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迷う時間自体が無駄です、運に任せましょう

『賽理ちゃん?』


『おかしな事言ってなかったかって?えぇ、それは……いつもあんな感じじゃない?あの子は』


『でも確かに、来栖の事はよく思ってなかったかも。理由を聞いても教えてくれなくてさ……』


 朝見はそう言った。


『で、来栖クン。わざわざ豪火を呼んで、この3人で話す事があるってのはァ……』


『おうッ、能力についてじゃねえか?』


『え、豪火のくせにワタシと同じ事考えてる。……当たり?うわ、なんか嫌だなァ』


『……カゲヤマ?』


『カゲヤマサイリ……いや、ワタシは知らんけど』


『すまねぇ師匠、オレもだ』


『で、そいつがなんだってェ?…………ふゥん、能力の事を知ってた……って?』


『なんだと!?それって事はつまり……そいつも能力者って事か!?』


『え、違うのか?』


『……うん、ワタシも来栖クンに同意かなァ。それだけで能力者って断定するのは早計……となると、ワタシ達に能力を与えた存在、またはその関係者かもしれないって言いたいわけだね、キミは』


『……何?能力者があと3人……それも師匠の近くにいるかもしれないだとッ!?』


『へェ、面白くなってきたじゃん。つっても、来栖クンの近くにいるんならワタシの目が気付いてるはずなんだけどなァ……分からないねェ、まだまだ』


 灰崎先輩と豪火君にはこう話した。


『あの事』については言えなかった。


『なるほどな。影山賽理……か』


『いや、あいつの事なんて一切知らん。関わった事なんてほぼ無い……あの他人を見下したような目が気に食わなくてさ』


『能力者があと3人、近くにいる。それは何処にいるのか、これを何故影山が知っているか……問題はそこだな』


『この前言ってたよな、灰崎廻の妹に波動の昂りを感じなかったって。その仕組みを影山から聞き出せれば、見えてくるかもな』


『─────能力の正体が、だ。悠人も灰崎廻も詩郎園豪火も、結局は自分の感覚でしか定義を把握できていないんだろう?』


『もしかしたら隠されているかもしれない。何か、別の……ルールが。例えばそう、『波動を感じる相手が最初から決められている』とか……どうだろうな。まぁ、能力を持っていない俺の予想だ。気にしないでくれ』


『……春?どうして急に春の事を?』


『寝取られる前に早く付き合え、って……お前最近そればっかだな!』


『あの事』については言えなかった。


 尚更『写真』の事なんて、言えるわけがなかった。



 思考が、渦巻く。


「─────」


 電気を消した自室。硬いベッドがギシギシと悲鳴を上げ、俺に寝返りをするなと叫ぶ。


 知らず、鼓動は泣き喚く。


「─────」


『原作』


 棄却すべき思考。


『写真』


 排斥すべき雑音。


 ────『世界』を問う。世界を疑い、別の世界を想像する。


「─────」


 意図的に分断していた要素が脳の中で合わさる。


 原作とは?あの写真は何?


 だとしたら、この世界は?


