リザルトのロードが長いですね
「うおおおお31点っ!ギリ回避来たwwwwww」
「は?線堂88点!?お前は逆に何なら出来ないんだよ……」
「はいはい、静かにしてください。……次、来栖君」
数学教師に名前を呼ばれた俺が、喧騒の中を通ろうとすると─────
「あ、来栖さん、どうぞ!ほら雪音とか、そこらへんの女子!道開けろよ!」
「うわ脇舐められるっ、離れなきゃ……」
クラスが綺麗に二分され、その先で困惑している数学教師が俺に回答用紙を突き出す。
俺はモーセだったかもしれない。あいつも海割った時こんな気分だったのかな。来栖悠人式十戒とか作るとしたら、まず初めに『隣人の腋を舐めるな』って書いとこう。
「悠人、何点だった?」
「んーっと……来たッ!30点ッ!」
「それはもう何が来たんだよ」
「は?赤点じゃないんだから負けてはいないって」
どうやらこの高校は29点から『赤点』らしいので…まぁ、ギリ勝ちだ。
「フン、来栖もまだまだという事か。待ってろ、すぐに僕の点数で度肝を抜いてやる」
「はいはい……」
阿鼻叫喚のテスト返しの授業中、数学の回答用紙を持ち帰り席に着くと、いつもより少し不健康そうな顔の荒川が言った。
「点数どうでした?」
「まぁ耐えたかな、上出来」
「そうなんですか?羨ましい。自分はほら、64点取っちゃって。数学やっぱ苦手だなぁ……来栖君は何点取れたんですか?」
「んー荒川、お前最近痩せた?」
「あれ、おかしいですね。話ってこんな不自然に逸らされるものでしたっけ」
平然と自慢してくる荒川だが、素直にスルー出来ない。もしかしたらクラスのみんな『やらかした』とか言っといて赤点ギリギリなのは俺だけかもしれない……もう少し危機感を持った方が良いのか─────
「クッソがああああああ!!!何であんな勉強したのに29点なんだ、僕はああああッ!!」
「……桜塚……」
「嫌な事件でしたね……」
回答用紙を握りながらうずくまる桜塚を見て、俺は『まぁ良いか』という安心感の負のスパイラルに陥ってしまった。
ー ー ー ー ー ー ー
「あ、脇舐めデカ●ンおっさん好きホ●陰キャに先越されちゃってたかァ」
「うっす、脇舐めさせパンツ見せゲゲゲ系前髪ヤ●マンイキリ陰キャ先輩」
「流石に酷くね?」
「冗談ですよ……いや本当に」
灰崎先輩は俺の隣のパイプ椅子に音を立てながら座り、見せびらかすように回答用紙を机に広げる。
「70点、72点、86点……すごいですね」
「だろ?ワタシはこういう所はマジメだからねェ。キミがおちんち●を固くさせていたお父さんに『勉強はしっかりしとけ』って言われて育ったからさァ」
「それでいじるのは本当にやめて下さい。ガチ誤解なんすよ」
「ごめごめ、分かってるって。しかしまァ、来栖クンの来栖ジュニアは……ヤンチャだね!もう妹で勃起しないでよォ」
「いや巻希ちゃんで勃ったんじゃなくて、先輩で勃ったんですよ」
「え?」
「え?」
「……いや、だからと言って許される訳ではなくねェ……?」
「確かに……」
頭がおかしくなりそうだ。元々真面目に勉強する気のない俺が、せっかく勉強会というイベントのおかげで頑張れそうだったのに、何故か先輩と先輩の父親に暴走状態の愚息を見られるというハプニングに邪魔されてしまった。
……いやいくら『勉強会は勉強出来ない』と言っても、あんな事態になるとは思わないだろ!
