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狩猟本能を高めましょう

 あー思い出した。そう、きっかけは─────朝見だったな。


『失礼します、一年二組の朝見です』


『さ、榊原です……』


 数日前、コンコン、と二回のノックをしてから返答を待たずノータイムでドアを開けて現れた二人。


 放課後のまったりとしたオカルト研究部に乱入してきたそいつらは、図々しく当たり前のようにパイプ椅子に座った。


『うーん間を空けろ間をォ!もし今ワタシと来栖クンがドッキングしてたらどうするのさァ』


『殺します』


『良かったね来栖クン、朝見サンがあと10分早く来てたらワタシ達殺されてたっぽい!』


『俺らが10分前にしてたのって先輩が拾った変な形の石鑑賞会だった気がするんですけど』


『殺すのは先輩だけですけど』


『ほ、本題に入らせていただきますね!』


 この四人が集まると、普段は王子様風吹かせてる榊原がただの仲介役に回ってしまう空気感の異常さと言えば。……まぁ、俺は集団でいると喋り出すタイミングを失ってほぼ無言になるし、この会話みたいに『上手いこと言えた!』ってなるとその達成感に浸ってまた黙りこくるのがいつものパターンだ。


 四人というか、灰崎先輩と朝見という組み合わせ自体が問題な気がする。


『勉強会?来栖クンと?』


『はい。付き合ってた頃に一回だけした事あったよね。学校の図書室でさ』


『あぁ……懐かしいねそれ。視界に入る野次馬の進と三上がウザすぎて全く集中出来なかった』


『それで、どう?一緒に勉強しようよ、二人きりで』


『……二人きりで?』


『そう!』


 控えめな笑顔で朝見は頷いた。


 正直言って、『女と二人で勉強とか気まずすぎるだろ。しかも相手は元カノとか』って思った。でも灰崎先輩とは上手く過ごせてるし、俺も勇気を抱いて一歩を踏み出して良いのかもしれない、とも思いはした。


