嵐の前の静けさですね、セーブしておきましょう
「ダメだ」
液晶から目を背け、『行為』を終えた影山賽理は天を仰いだ。
「あいつの化け物メンタルの壊し方が分からない」
そもそも、来栖悠人は女性に対して『再生不可』レベルのトラウマを抱えていたはずだった。賽理もそう考え、『この物語』を破綻させてしまった事を理解し、引きこもり生活を続けていた。
が、悠人は『再生』こそ出来なかったものの、『再起』は出来てしまった。
完全に元通りの『来栖悠人』ではなくなってしまい、歪で卑屈で極端に女性を嫌うようになってしまったが、青春というステージに再び登壇したのだ。
「原作であいつが落ち込んでたシーンは……『線堂のやらかしを知ったシーン』はまぁ、ちょっと喰らってたっけ?あとは……あぁ、『例の動画』を見た時か。アレは破壊力抜群だけど、今は無理だし……」
彼女の記憶の引き出しを片っ端から開け、閉じ、また開けを繰り返す。
「アレも違う、コレは無理、大体今の時期だと結構限られるし──────」
そして、『可能性』を奥から引っ張り出した。
「……いや、流石に無理か?でも時期的にはドンピシャで、数値も問題無くて、というか効力が切れる前に使っとかないと……うん、行けるだろ」
暗い部屋の中、彼らを見下ろす彼女は一人、誰にも見られていない微笑みで口角を歪ませる。
「この方法なら─────来栖を殺せる」
ー ー ー ー ー ー ー
テストが終わったと思ったら、二回目のテストが終わっていた。
何を言っているか分からないと思うが、俺も何が起きたか分からない。
「早いもんですね」
「時の流れの事かィ」
「はい」
「もう夏休みだかんねェ〜」
7月。何故か爆速で梅雨は明け、何故か夏が開幕していた。
割と楽しそうな季節なはずが、特に何もなく過ぎ去っていったのがこの違和感の正体か。
「平和。それが一番良くて、一番つまらねェ」
「良いとは思ってるなら、非日常アイテム拾ってくる頻度もう少し落としませんか……あ、文化祭用のレポートがいくつか纏まったので見てください」
「ほいほい」
結局、オカルト研究部の出し物は『怪奇!激ヤバ呪物&心霊スポット特集』という冊子になった。
「『変な形の石』……うん、そうそう。真っ赤な石とか、真っ青な石とか、真っ黄色な石とかあったねェ。えっと確かここら辺に……あった」
灰崎先輩が机の上のごちゃごちゃにペンとか置いてあるスペースから取り出したのは、本当に緑という一色に綺麗に染まっている小さな石ころ。もちろん俺達が塗ったわけじゃなくて、先輩が道端で拾ったものだ。
「コレは臭うからねェ。こーんな濃い色のカラフルな石が街中に点々と落ちている……」
「子供かなんかが塗って遊んで落としただけですよ。ほら、あの……プールの授業の時に使う、生徒に拾わせる石みたいなのあるじゃないですか」
「それにしか見えなくなるからやめてくんね?……えっと、次が……あぁ、あったねコレ!『マジでヤバそうな劇物しか売ってない自動販売機』」
『マジでヤバそうな劇物しか売ってない自動販売機』とは、マジでヤバそうな劇物しか売ってない自動販売機だ。
どういう事かと言うと、マジでヤバそうな劇物しか売ってない。ただそれだけなんだけど……シンプルに怖い。
「『ドドドドドデカ●ン』とかねェ」
「正確には『ドドドドドドデ●ミン』です。デカすぎて金入れても出てきませんでしたよね」
「実際に飲んだのは『レッドゾーンモンスター』だったっけ」
「それはビビって買いませんでした。飲んだのは『伯方の塩水』の方です」
「あァ、あれか!ラベルに書いてある通りガチで除霊されそうなくらいしょっぱかったよなァ。塩溶けきってなくてジャリジャリしてたし」
本当に、よくこんなものが見つからないものだって感心する。ネットで晒されて炎上したり人が殺到したりしそうなものなのに。
本来じゃあ見つけられない日常の穴を見る事ができる……それも能力か。
「明日終業式で、明後日から夏休みなわけだけど……実はオカルト研究部の活動は無いんだよね」
「実はでもなんでも無いでしょう。逆にあったら困ります」
しかし、そうなると夏休みはゲームだけして過ごす事になりそうだ。それはそれで良いけど……飽きそうだな、途中で。8月入った辺りで。
「あ、そうだ来栖クン」
「はい?」
「誕生日、7月21日だったよね?」
「はい、オナニーの日です」
「ちょうど明後日で直接祝えねェから、これ!」
「……」
手渡されたのは……透明な液体が入ったペットボトルだった。
「……俺、これに『ありがとうございます』って言わなきゃいけないんですか」
「ふはは、今飲んでくれても良いんだぜ」
ラベルには大きく赤い文字で『伯方の塩水』と書かれていた。
……この人の誕生日プレゼント、どんなとんでもない物にしてやろうか。
 




