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良いスチルですね

 怒涛の勢いで6月は過ぎていった。祝日の無いクソ月だったけど、何も考えずただ傘を差していれば良いだけの日々は、まぁ楽だった。


「オイ、相合傘すんぞォ」


 勿論断った。灰崎先輩は梅雨が明けるまで5回くらいそう誘ってきたが、その5回中5回とも先輩も俺も自分で傘を持ってきていた。する意味なんてないし、ただ俺がラブコメの波動でクラクラになるだけだ。


「来栖!お願いがあるんだけど……明日、私がお弁当作るからさ、お昼ご飯持ってこないでいてくれない?」


 勿論断っ……れなかった。朝見の言う事だし、断ったら断ったで面倒なことになりそうだった。なら俺の胃腸に全てを託す方がマシだと考えた。


 恐る恐る開けた弁当箱は華やかで可愛らしく、普通に美味しかったし腹も壊さなかった。3回くらい弁当を渡されたが、その時に榊原と朝見と灰崎先輩とで過ごした昼食の時間も忘れられない。特に榊原の、常に焦りと汗が浮かぶ顔が。


「いやいや、痩せてないですって!嫌だなぁもう、別にそんなんじゃないですって!特に顔の方とかまだまだデブで……おごふっ」


 勿論殴った。絶対ダイエットしてるのに、多分気付かれて嬉しいのに『別に?』とか言っちゃう荒川がウザすぎてダメだった。だけどまぁ、そんなウザムーブをするくらい打ち解けてくれたと考えると嬉しいかもしれない。


「師匠ッ!梅雨を活かした修行を思いついたぜッ!雨粒をどれだけ避けらr」


 勿論無視した。なんか、いくら馬鹿とは言っても……『考える』くらいはして良いと思うんだよな、うん。詩郎園豪火という人間は『思考』の時間が無いのだろうか。


「はっはははははは!!もうどうにでもなれ!!今年の文化祭は全クラスメイド喫茶限定のメイド喫茶祭だっ!!はははははは───────」


 勿論無視した。多分、メイド喫茶をやりたがるクラスが多すぎて、でも出し物の被りは規則的にまずいから説得しなきゃいけなくて、それで……狂ってしまったのだろう、会長は。


 だが実は『メイド喫茶祭』はガチでやる方向性らしい。教員達も普段は真面目な会長の凶行は止められなかったという事か。


「悠人!メイドやってくれないか?」


「結構似合うと思うよぉ」


 勿論断った。俺は女が嫌いだから女装なんてやりたいはずがない。ただ恥を晒すだし、ここは断って良いノリだ。


「えぇ、じゃあ進くんにやってもらうしかないよぉ」


「あ、俺?でも俺は春のメイド姿が見たいんだけどな」


「まぁたそう言う事言ってぇ。どうせ悠人くんのメイド姿の方が見たいんでしょ」


「ククク……」


 そこは『そんなわけ無いだろ!?』とか言ってほしかった。キモ笑いするだけで否定しなかったのは何故なんだ、親友。


 ─────進と三上はいつも通り仲が良くて、他のみんなも相変わらずで。なんて事ない6月は、なんて事ないからこそ俺にその価値を再認識させてくれた。



「……」


 そんな日々に思いを馳せる、諦めの悪い梅雨が侵食する7月の初旬。


 俺は灰崎先輩と別れた後、いつもの下校ルートで立ち尽くしていた。


「……」


 傘を片手に持ったままもう片方の手でポケットを弄る。スラックスに付着した雨の不快感を無視して、取り出したスマホの画面を拭く。


「……」


 自分でも分かるくらいに周りのモノが見えなくなっている状態で、LI●Eを起動する。いくつかの通知に目もくれず、ただ─────そのアイコンと名前に一直線に指は向かう。


