大きな大きな手がかりです、忘れないように
現実では到底あり得ない。転んだ勢いでシック●ナインの体勢になるなんて、あまりにも確率を無視しすぎている。
「ねぇ、ちょっと待って……なんかココ、硬いんだけど……」
「……」
全く、大変な状況だ。現実では到底あり得ないんだし、これは流石に現実じゃないよね。
「嘘でしょ……もしかして陰キャ、女子中学生で勃っ─────」
「ちがーーーーーーーう!!それはそのっ、アレ……君の姉が悪いんだって!!先輩に変な事されそうになって『こう』なっちゃったの!!だからトイレ行こうとしてたの!!」
「あ、それはそれでキモい……」
そう吐き捨てた直後、そそくさと俺の上から離れて階段を上っていく巻希ちゃんの姿を見て……俺の精神の中で『巻希ちゃんに致命傷は無いようだった。しっかり守れて良かった!』というポジティブ悠人と『あ、これ通報です。人生終了です』というネガティブ悠人が格闘し、結果的に喧嘩両成敗としてホンモノ悠人たる俺が二つとも殺した。
─────どちらも的外れな感想だからだ。
巻希ちゃんが怪我する可能性なんて、多分元から無い。巻希ちゃんが通報する事も、あったとしても止められるだろう。
……階段から爆笑している、犯人の手によって。
「これが『非日常』ってやつですか、灰崎先輩」
「お、気付いたァ?」
自分の勘を信じただけだったけど、やっぱり当たってたか。
だって普通に……俺は階段を上る時も手すりを使っていたはずなんだ。部屋に上がってから少しの間にぶっ壊れるなんて可能性よりは─────
「先輩が外したんですよね?手すり」
「正解。でもワタシが壊したって訳じゃないよ?手すりが壊れたのを家族で一番早くワタシが発見して、それを直しておいて……いつでも外せるようにしておいただけ。来栖クンを先に上らせて、後でワタシが手すりを外す……簡単なお仕事ですよォ」
「あぁ……そう言えば上る時に『パンツ見えちゃうから先に上って』とか言ってましたね、スウェット着てるのに。いつもの冗談かと思って流しましたけど……」
「ふははは、いつもふざけてる甲斐があったってもんだね」
「ってか、手すりを保管って……何のためにわざわざそんな事を……」
「決まってるでしょ─────手すりの壊れた部分の『日常の波動』が少なかったから。そんな非日常は保管しておかないとね。今日みたいな機会は舞い降りてくるんだからさァ」
「今回の目的はそれを利用して俺と巻希ちゃんで波動を発生させて、巻希ちゃんの顔を見るため、ですか」
「その通りィ!─────まァ、失敗したけど」
この様子だと……俺の能力については気付かれてるか。
仕方のない事だ。先輩の能力を『日常の波動を見る』と名付けてしまった時点で隠し通すには無理があったんだ。
「しかし世の中、上手くいかないもんだねェ。あんなモロな体勢でもダメなら、ワタシの作戦は間違ってたって事だねィ」
「そう言うものですよ。波動で波動を打ち消すなんて無理のある話で──────」
─────待て。
『波動』……?
「あ、それと……さ。ごめんね、転ばせるような事しちゃって」
何かがおかしい。この違和感の正体は……何だ……!?
「ワタシとしては、日常の波動の無さの具合が分かるからさ、あれぐらいじゃ精々擦りむいちゃうくらいだって分かってたんだけど……びっくりしたよね、ごめん」
気になるとか、そう言う次元じゃない。もっと大きな……俺はこの違和感を突き止めなければいけないという使命感すら感じる。それくらいの、分かりやすい違和感なんだ……!
「……その……怪我もしたばっかなのに、痛かったかな。痛かったよね……だから、えっと……」
何かが違う。何かが違うんだ。気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け気付け───────。
「そ、その……む、無視するのは……やめてほしいっていうか……」
─────────あ。分かった。
「くっ、来栖君に無視されると私っ、どこにも居場所が無くなっちゃうからぁ……!」
「え?あ、何すか?」
「へ……」
「すみません、何も聞いてなくて」
「……な、何でも無い何でも無い!」
立ち上がった俺は、少しだけ硬直し……思考を続ける。
(どうして、どうして──────)
───────どうして巻希ちゃんと接触した時にラブコメの波動を感じなかったのか。
(俺は常時、全ての人間に微量の波動を感じている。それは巻希ちゃんに対しても同じだ)
唯一の例外は、榊原に冤罪をふっかけられた時に助けてくれた、あの『サラリーマン』だ。あいつからは一切の波動を感じなかった……。
(巻希ちゃんは違う。他の人と同じように波動を宿していた。なのに、転んだ時には……灰崎先輩とか朝見とかと密着した時と同じくらいヤバい状況だったのに、波動が全く増えなかったんだ!)
……違和感の正体は分かった。だが、その原因が全く分からない。
どうして波動は増えなかったのか。巻希ちゃんとサラリーマンには一体どんな共通点があるのか。
──────クソ、何も分からない。
「……あの、来栖クン?」
あの体勢に何か問題が?だが、あんなのはラッキースケベ系ラブコメで定番の……。
「く、来栖クン!」
「あ、はい?」
……またもや話しかけられているのに、気付かないまま考え事に没頭していたようだ。結構長い事無視してしまっていたのか、灰崎先輩の眉が困ったように曲がっている。
「……言いづらいんだけどさ」
「?」
「それ─────どうすんの?」
「へ」
先輩が指差した方向は──────俺の股間だった。
ズボンの上からでも分かってしまう、そのテントだった。
「……トイレ、行きたかったんでした」
「あ、うん……」
「じゃあ……借ります……」
「うん……」
当初の目的である、煩悩の発散をしなければいけない。
「あれ?人ん家でシコろうとしてる俺頭おかしすぎないか?」
我に帰ってしまったところで、思った─────勉強会ってやっぱ、勉強出来ないよ。
ー ー ー ー ー ー ー
「……そっか、今までは制服着てたから気付かなかったんだ」
階段を上りながら、灰崎廻は──────背中を伝う冷や汗に身を震わせる。
目に焼きついた、一つの膨らみを思い出しながら。
「来栖クン──────チ●ポデカすぎだろ……!」
恍惚ではなく、恐慌。頬を赤らめるのではなく、青ざめていた。
「あのデカさはもうラブコメというか……別のやつじゃん……」
 




