難易度は高いですが、上手くいけば時短です
「はい、誕生日おめでとう」
「……は?」
自室にて。目の前の男、線堂進から受け取った誕生日プレゼントは……俺の予想を遥かに凌駕する意味不明さだった。
「お前……え、なんでこれ?」
「なんでって……悪いかよ」
「いや『読んだ事ない漫画の9巻』は誕生日プレゼントとしては悪い部類に入るだろ!」
中二の頃から、こいつは誕生日プレゼントでふざけ始めた。修学旅行で男児が購入するドラゴンの刀のストラップを渡された時はそれで斬りかかろうとした事もあった。
「え、悠人って●NEPIECE読んだ事無かったっけ」
「無いって普段から言ってるだろとぼけんなって。長すぎて面倒が勝つんだよ」
「ワン●読まないオタクとか、悠人嫌いそうなのに」
「うるせーな、めんどくさいのはめんどくさいんだよ」
というか、高校入ってからはアニメと漫画は中々見れていない。時間はあるはずなのに、どうしてか見る気読む気が無いんだ。
「おいおい、コレならまだ三上に貰ったリップクリームの方が役に立つぞ。わざわざ『当日に渡させてくれ』とか言ってたくせにしょうもなすぎるだろ」
「あぁ、実は学校に持ってくの忘れただけなんだよ」
「あほくさ」
「……ま、それはさておき」
「置くなよ」
適当にベッドに腰掛けていた俺の隣に座り、進は言った。
「本当に行かないのか?海」
「行かないよ」
「来いって!」
「来ねえって!」
陽キャは仲良くなるのが早い……というよりは、『仲良くなろうとする』意欲が高いんだと思う。
じゃなきゃ、一年目のクラスで『一緒に海に行こう』とかの話にならないだろ。
「俺が行かないからってお前はバックれるなよ?クラスの奴らに提案したのはお前なんだからな」
「でも悠人、確かに提案したのは俺だけど……その言い分はなんだったと思う?」
「は?」
「『せっかく悠人と仲良くなれそうだし、みんなで海にでも行って親睦を深めないか』って言ったんだ」
「え、じゃあクラスの……高橋とかは俺が来るって思ってるって事?」
「あぁ!」
「飛んだゴミ野郎だな、お前」
「海、行こうぜ!!」
進は身内にはかなり遠慮が無い。友情の現れだとは思うが、親しき仲にも礼儀ありとか言うだろ。まさか俺の了承を取らず計画していたとは……。
「えぇと、メンバーは……」
「高橋とかの男子に、あと藍木とかタケちゃんとか、そこら辺の男子もお前が行くって聞いて喜んでたな」
「マジかよ、荒川達まで……」
「女子は三上とか西澤のグループが来る、そんくらいだな。まぁ、ほとんどの奴は『海に行きたい』って欲望を悠人っていう言い訳で隠してるだけだから、気にしなくて良いと思うぞ」
「お前が言うな、どうせ三上の水着目当てだろ」
「ククク、楽しみで仕方がない」
「クソがよ。はぁ……どうしよっかな」
行ってみたい気持ちはある。ただ、めんどくさい。
本当にそれだけの感情しかないんだ。行ったら行ったで意外と楽しめそうなんだけど、暑い中わざわざクーラーの効いた部屋から出て炎天下に晒されに行くのは率直に言って頭のおかしい行為です。
「……いつ行くの?」
「26日」
「あと5日は準備出来ちゃうな……」
「ほら、行こうぜ。思い出作りに」
「……考えとくよ、若干前向きに」
その言葉の後、俺は進を追い出した。
──────海、ね。
正直言って海に行って何をするか、陰キャの俺はよく知らない。泳ぐだけしかやる事ないと思うんだけど、違うのかな。アニメとかの知識を信じて良いのならスイカ割りとか、そういうミニゲームもあるけど。
何にせよ、一つ思ってしまったのは……これは大きな『イベント』であるという事。
「つまり新たなヒロインが進に近づいてくるかもしれない、と」
ならば俺は排除しなければいけない。その波動から進を遠ざけ、ラブコメ的なイベントを回避しなければいけない。
──────という大義名分を手に入れてしまった俺は、もはやクラスの奴らと同じだ。
「はぁ……海かぁ」
ベッドに横になった瞬間、自然と瞼が下がる。まだ起きていたい時間なのに、長期休みだから寝てしまっても良いかという怠惰が勝る。
「……ぁー」
思ったよりやばい睡魔だった。身体全体がドロドロに溶けるほど眠い。もはや手足は俺のために動かず、ベッドに俺をくくりつけて置くための枷になってしまった。
(……まぁ、いいか)
……長期休みだし、と諦めた俺の視界が黒に染まる。
その暗闇の中で、俺は深い眠りについた────────
……のだが。
「……うーわ、マジか」
漣の音。砂浜を走る若者の声。皮膚を焼く日光。久しぶりに着た水着の感触。
恥ずかしい事に、どうやら俺は『海に行く夢』を見てしまっているようだった。
「あっつ」
突如放り出された海岸で、俺は顎に垂れた汗を拭う。