「……」


 電話アイコンをタップし、『プルルルル……』という待機音が聞こえるが……どうも雨の影響で普段より弱々しく感じる。


 天は機嫌を良くする様子を見せないが─────待機音は意外にもすぐ止んだ。


「……出るんだな」


『気まぐれ、ただの』


「……影山」


『何』


「お前の言っていた事の、意味を教えてくれ」


『言ってた事ってどれ?ちゃんと言わないと分かんないだろ』


「っ……」


 口に出す事すら躊躇ってしまう。


 が、真実を知るためには……それくらい、それくらいだ。


「お前は何故か灰崎先輩の事を知っていた。それだけならまだ良い、どこかで知り合ったかもしれないしな。だけど─────あの人の能力の事もとなると、話は違う」


『うんうん』


「それに、影山は全体的に……どこか『確信めいた』言い方をしていた。もし影山がいなかったらどうなってたか、とか。まるで知っているかのように」


『はいはい』


「それと──────」


『それと?』


「─────『原作』って、何の事だよ」


『……ぷっ、はははは……恐怖心って声だけでこんな伝わるんだ、そりゃ無理もないだろうけど』


 影山はこの前のように激昂する事はなく、淡々と続ける。


『この世界の事に関しては、お前が自分で突き止めなよ。その方が面白い展開になるし、あたしが全部喋っただけじゃ信じないだろうし』


「……チッ、じゃあ結局何も言わないって事かよ」


『は?黙れよクズが。……まぁでも、可哀想だよねお前も。ただ幸せな日常を送るだけで、それが不安になっちゃうなんて』


「……」


『切ろうとしてたり?待ちなよ……ちょっとしたスパイスとして、ヒントあげるから』


「……もう何でも良い、さっさと言ってくれ」


 影山の気まぐれ。その言葉に間違いはない気がした。この機会を逃せば、俺は本当に漠然とした不安感を抱きながら生きていくかもしれない……そう分かっていても、話しているうちに不快感が増大していく。


『能力について』


「!」


『お前ら、ほんと可哀想だよ。豪火は気にしてないっぽいけど……まともに交尾しようとするとぶっ倒れる主人公とか特に哀れ!』


「早く言えよ」


『─────能力者は6人いる』


「っ!!」


 分かりやすく、そして俺達の謎の根幹に関わる情報。


「俺、灰崎先輩、豪火君……俺達以外に、あと3人いるのか」


『そういう事。しかも3人とも、意外とお前に近い場所にいる』


「……は?」


『頑張って探してみたら?』


「探すって、そんな事言われても……!」


『手がかりは無し。そこまでヒントあげちゃったらつまんないし……』


『意外と近い場所』─────そんなわけ、無いだろ。


 俺の知り合いにこれ以上の能力者なんてもう……いないはずだ。そんな奇妙な素振りの人は……いや、隠しているのか。


 進にも打ち明けられなかった俺のように、未だに一人で悩み続ける隠匿者が……いるんだ。


『じゃ、ヒントはこれで終わり。満足でしょ』


「……無いよりはマシだな」


『……』


 ずっと、ずっと─────この日常が崩れてしまうのではないか、この日常は偽物なんじゃないかって……意味もなく悩む時間が続いていた。


 でもまだ『仲間』がいるのなら少しだけ、未来は明るくなったかもしれない。


「同じ悩みを共有出来る奴がまだいるのなら、もう仲間みたいなもんでしょ。灰崎先輩に豪火君に……あと3人もいるなんて、正直心強い」


『……お前のそういうところがほんっと嫌い』


「え?」


『陰キャで、イジメられて、トラウマも植え付けられたはずなのに……その気持ち悪い前向きさは原作通り、か。寒気がする』


「……だから、その『原作』ってのは─────」


『あぁそうだ!良い事思いついちゃったかも!』


「あ?」


『名シーン……じゃなくて、もう少ししたら結構役に立つであろうヒントをあげるよ。あたしが今から送る画像から読み取ってみな』


「が、画像?待てよ、ちゃんと言葉で─────」


『またね、クズ』


 ブツッ、と無慈悲な音がスマホから鳴る。


「……はぁ」


 雨粒が傘に弾かれる音が両耳に響き─────その調和を着信音が叩き潰すように鳴った。


「画像、か」


 確かに影山賽理からの着信だった。


 ……正直言ってめちゃくちゃ怖い。何か、ブラクラみたいなショッキングな嫌がらせという線もある。


 ─────いや、むしろその方がマシかもしれない。変なヒントよりは、ただの俺への嫌がらせの方が。


「ふぅ……」


 一呼吸を置いて、俺は影山とのトーク画面を開く。


 迷っている時間が恐怖を増大させるんだ。こういう時は思い切って──────


「……ん?」


 一枚の横向きの写真だった。


 上半分に下を向いた人間の顔。


 下半分に上を向いた人間の顔。


 少し遅れて、真っ直ぐに伝わるシンプルなラブコメの波動を感じた俺はその二人が目をつむってキスをしている事に気付く。上が女で、下が男っぽいな。


「─────」


『全く、変な画像送ってきやがって。嫌がらせでキスしてる写真送るとかどんな気持ち悪い感性してるんだよ』……とか言えたらどんなに良かっただろうか。


 今の俺は確信している。既に気付いてしまった俺は後悔している。


 ─────この写真は、見るべきではなかった。


「なんだよ……これ……」


 一枚の横向きの写真。


 上半分は目をつむってキスをする女の顔。


 下半分は目をつむってキスをする男の顔。


「なんで、なんで俺と─────」


 ……下の男は、どう見ても来栖悠人の顔だった。小さい頃の幼い来栖悠人君とかじゃなくて、高校生である今の俺。勿論、今も昔も誰かとキスした覚えなんてない。灰崎先輩と指越しにした時でさえ動揺したくらいだ。


 だが、そこに写っていたのは俺なんだ。


 俺と……あぁ、そうだ。


 俺とキスをしていたのは───────


「なんで……俺と()()が……ッ!!」


 見間違えるはずのない、俺の幼馴染の三上春だった。

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