「ってか、なんで先輩は良い点数取れてるんですか」
「キミ、勉強会から帰った後とか勉強してないでしょ?甘ェんだよな、そこが」
「普段おちゃらけてるくせにテストの点数は取ってくるやつ、俺たち無気力陰キャからしたら何もかも奪われたみたいでムカつくんですよ……」
「捻くれ雑魚乙。何点だった?」
「低くて30点です」
「わァ……高くて?」
「67点です、国語が」
証拠の回答用紙をカバンから取り出そうとしたが、机に入れっぱなしにしたのを思い出してやめた。
「へェ、国語いけるんだ。意外だねェ」
「意外でもなんでもないですよ。幼少期はニコニ●動画で電子音声の無駄に小難しい内容の歌を狂ったように聴き漁り、ラノベとアニメと漫画で情緒を育てて、モ●ハンとかのゲームで漢字を学ぶ陰キャは国語が得意なんです」
「そういう仕組みかよ……来栖クン、もしかしてボ●ロのコメント欄で考察書いてるのってキミだったりする……?」
「ははは、ちゃんと中一で卒業しましたよ」
そうだ、思えば二年前の進と三上と離れようとしていた時期と不登校期間に……俺は自分の事を客観視するようになった。俺がもし俺と対面したらどう思うか。そう考えると今まで当たり前のようにしていた一部の事が急に恥ずかしくなって……今の俺に近づいていった。
『あたしがあんな事言ってなければ、全部元通りで……上手く進んでたのに……』
そう考えると影山の言葉は、やっぱり───────。
「あァ、そうだ来栖クン。キミのクラスって文化祭なにやるか決まった?」
「まだですけど、早く決めないとっていう雰囲気だけはあります」
「だよねェ。ワタシのクラスもそろそろ決めないとまずいんだけど……」
文化祭。正直言って、少し期待しているんだよな……。
「……ってかキミはさ、文化祭……どうすんの?」
「え?」
「クラスの連中に協力してやんのかって話」
「いや、当たり前じゃないですか」
「……ふゥん?」
「そもそも、俺はこういうお祭り好きなんですよ。青春っぽいイベントですし。ただ球技祭は運動が苦手だから頑張るだけ無駄って思っただけで……一人でも作業出来る人が多ければ良いんじゃないんですか、文化祭って」
「あの子達に協力してあげるの?」
「『してあげる』って言うか、『しあう』モノでしょう、協力ってのは。今のクラスは歪な形ではありますけど、俺という存在を受け入れつつあるんです。それなら俺も協力しようという気は起きますよ。なんて、偉そうに言っちゃいましたけど」
「……むゥ」
未だに灰崎先輩は納得していないような顔だった。
「でもさァ、だとしてもキミは─────」
「確かに、俺は他クラスに歓迎されないでしょうね」
「!」
「分かってますよ、それくらい。でもそんな俺だからこそ役に立てるんです」
「はァ?どういう意味?」
「クラスの出し物の受付とか、働かなきゃいけない役を俺が担当するんですよ。そうすれば丸く治るってもんでしょう」
「……」
「オカルト研究部の出し物だってそうです。俺がこの部室にいれば先輩は好きなとこ回れるし」
「ッ、それはッ!」
机を叩いた灰崎先輩が声を荒げる。
「キミが前に言っていた、自己犠牲の─────」
「──────とか自分が犠牲になる雰囲気出しといて、当日は全クラス回りたいと思います」
「……へ?」
「クラスの男子達が楽しくはしゃいでるところに登場して、俺に敬語使ってる所を他クラスに見せつけてやろうと思います」
「……」
「多分1クラスはやるであろうメイド喫茶にも顔を出して存分にご奉仕してもらいます。何なら3周くらいしてやろうと思います」
「……」
「浮かれた全校生徒達に、自分達が陰口を言って暴力を振るって貶めた存在を再認識させて、その腐り散らかしたお祭り気分に水を差すどころかぐちゃぐちゃに引き裂く……それが俺の文化祭なんですよッ!!」
「安心したァ〜いつもの来栖クンだァ!」
すっかり笑顔になって、灰崎先輩は両手を枕にしながら身体を伸ばした。
「ワタシも来栖クンがいれば文化祭は楽しく過ごせそうだよ。去年はここで寝てただけだったけど、クラスの出し物も面白くなりそうだし……」
「あれ、決まってないんじゃなかったんですか?」
「うん、でも『あれが良いよね』っていう第一希望はあってさァ。他のクラスもそれをしたいって言ってるから、会長がげっそりしてたよ、取り持つのに苦労してるっぽい」
「……もしかして、それって──────」
俺達のクラスも、話し合いの結果で第一希望の出し物は一つにまとまったんだ。
文化祭と言ったらアレ!とまで言い切れる、その享楽に。
「「─────メイド喫茶?」」
 




