やはり成功率が低いですね
「おい、悠人……」
「ん?」
「本当にここで合ってるのか……?」
波動の無い道筋を通り辿り着いたのは、人気の無い岩陰の多い場所。
「人が少ないイコールラブコメにも遭遇しない……そういう単純な理屈に加えて、能力によって理屈以外の何かも感じ取れる。つまりこの場所こそが、ラブコメと正反対と言っても良い場所だと思うけど」
「そ、それはそうかもしれないが……」
三上を横目に、進は顔を近づけて耳打ちした。
「……ここ、エロ漫画でよく海で発情したカップルがセックスする場所じゃないか……?」
「え……言われてみると……」
まずい、そうにしか見えなくなってきた。
『ここなら誰も来ないよ』から始まる汗と汗のぶつかり合いが起こってそうな場所すぎる。あそこの岩の裏とか、今この瞬間にヤってる奴らがいてもおかしくない!
「お、おかしいな。ここは波動が最も少ない場所なはず……」
「悠人が言うならそうなんだろうが……」
「なァんかここエロ漫画でカップルが隠れてセックスしてそうな場所っぽいなァ!どう思う?三上サン」
「わたしはそういうのよく分かんないですぅ」
「「……」」
クソ、進からの目線が痛い。四人一緒にいるんだし三上に変な誤解をされる事なんてないだろうが……。
「そ、そもそもなんでナンパされないような場所に行きたがってるんだ?わざわざ俺に頼らなくても、みんなと一緒にいれば大丈夫だろ」
「……春を、あんま見られたくないんだよ……」
「うわきも、彼氏面かよ」
「悠人が言えた事じゃないよな」
「……」
確かにそうだった。しかもコイツはあの時の……俺が灰崎先輩の腋を舐めようとしていた時のやり取りを覗き見ていたんだったな。
「とりあえず、安全なところが良いんだ。ここは安全ってならそれでも良いが……」
「分かった、ちょっと待ってて─────」
再び精神を研ぎ澄まし、心を落ち着ける。
視界がどこまでも広がったような、耳が象のように大きくなったような、腕がとてつもなく伸びたような、自分自身が広がる感覚。
波動の感知範囲を拡大し、そして──────
「あ、普通にあるわ」
しかも、かなり近くに。
「あっちの方向。多分マジで人がいないのか、波動が全然無い」
俺が指差した方向は──────岩陰を越えた先の、桟橋のような足場だった。
「あそこが?」
「そうらしい。良いんじゃない?座って海を眺めながらゆっくり過ごすのもさ」
「おぉ!悠人くん良いセンスしてるじゃん!」
ゼノブレ●ドとかにありそうな、自然と人間の文明が上手く調和した美しい場所だった。そこまで褒め称えるほど豪華には見えないけど、そのシンプルさが奥ゆかしい。
「確かに……じゃあ、あそこでしばらく過ごすか」
「つっても、今は……えっと、12時半だぞ」
「なんだかんだ皆はしゃいでるせいで、焼きそばとか食ってるだろ?昼飯はまだ後で良いんじゃないか」
「うん!ゆっくりお話ししてるだけでもきっと楽しいし!」
見れば見るほど引き寄せられるその場所へ向かい始めた時──────
「……先輩?」
灰崎先輩が、後ろから俺の肩を掴んで歩みを止めさせた。
「あそこ、日常の波動が極端に少ない」
「っ、じゃあ……非日常が起こるって事ですか?あの桟橋で……」
「絶対とは言えない」
本来なら誰よりも喰らいつくはずの状況下で、灰崎先輩は表情を強張らせていた。
「どうしたんですか?非日常なら、あんたは喜ぶはずじゃないですか」
「まァ、そうだけどさァ……ちょっと不自然な見え方っていうか、なんというか」
「危ないんですか?」
「……いや……うん、やっぱ大丈夫かも。ちょっといつもとは違う見え方だったからアレ?って思ったけど、逆に見た事のない非日常が待っているかもしれないって事だしねェ」
俺を追い越して駆け出した先輩に付いていくように歩みを早める。
非日常か……どんな仕掛けがあるか分からないが、今まで灰崎先輩が突っ込んだ非日常は、人が死ぬみたいな異常事態までは行かないちょっとしたイベントしかなかった。むしろ景色を眺めるしかないこの場所においては、思い出作りに相応しいスパイスになってくれるまである。
「しかし、本当に綺麗だな、海……」
木の板で出来た足場を踏み、改めて目の前に広がる海の鮮やかさに息を呑む。
真下から波の音が聞こえるのも、中々面白い───────
「─────あれ、進くん?」
「ん?」
俺のすぐ後ろで、三上の声が聞こえた。
「どうして……こっちに来ないのぉ?」
「……本当だ、なんでそこで立ち止まってんだよ」
桟橋との境目で──────進は驚いたような顔で立っていた。
「いや……」
「あ?」
「違う、そうじゃなくて、行けな──────」
動揺したような進が言葉を詰まらせながら、何かを伝えようとしていた。
その時だった。
「来栖クンッ!!」
声が聞こえたのは。
「え──────」
ガタッ!という音が鳴ったのは。
「っ、まず……ッ!」
足元だった。
俺が上に立っていた、丁度その木の板だけが────音を立てて割れた。
「う、あ……」
一気に不安定になってしまった足場の上で、俺は踊った。
道化の踊りにしか見えないだろう動きで……まんまと割れた木の板から足を踏み外し、体勢を崩したのだ。
「掴まってッ!!」
差し伸べられる手のひらが向かってくるスピードより─────海へ落下する速度が勝ってしまった。
「あ、ぶぼろ、ろ─────」
視界。眩しい太陽の光を反射する水面の裏側が目の前に映し出される。
音声。聞こえなくなってしまった灰崎先輩の声と、俺の声になるはずだった泡。
その二つが、驚愕に痺れる脳に『海に落ちた』事を認識させる。