ジリジリと身体を焼く太陽に、その光を映し出す海。絶景と言えるほどではないけども、ここは海であるとすぐに分かる光景が、何度のアニメで見た情景が、まさに今目の前に広がっている事への感動がある。
「こんな夢見ちまうとか、恥ずかしすぎるな」
結局は俺も海に行きたいんだ。そうだよね、来栖悠人君。恥ずかしいけど認めちゃおうよ、女の子の水着姿を見たりビーチバレーしたり意味も無く水かけ合ったりしたいんでしょ、俺は。
「おーい!来栖君!早く来てくださいよ!」
声が前方から響く。海岸にいたのは、腕を大きく振る荒川だ。側には藍木やら河邑やら……え、桜塚までいるよ。お前は勉強してろ、夢の中だからってはしゃぐんじゃない。
「どしたの?進くん」
「え!あぁいや、その……ははは─────」
海岸へと向かっていく進と三上。進は不自然に周りをキョロキョロと見渡しながら、三上と話していた。あの線堂進ともあろう男が好きな女の水着姿を前にすればこの通りだ。性欲とは恐ろしい。
─────けど、羨ましくもある。
「欲を言うなら灰崎先輩の水着が見たかったなぁ」
この一言に尽きる。いくらブラジャーを見たことがあるとは言え、水着はまた別格だろうな。しかし悲しい事に、俺が今見ている夢はクラスみんなで向かう海のシミュレート。
灰崎先輩が出てくるのは不自然だ。
「呼んだかい来栖クン」
「うぉおうっ」
突如後ろから声をかけられ、振り返った先には─────
「は、灰崎先輩……」
「やァ」
彼女を見た瞬間、顔が真っ赤になりそうだった。というかなってるかもしれない。
別に、灰崎先輩に欲望を聞かれたから恥ずかしいわけじゃない。この先輩は俺の夢の中の存在でしかないし。
ただ─────俺は夢で見るくらいに灰崎先輩の水着姿を切望していた、と実感させられたのがたまらなく恥ずかしい。
「ってか、なんでスクール水着……」
目の前に立つ灰崎先輩が纏っていたのは紺色のピチピチのアレ。『なんで』とは言ったが、俺の本能は良く『理解ってる』よ。
同級生じゃない以上、水泳の授業がない高校な以上、俺はこの人のスク水姿を見れなかったはずなんだ。これは流石に夢に感謝せざるを得ない。
「あァいや、なんか気付いたらこれ着てる状態で立ってた」
「理由付け適当すぎる、流石は夢」
「理由ってか、マジで違くて」
「あ。ってか夢なんだし……」
そう言った俺は─────真っ直ぐと手を伸ばした。
これは所謂、明晰夢。意識のあるままで夢を見ている状態……つまり最強。配管工が光り輝く星を取って歩く栗や火を吐く花を蹴散らしていくあの無双タイムと同じだ。何をしようとも罪に問われず、夢だから何でも出来る。
「スク水おっぱいの感触、再現頑張れよ俺の脳!」
そうして一歩を踏み出した俺は───────
「……アレっ」
直後、砂浜に横たわっていた。
恐らく灰崎先輩に蹴られて倒れているんだろうけど……こうやって脈絡の無さすぎる、朝見星の喋り方みたいな展開は夢らしいと言える。
「オイオイ、会っていきなりとか盛り過ぎだろォ。ヤりたいならご褒美の権利消費するって事かィ」
「あぁいや、そういうつもりじゃなくて……蹴るのはやりすぎですって、いてて」
咄嗟に否定してしまった、夢だというのに。
クソ、夢のくせに解像度が高い。夢なんだから俺の身体能力を戦闘民族並みにしてくれよ。そうすればこうして灰崎先輩に蹴飛ばされたりしないで、強引にお触り出来るのに……。
──────蹴飛ばされたり……。
「……」
俺は今、灰崎先輩のおっぱいに手を伸ばして灰崎先輩に思いっきり蹴られた。
だから、腹部が『痛い』。
「……」
「何ボーッとしてんの」
「あぁいや、その……」
「ってか聞きたい事あったんだよなワタシ。来栖クンが強姦してくるからつい蹴飛ばしちゃいましたァ」
「まだしてませんって……」
……いや、待て待て。痛いからって夢じゃないと疑うのは流石にアニメの見過ぎか。俺の脳が痛みすら再現しているのかもしれないし、第一……これが現実だとしたら、俺は寝た瞬間海にワープしていた事になる。そんなわけないだろうが──────。
「ワタシさ、気付いたらいきなりこの海に来てたんだけど」
「─────」
「来栖クン、その……な、何か知らない?」
灰崎先輩の表情は─────今までに見た事のないモノだった。恐怖と驚愕と、それに出会えた喜びと……そしてそれを上回ってしまうほど大きな恐怖。感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った苦笑い。
「あー、もしかして……」
もしかしてもクソもない。
──────夢が、見た事のないモノを見せてくれるだろうか。俺の脳は……ここまで想像力が高いのだろうか。
「これ、夢じゃない……?」




