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狩場を更新します

 目を開けた直後、飛び込んできた景色には……逆さまになった灰崎廻の顔が映り込んでいた。


 いわゆる膝枕とかいうやつ。


「おはよう」


「……どんくらい寝てました?俺……」


「30分くらいかなァ」


「……すみません、迷惑かけて」


 起きあがろうとする俺の額に、灰崎先輩の人差し指が突き刺さる。


「もうちょいゆっくりしてこうや」


「でも、体勢的に先輩が……」


「ワタシの事は良いからさ。女の子の膝枕を堪能できる機会なんて中々ないぜ」


 ─────その通りだった。


 事実として、俺は後頭部に伝わるスカート越しの太ももの柔らかさをもっと感じていたかった。そう、ふかふかでもちもちで、包み込まれるような感覚は波動も相まって─────


「いやいやいや、普通にダメですよ!また波動で倒れたらどうするんですか、膝枕なんて……!」


「ふはは、そうだったそうだった」


 飛び起きた俺は胡座をかいて部室の床に座り込み、同じ高度にあった灰崎先輩の目線を迎える。


「帰ろっか」


「……そうですね」


 安心感、だった。


 今日の活動はここまでか、と互いになんとなく雰囲気で察した後に顔を見合わせ、立ち上がってカバンを手に取る。


 その一連のルーティンが、日常に戻って来れた事を俺に実感させる。


「……」


 ────そうだ。俺は……戻って来れたはずなんだ。


 この非日常的な日常は、灰崎先輩との時間は──────偽物なんかじゃない。











 ー ー ー ー ー ー ー










 それから約一週間経って分かったことがある。結論から言うと俺の不安は杞憂だった。


「おはよぉ二人とも!」


「おはよう、春」


「おはよ」


「…………」


「……どした?三上。そんな見つめてきて」


「わたしはぁ……悠人くんの成長が嬉しいんだよぉ」


「急に進みたいな事言うなよ……」


 いつものように三人並んで登校する。代わり映えしないが、黙って歩いている時間すら居心地が良い。




「はよう」


「おはようございます」


 いつものように教室に入って、荒川に挨拶をする。


「……ん?どした?俺の顔になんか付いてる?」


「あぁいえ!全然そんなんじゃなくて……」


「じゃあどうして俺の顔をそんなまじまじと……」


「そ、その……噂を聞いたに過ぎないんですけど、尊敬というか。今まで来栖君の事舐めてましたよ、まさかあんな事を出来る度胸を持ってるなんて……あ、舐めるってそういう意味じゃなくてですね!?」


「………そうか……」


「およーっす。線堂も三上さんもおは……あ、来栖さん、おはようございます」


「……ん、高橋君?なんで敬語を……」


「ほら雪音、お前も来栖さんに挨拶しろよ」


「……キモっ」


 荒川含め、クラスの連中の様子がちょっとおかしいくらいで別に異常は無い。男子たちが何故か敬語を使ってきたり、女子たちの軽蔑の眼差しがより一層強くなったりしてるけど、多分大した事じゃない。




「あ、来栖」


「……や、やぁ。来栖君じゃないか」


「ん、朝見と榊原か」


「……ねぇ、来栖」


「え?な、なんだよ急に近付いてきて……」


「─────私の身体ならどこを舐めても良いから、いつでも言うんだよ」


「は?」


「あ、あぁぁぁあ!ほら星!早くジュースを買いに行かないと昼休みが終わってしまうよ!それじゃあボク達は失礼するよ!また会おうじゃないか、来栖君!!」


「脇でも手でも足でも首でも顔でも髪でも胸でも●●●でも─────」


 あぁ、大した事はない生活だ。あの二人も変わらず仲良くしてるようで何よりだしな。




「む、来栖君ではないか」


「うわ、生徒会長」


「生徒会長に向かってうわとは何だうわとは」


「だってあんた、あんだけ酷い目に遭わされた俺に何にもしてくれなかった無能じゃないですか。これだから女は上に立つ者に向いてないんすよ」


「ははは!私は指定校さえ取れればもうどうでも良いのだ!ところで最近の生徒会は文化祭の準備で忙しくてね。疲労困憊で狂ってきている私に何かされたくなければ、すぐにここから離れて脇でも舐めていると良い!」


「……へいへい」


 ……生徒会長に限ってはだいぶ参っているようだけど、まぁあの人がどうなろうと大きな影響なんてないだろ。今更進とフラグが立つとも思えないし。


「ッ!あなたは……!」


「ん、詩郎園……七華」


「妖怪脇舐め男……!」


「それ流行ってんの?俺がイジメって言えばイジメになるんだぞ、今の世の中は」


「その程度の些事、お父様に言えばどうとでもなります」


「じゃ、俺はお前のお兄様を呼んじゃうけど」


「兄に妹を殴らせるおつもりで!?鬼です!悪魔です!脇舐め鬼、脇舐め悪魔……」


「……ほんっと似てないね、お前とお前の兄貴は」


 詩郎園も相変わらずの調子を見せつけてきた。進は『二度と近づくな』まで言っちゃったらしいし、今更構ってくる理由も無いはずなんだけど……そんなに進が諦められないのか、俺が憎いのか。




