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反省点はありますが、悪くはないですね

 トイレの中にいた時も、今も……ラブコメの波動を感じる事は出来なかった。俺一人の状態ではこいつから、詩郎園七華から波動を感じる事は出来ない。進と一緒にいる時しか、感じられない。


 俺と詩郎園にラブコメ的展開が訪れるなんて、あり得ないのだから。


「朝見さんが線堂君を探している時、私は彼を待っていました。しかし一向に来る気配が無かったので……急いで階段を降りる朝見さんを見て、私も行かなければな、と思いまして」


「……」


「その先ではなんと──────撮らなければな、と思わせる出来事がありましたので!ふふ、つい……お許しを」


「……知ってる?悪い事をした意識が無かったら謝らなくても良いんだってさ」


 震える唇を誤魔化しながら、必死に反抗の言葉を紡ぐ。


 舐められないように。余裕を持たれないように。


「線堂君の事を調べている時に、仲の良いご友人が二人いると分かりました。一人は三上春さん。可愛らしいお方ですよね、私も良い評判をよくお聞きしています」


「うん、可愛い可愛い」


「そしてもう一人があなた、来栖悠人──────これと言って特徴も無く、人柄を詳しく知っているような者もいない」


「うん、特徴無い無い」


「線堂君と親交を深めるのに邪魔でしかないと考えていましたが……逆ですね。あなたを、あなたの幼馴染という立場を最大限利用すべきでしょう」


「うん、そうかもね」


 目線を逸らしながら頷いていた俺の眼前に、スマホの画面が迫る。


「協力してください。三上さんと線堂君を引き剥がすために」


「……」


「拒否すればどうなるかは分かりますよね?……自分で言うのは少し恥ずかしいのですが、学校全体での私のファンクラブのチャットがあるようでして……ふふ、ふふふ。皆さん、とても協力的で良い人達なのですよ」


「そこに俺の例の動画を乗っけて、校内で拡散してやろうって訳ね」


「そんな悪意はありませんよ!ただ……面白いモノを共有するだけです、何もおかしくないでしょう?」


 もし拡散したらどうなるか。答えは決まっている。


 俺の青春は消える。クラスの連中はもちろん、彼女を持つ荒川も、女に向かってあんな言葉を吐ける俺とは一緒にいたくないだろう。進や三上には当然迷惑をかける事になる。それでもきっと俺との縁を切りたがらないアイツらもまた、周りから疎まれて──────。


「……まずは、そうですね……あなたが三上さんに好意を寄せているという感じで、三上さんだけを遊びに誘うような事をしてみてください。きっと線堂君も察してあなた達二人と離れるので、その時に私が──────」


「何言ってんの?」


「……はい?」


「『まず』する事は一つでしょ。自分でも言ってたじゃん─────」


 突きつけられたスマホを押し返し、詩郎園に向かって一歩踏み出す。


「しなよ、拡散」


「…………え」


「早く。してみろよ……!!」


 呆気に取られた表情の詩郎園を、上から押しつけるように目線を向ける。いくら陰キャでも、俺は男だ。大体の女には身長で勝てる。


「な、何を言って……あなた、先の事が想像出来ないのですか!?」


「したよ、想像くらい。ただ─────俺はもう、過去に一種の地獄を経験した。……どんな惨状が待っていようと、俺は耐えられる自信がある」


『あの時』は……俺はまだ幼かった。人が悪意に満ちた生物だと知らなかった。だからこそ心に深い傷を負った。


『今』は違う。俺はもう知っている。


 ───────不意打ちじゃなければ、来ると分かっているモノならば……意外と痛くないものだ。好きな子じゃなければ、彼女じゃなければ、いくらでも俺を蹴れば良い。


「たとえ退学に追い込まれようと俺は屈しない。そうなったら親の脛かじってでも生きるよ。毎日泣き喚いて部屋に引きこもってた時期よりは父さんと母さんも辛くないだろうし……結果的に進と三上に迷惑をかける事になっても、俺は二人を裏切るような事はしない」


 それが、友達で居続けてくれた二人への俺の誠意だ。


「俺はお前のような人間には絶対にならない」


「……っ」


「で……なんだっけ、進と友達になりたいんでしょ?一緒に帰ろうよ、四人で」


「…………遠慮しておきます、今日は」


「そう、残にぇ……ざん、ねんだったねー……」


 最後の最後で噛んだ俺は頬の紅潮を予期してすぐに顔を背けた。あぁ……ダメだ、イキリすぎた。厨二病ってのは何年経ったら治るんだよ。

 俺を睨み続ける詩郎園を置いて、背中に視線を浴びながら歩く。甘ったるい、感じ慣れた波動に向かって。


「……お、悠人」


「さっき七華ちゃんとすれ違わなかった?」


「あぁ……用事があるからって、帰るらしい」


「そうなんだぁ、忙しいんだね」


「じゃあ──────」


 バッグを置いてきた七組の教室の方を向いて、進は微笑んだ。


「帰るか!」


「うん!」


「そうだな……」


「……どうした?悠人。何か─────」


「あぁいや、その……あれだ」


 少し考えながら話すと、すぐ進は気付く。こう、察してくれる能力が高いのは別に良いが、今の場合は少し面倒だ。


「……さっき詩郎園と話した時、言葉遣いを柔らかくしたんだけど……不自然だったかなって」


「……シンプルに何故?」


「女子相手にはその方が良いかなって思ったんだけど……」


「あははは!多分ね、やめた方が良いよそれ!女子って洞察力凄いからねぇ、何か隠し事でもしてるのかなーって疑われちゃうよぉ?」


「そうなのか……」


 微塵も俺の言い訳を疑っていないであろう三上自身のせいで説得力が無くなってしまっているけど、まぁ女子である三上が言うのならそうなのかもな。


 ……適当に考えた言い訳だったけど、そうか……話し方変えるのってバレてるのか……。


「え、そうなの!?俺も春以外の女子と話す時は荒っぽくならないようにしてた……」


「進くんは別に関係ないと思うけど……え!?私以外って……ちょっと、どういう事ー!?」


「あ、あぁそれはほら、言葉の綾ってやつ……」


「いや待て、進は関係ないって事こそどういう事だよ!?イケメンならどんな言葉使っても許されるって事かよ、許せねぇ……!」


「えぇ、それはほら、進くんモテるし……」


「モテてりゃどんな言葉を──────」


「っていうか悠人くんだって私と話す時と進くんと話す時、言葉遣い一緒じゃん!二人共さぁ〜!!」


「うごっ……」


 三上の力ないパンチが俺と進に命中し……あ、これ案外痛い。


「……ふふ、うふはははははは!」


「えぇ……なんで笑ってんの……」


「いやちょっと……思ったより強く殴っちゃって……ふふふ、ごめんね悠人くん……あははは!」


「ふっ、いやそんなの笑う理由じゃないだろ……ははははは!」


 腹を抑える俺を置いて、進と三上がツボに入ってしまった。


「……ふふ」


 こういう時─────俺は少し、笑う。

 面白いからじゃない。ただこの瞬間の幸せを噛み締めるために……この楽しい時間に笑顔でいたいから、笑う。




 次の日から、全校生徒の俺への態度が変貌した。

 動画は───────拡散された。

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