「この世界はフィクション……実在の人物・団体・事件などとは一切関係ない────」


 自然と口から溢れた言葉に────俺は慌てて口を手で抑える。


「ッ!!」


『考えてはいけない』……もしそうだったとしたら、あまりにも恐ろしいから。


『考えなければいけない』……もしそうだったとしたら、あまりにも恐ろしいから。


「こ、この、世界は……全部作り物で……元は小説、漫画、アニメの中でしかない世界で……そこに影山が転生してきただけで……俺達は、ただの……」


 よくある設定だった。


 影山が残した言葉は、その陳腐な結論への足跡になっていた。


「ただの……キャラクター」


『主人公』


 憧れ、憎んだ存在。


 今ではそう呼ばれる事が何よりも恐ろしい。


「影山という異分子が存在したから『原作』とは流れが変わって、俺達の性格や関係性が壊れた……」


『あたしがいなければ!お前は不登校にもならなかったし、春たんも線堂じゃなくてお前を好きになってたし、星たんとも良好な関係を結べたはずだし、霊子たんは────』


 つまりは、そういう事。


「三上は、本当なら俺の事を好きになるはずだったのか」


 だからこそ、あの写真─────俺と三上はキスをしていた。


 影山は転生者で、だからその写真を持っていた。『本当の世界』からの情報を。


「……この仮説の穴は二つ」


 少なくとも俺の脳ではその二つしか見つけられなかった。


「まず一つ。この世界が小説漫画アニメの世界なら、あの写真はどうなる。実写じゃんか。写真じゃんか。ドラマ化した俳優の顔なのか?俺達は。にしては俺の顔が地味すぎる……ま、これだけじゃ十分な穴とは言えない」


 もう一つは────多分、決定的だ、


「こんな馬鹿げてる陰謀論が真実な訳あるか、クソが」


 目の前の現実から逃げている?確かにそうかもしれない。だって、影山が俺達の能力の事を知っている理由の説明がつかなくなるから。


 与えられたヒントを組み立てていけば、そうなる。だが……違うんだよ。


 これで迷っていたら、それこそ影山の思う壺なんだ。


「俺は迷わない。迷わず『考えすぎない』事を選ぶ。どうやらあいつは……いや、お前は『来栖悠人の前向きさ』が嫌いみたいだからな」


 天井を見上げ、そこにぶら下がる暗闇をいつどこで俺を監視しているか分からない影山に置き換え、エイムの合わない睨みを効かせる。


「……影山、今お前は……見てるのか?教えてくれよ、さっさと。じゃないと俺は────あぁ、もう我慢出来ない」


 目を瞑り、言葉を消した俺は──────ズボンを一瞬で下ろした。


「お前でシコってやるよ」


 俺に出来る、ささやかな復讐。自我を保つための、前に進むために現実逃避。


 実行出来る限り最悪の嫌がらせをぶつける。何故なら俺が影山を嫌っているからだ!!


 笑ってしまうほど馬鹿げている行為。でも、ほら……こうしてみると、まるでさっきの悩みなんてどうでも良くなったように見えるだろ。


「ふはっ、はははっ!何やってんだろ俺……頭おかしいだろ……!」


 本当は普通に悩んでるし、不安で押しつぶされそうだけど─────


『『虚勢であろうとも、上に立つ者としての立場を全うできるのなら、それは真となる』……親父がよく言ってた言葉だ』


 ……この『虚勢』が真実になってくれたのなら、俺は影山を上回る事ができる。


「俺の精子で目ぇ覚ませ、陰キャ女オタク陰謀論者が……!」







 ……別に影山が見てなかったら、ただのオナニー。


















 ー ー ー ー ー ー ー















「……は?」


 同じ暗闇でも、その部屋にはいくつかの液晶の光がある。それによって照らされた彼女の顔は─────驚愕そのものだった。


「えぇ何こいつ、なんで……え?きしょ……ガチでシコってる」


 彼女からしてみれば、彼が一人で致す事など監視をしていればほぼ毎日見かける日常茶飯事だった。


 だが、さっきまで自分に向けていた敵意が一瞬にして性欲に変わる瞬間は……率直に言って吐き気がした。


「……チッ。いつも通りご立派な棒で草……生えねえよ」


 ここで画面を閉じるのは、流石に負けたような気がして躊躇ってしまった。


「……っ」


 さらに彼女には、『条件反射』と言うべきだろうか……彼の陰茎を見た瞬間に、込み上げてくるモノがあった。


 目を背けたいはずの画面に釘付けになりながら、彼女は指を湿らせる。


「クズが……クズが……っ、ふっ……ぅ、あッ……!」


 彼女─────影山賽理は『陰キャ』と呼ばれる類の者であるが、同じ『陰キャ』である来栖悠人とは明らかに異なる性質を持っている。だからと言って彼と彼女のどちらかが『陽』になり得るはずもない。


 だが、その『カゲ』を作る光は─────共通の光かもしれない。

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