「おっ、師匠ッ!」


「豪火君。ちゃんと学校来てるんだね」


「師匠の言いつけは守らねぇとな!でさぁ─────気付いちまってるのって、もしかしてオレだけか?」


「ん?」


「ハッハッハ!やっぱりかぁ……線堂の洞察力すら出し抜いちまうとは、師匠の修行の成果を実感するぜ」


「ま、待って、何のことを言って……」


「脇を舐めるのってのはよぉ、新しい修行法なんだろッ!?教えてくれ、今度はどんな効果があるんだッ!?」


「……」


 彼も、いつも通りだった。



 ……とまぁ、こういう一週間を過ごした。


 何気ない日常というものはどうしてこんなに素晴らしいのだろう。やはり灰崎先輩には共感出来ない、日常を謳歌し続ける事こそが一番の幸福だと言うのに。


「酷い顔だねェ」


「……」


「気持ちは分かるぜ!金曜日ってのは辛いからねェ。それにキミは先週に大怪我をしたばっかり」


「いや……」


「頑張れ脇舐めマン!もしかして舌が乾いて力が出ないの!?こういう時は……脇舐めマーン!新しい脇汗よ!それっ!」


「……」


「デッデデッデ デ デ デェーン!デデデ デッデデデ!デッデデデ デ デェーーーン!!元気100倍!脇舐めマン─────」


「俺なんか悪い事しました!?何もしてないのにどうしてこんなからかわれなきゃいけないんすか!?」


「でも脇舐めたじゃん」


「……」


「だが確かに……脇を舐めただけの男を集団で妖怪扱いする────そんなワタシ達こそが、本当の妖怪かもしれない─────」


「もう良いですから……はぁ」


 球技祭から一週間と少しが経過した、金曜日という今日。


 この期間で完全に妖怪になってしまった俺への扱いを振り返り終えて、机に伏せながら放課後の部室という安心感に浸る。


「マジで、何なんですか?進がクラスに俺と朝見の事を話したってのは本人から聞いたんですよ。だから奴らも俺に対して優しくなるのかなと思ったら……」


「しょうがないよ、脇舐めたのが悪い!自業自得ゥ」


「いやいやいや!ご褒美くれるって言ったのは先輩じゃないですか。確かに言いふらすなとか頼みませんでしたけど、そこはほら……倫理観で判断してくださいよ」


「え?」


「え?」


「あ、もしかしてワタシが言いふらしたと思ってる?」


「ってか、他に誰がいるんですか」


「あぁ……気付いてないんだ。線堂クン達の事」


「は?」


 親指でドアの方向を指した先輩が言う。


「この前、キミが『脇舐めさせて〜』とか言ってる時、あの子達覗いてたんだよ?」


「……」


「来栖クンが見られたくないっつーからその後は追い払ったけど、逆に言うとそれまでは……って事」


「残念だよ、進……あいつの秘密をまた一つ三上にバラす時が来てしまうとは」


「ちなみにどんな秘密を?」


「あいつのスイッ●のスクショがス●ブラの女キャラだらけなのをバラしてやろうかと……あ、言っちゃった」


「うわそれバラされんのキッツ……」


 隣り合った俺たちは適当に駄弁りながら─────カバンから教材とノートを取り出した。


「テストだっりィ〜!」


「でも高校生らしいじゃないですか」


「キミは初めてのテストだからそんな戯言ぬかしてられんだよ。ちゃんと勉強しないと痛い目見るぜェ」


「まぁ、ちゃんとやりますけど……もう来週ですし」


 どうやら始まってしまうらしい、中間テストが。


 正直言ってだるい。高校生なんだから四六時中遊んで暮らしていたい。けどそれじゃダメなのは分かってて─────それ以上に俺の周りの奴らが、サボりを許さない。


「楽しみだねェ……勉強会!」


「……そうっすね……」


「ン〜?テンション低いなァ陰キャ!明日だぞ?」


「べ、別に……」


 ……勉強会をする事になった。それ自体は良い。青春っぽいし、自分では解けない問題も自分以外の見識があれば理解できるかもしれない。


 でも─────明日する事になった勉強会に関しては、例外すぎるんだ。


「ちゃんと来いよ。駅前、午前10時!」


「は、はい」


「そっから電車乗って─────ワタシの家でお勉強っと。ふはははは!」


 灰崎先輩の家に……お邪魔する事になってしまった。


 女子の家に上がると言う超難題。これに比べればテストなんてなんて事ない……のか?


 全く、どうしてこんな事になったんだっけか───────。

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