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 俺の予想として。

 詩郎園七華は既に線堂進に惚れている。


 進は不良に絡まれた詩郎園を助けたとか言っていたが……暴力的な手段を取った可能性が高い。


(中学二年生の時、俺達は厨二病真っ盛りだった)


 俺は捻くれた陰キャのくせによくあるラブコメの主人公やネット小説の主人公のように、地味キャラが何故か学校のアイドル達にモテモテで─────みたいなのを期待し、少し小説っぽい喋り方を常にする痛いガキだった。


 進は反対に、DQNタイプの厨二病だった。

 まぁ、ちょうどあの時に現代には珍しく不良モノのアニメが流行っていたからその影響を受けただけなのだろうけど……不良っぽさを追求していた進は今思えば相当痛い。

 しかも最悪なのが、『昔最強の不良だった』系を目指してたらしく、髪を染めたり襟足伸ばしたりはせず……少し地味っぽい見た目をしながら気怠げに夜の街を練り歩き、学校では女と過ごしてるくせに不良グループとつるむ。不良共が学校で進に話しかけようとすると、『お前、学校では話しかけんなっつったろ……!』とかわざとらしくやっちゃってた。いや、ほんと最悪だな!


 だが俺とは違い─────進は実力を手に入れた。喧嘩自体は本当にやっていたらしく……元から運動神経は良いからおかしくはないけど、よく人を殴るのに抵抗を感じないものだ。


(だから颯爽と現れて一瞬で不良をボコボコにした、とかなら惚れる理由には十分か……)


 黒歴史である『暴力的な面』で期待されるのは、進もさぞ恥ずかしいだろう。


「お菓子を持って来たんです、つまらない物ですが……」


 廊下にベンチのような座る場所がある、というのは少し前まで中学生だった俺に取って非常に新鮮な体験だった。まさに今俺たちが座っている場所なんだけど、窓の外を眺めながら弁当を食べたりする事が出来るわけだし、高校という自由度の高さを実感する。


「わぁ、すごい美味しそう!って、あ……ごめんね、大丈夫だよ!私と悠人くんの分は。進くんに持って来たんだもんね」


「あ……いえ、全然、お気になさらず、召し上がって頂ければ……」


「え、良いの!?ありがとう詩郎園さん!!」


「あ、あはは……多めに持ってきておいて良かった……」


 ここに来て三上の天然さが活きてきている。本来なら進以外に渡すつもりなんてさらさら無いはずだけど、こんな言い方をされてしまえば『どうぞ』と言うしかない。


「……そちらの方も、お召し上がりになって……」


「あ、っす……」


 なんか、よくある薄いクッキー生地がくるくる巻かれたみたいなお菓子。こぼれやすいし好きじゃないタイプだったが、口に運ぶと市販のモノとの『違い』が何となく感じられた。


「改めまして、先日は誠にありがとうございました」


「大した事ないよ」


「いえいえ!あの時、見て見ぬフリをせずに私の事を助けてくれて……今の世の中、実行出来る方は中々いません」


「……でも、結局暴力でしか解決出来なかったし」


「大事なのは結果ですよ、線堂君」


 微笑む詩郎園の顔はやはり、可愛い。って言うか女子は大体可愛い。どう言う仕組みか分からないけどそう感じる事が多い。化粧パワーなのか、俺が女子に慣れていないだけか。


「まぁでも、確かに助けられたのなら良かったのかな」


「そうだよ!進くん、喧嘩得意なんだからこういう所に活かさないと──────」


「まぁ、そうだったのですか?道理で……」


「あぁああ!ちょっと春、その話は止めてって……!」


「あれ?そうだったっけ?」


「うふふ……仲が良いのですね、とても楽しそうな表情です」


 ……えーと、まずいです。

 一切会話に入れません。この空間に俺が存在している事が不自然すぎる。既に完成したイケメン+幼馴染+お嬢様の布陣に切り込めない。えげつないほどのラブコメの波動のせいで既に気分が悪くなってきた。


 それに……何か、違和感─────違う、既視感を感じる。


「……あ」


 気付いた。


 これ、中学生の頃と同じだ。


 ハーレムの中心で「たはは……」とか言いながら女の対応に追われる進と、それを見ているだけの俺。

 進に群がる女が気持ち悪くて、それを心の中では楽しみつつ俺への罪悪感とかで揺らぎながら鈍感なフリをしている進も気持ち悪くて、何より俺自身が一番気持ち悪かった。


 このままでは──────まずい。


「あ、あの……線堂君」


「なに?」


「お願いがあるのですが……た、助けてくださったというのに頼むというのもおかしな話ではあるのですが……!」


「別に良いよ。出来る事なら言って」


「その……私と、友人になって──────」


「ごめんちょっとトイレ行ってくるわ」


 詩郎園の言葉に被せるように、俺は席を立った。


「え、あ……」


「おう、行ってら」


「お菓子取っといてあげるからねぇ」


 廊下を歩き、角を曲がった先のトイレへと向かう俺は……ほっと一息をついた。


 ──────さて、計画通りではある。

 詩郎園が何かしらの、今後も進と関わるためのアプローチを仕掛けてくるとは思っていたが……ストレートに友人になろうとしていたとは。


 運が良ければ、というより詩郎園に度胸が無ければ俺の勝利だ。勇気を出して言おうとした『友達になってください』が中断されて、もう一度改めて言えるかどうか。もちろん俺は言えない。というか『友達になってください』の時点で言えない。


「ふぅ……」


 トイレ特有の涼しげな空気に包まれながら、俺は洗面台の鏡を見て─────


「ふッ、はっ……かはっ!ハァ、ハァ……!」


 ──────青白い顔の、呼吸の乱れた俺自身を笑った。


 いつ見ても気分が悪い。中学生の頃はハーレムを見ても、段々慣れてきて『こう』はならなかったというのに……タイムスリップでもしたかのような感覚だ。

 理由は大体分かる。『高校』という新しい環境に心身共に慣れていないから、心身共に弱っている。思春期の身体なんてそんなもんだ。


 ……女は、怖い。


 俺がトイレへ行こうとした時の、詩郎園の表情。『え、お前何やってんの?』みたいな、驚愕に失望と軽蔑が混ざった目。


 あぁ──────気分悪いな。




「─────はぁ」


 数分待てば呼吸は落ち着き、眩暈も無い。無くなってしまった。


「戻るか……」


 流石に待たせる訳にも行かない。緊急事態が起これば進に的確な指示をしなきゃいけないし。

 鏡の中の自分に別れを告げ、俺は一人っきりの空間から安心のカケラもない学校という魔窟に帰還し───────


『死ね、クソ女』


 ──────また目の前に鏡が現れたのかと、錯覚してしまった。


『お前みたいな奴を誰が愛してくれるんだ?汚いおっさんなら愛に加えて金もくれるだろうが』


 スマートフォンから流れる音声。それは紛れもなく、二週間前の俺の声だった。


「同じ人間として理解出来ませんね。人に向かってこんな事を言えるなんて……」


 恍惚とした表情でスマホを見つめながら待ち構えていたのは──────詩郎園七華。長い髪は深い闇の色をしている。俺を見る瞳は酷く冷たい。


 だが、表情は綻んでいた。

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