 が、話の流れはそこで変わったんだ。


『異議あり!』


 ダン!と両手で机を叩きながら、灰崎先輩は立ち上がった。


『ンッンッン〜甘いねェ朝見星ィ!な〜にが勉強会だ!』


『……何ですか?どんな意思でどんな異議の下どんな理由で私の話の腰を折っているんですか』


『勉強会──────その言葉は言い訳にしか過ぎねェ』


『……』


『大体のパターンはさァ、勉強会と称してカラオケで熱唱したり、息抜きと称してテレビゲームで数時間、更には息どころか別のモノも抜いちゃったりなァ!』


『……そんな根拠がどこにあるって言うんですか』


『うん、今のは確かにワタシの体験談でしかない……なら、朝見サン。キミは真面目に勉強するって言うんだ?来栖クンと二人きりで』


『もちろんそうです。来栖のテストのための勉強会なんですから当たり前じゃないですか』


『──────ふゥん』


 その言葉を聞いた瞬間、灰崎先輩の目が大きく開いた。


『なら─────先輩であるワタシの方が、来栖クンに勉強を教えるに適している……よねェ?』


『ッ!』


『ワタシは既に高校一年生を通過している……同学年のキミとは違うのだよ、知識がァ!』


『まさか、最初からそれを狙って……!』


『ふはは……はははは!』


 そうだったそうだった。こういう流れだったな。


 ……ん?待てよ。これだと『灰崎廻の家で勉強会をする』理由の方は分からないぞ。


 えーっと何だったっけ。確か──────


『勉強会の事なんだけどさ』


『あぁ、さっきの朝見の言ってたやつですか』


『場所、ワタシの家にしね?』


『は?いやいや流石に……』


『おっけ〜じゃあ土曜日ね』


『え、ちょ、まっ』


 そうだったそうだった。こうやって一瞬で決まりやがったんだったな。


「……嫌ではないけども」


 うん、嫌ではない……むしろ嬉しいまである。女子の家に行くのなんて、小学生の頃に三上の誕生日パーティに行ったっきりだ。


 そんな思いを噛み締めながら、俺は駅のホームで集合時間ピッタリになったのを確認し、待ち合わせ場所へ向かう。


「『時計の下』にいるらしいけど……あ、いたいた」


 天井に吊り下げられた時計の真下に立っていたのは─────どう見てもパジャマ姿にしか見えない灰崎先輩だった。


「えぇ……」


 艶のある黒髪と、少しだけ見える金髪。それを留めるヘアピンが、綺麗で大きい二つの瞳を外界に晒している……なのに、スウェットだった。


「お、来栖クン!今日の服装は……」


「いやいや、俺を評価する前にまずそっちでしょう。なんすかその……スウェット?絶対寝起きじゃないですか」


「……待って、来栖クン。その服……」


「え?あぁ、これっすか」


 俺は半袖Tシャツを指で摘み、プリントされたそのイラストをピンと張らせる。


「う、嘘だよ……そんな……そんな服を女子とのタイマン勉強会に来て来れるはずがない!」


「スウェットが何を言っても説得力皆無です。そもそもこのシャツはどう見てもセーフ─────」


「『モ●ハンの武器種アイコンがプリントされただけの黒Tシャツ』なんて嘘だッ!!」


「いや良いじゃないですか『モン●ンの武器種アイコンがプリントされただけの黒Tシャツ』!!」


 そう言って俺は胸元を指差す。


「良いデザインじゃないですか、見覚えあって!ちなみに俺はライト使いです」


「ワタシはハンマーかな」


「なんか女ってハンマー使いがちじゃないですか?」


「うん、黙ろうか。少なくともそのシャツを着てる間は。ワタシさァ、寝巻きのまま家出た時すっごいワクワクしたんだよ、これで来栖クン上回ったなーって。悔しそうな来栖クンの顔が目に浮かぶなーって……でも、これは完敗だよ。あまりにも絶妙なダサさ。『あ、それモンハ●のやつね……w』って微妙な反応されるよりは『それ何の模様?』って聞かれる事を期待しながら、それを聞かれても『え、知らないの?w』しか言わなそう……ダサすぎィ!」


「早口のところ申し訳ないんですが全く勝った気しないっすね」


 二人きりの勉強会in女の家とか、いったいどれだけの波動が俺に襲いかかってくるのかと心配していたけど、今の所ラブコメのLの字も無い。馬鹿にされるような服装の人に自分の服装を馬鹿にされただけなんだけど。


「んじゃ、行きましょーかァ」


「うーっす」


「……あ、アレを言うの忘れてた!」


「アレ?」


 ポンと手を叩いて振り返った灰崎先輩は、舌を見せながら─────


「今日、家に親いないんだよね」


 ─────今までの展開を全てひっくり返すほど強烈なラブコメの波動と共に、その言葉を放った。









 ー ー ー ー ー ー ー












 ─────灰崎家にて。


「起きろォ廻ゥ!朝だぞ!」


「朝ごはんあるわよ、さっさと食べなさい─────ありゃ、いない」


 朝、家を出たはずの灰崎廻の両親が、彼女の部屋のドアを開いた。


「お姉ちゃんなら出かけたけど」


「うおびっくりしたァ……巻希か。そうか……せっかくサプライズでわざわざ出勤したフリしてお菓子とか買ってきたのに」


「サプライズって急にドア開けて驚かすだけのアレの事?巻希ふつーにびっくりして心臓きゅってなったからヤだった。休日くらい寝させてよ」


「そう言わないの。せっかくあたし達二人揃って休みで、しかも早起き出来たんだから……今日くらいは家族みんなでゆっくりしたかったんだけどね」


 灰崎芹香(せりか)と灰崎(とおる)は共に視線を下に落としながら、仕方ないと自分の中で納得させて視線を戻した。


「でもお姉ちゃんすぐ戻ってくると思うよ」


「えっ、そうなの!?」


「なら良いじゃねェか!いつぐらいに帰ってくるって?」


「んー、わかんないけど……高校の最寄りに行って帰ってくるだけらしいし、すぐじゃないの?」


「よゥし、じゃあポテチ広げて録画した映画映して待ってようぜェ!」


 徹が大きく笑いながら、廻の部屋のドアを閉めようとした時─────


「─────まぁ、男と一緒に帰ってくると思うけど」


「……あ?」


 その手は停止し……静寂の後、巻希の「んふふ」という小さな笑い声だけが灰崎家に響いた。

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