……さて、け、怪我はない?」
「アハッ!自分は何もしてないのに助けたつもりになってるの、変なの!」
「か、彼は俺の右腕であり弟子だからさ……俺の命令で動くっていうか、その、そういう……」
やはり初対面の女子相手にはしどろもどろにならざるを得ない。
─────それに加えて、この波動の量。テンプレ展開があったとは言え、凄まじい強さの波動だ。……何というか、背筋が冷たくなるような感覚……朝見のモノとは違う、どこか恐ろしい波動だ。
「で、その……」
「なーに?」
「日焼け止め……俺に塗らせてくれない?」
「バッテリーを組んでくれみたいな口説き文句だね!ナンパ慣れしてないなぁ」
くすっと笑った後に、少女は言った。
「良いよ、暇だし付き合ってあげる─────君がどんな人間なのか、霊子気になっちゃった!」
ガラスと表現したくなるような肌、艶のある黒髪、可愛らしいツインテール、漫画のように大きな目、控えめな身体のライン──────本当に人形のように整っている彼女は、そう名乗った。
「冥蛾霊子。好きなように呼んでね」
──────何処かで、聞いた事のあるような名前だった。
 




