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悪魔も恐れる威力ですね

『腋を!舐めさせてくださいッ!!』


 教室からその声が響いた瞬間、外の六人は凍りついた。


 そして─────各々の反応を見せる。


「……は?」


「ちょっ、雪音静かに……!」


「いやでも……は?き、キモすぎでしょ普通に!」


「クク、ククククク……はははははは……!流石は俺の親友だ、丁度今日のタイミングでこんな……!」


「進くん、良い加減その笑い方やめなよぉ。悪役みたい」


「お、俺は驚かないぜ。英雄色を好むっつーからな、そ、そー言う事だ」


「と言うかあんな事を言ってしまって来栖氏はぶん殴られないのですか……?」


「まぁまぁ、そうはならないから悠人も言ったんだろ」


 進は笑い声を出来るだけ抑えながら、五人と共に耳を澄ませる。


『どんな要求来るかと思ったら脇て!拗らせすぎだろキミはァ!』


『は!?腋はマイナー性癖じゃないですよ?立派な一般的な嗜好ですって!意外と腋民人口多いんですって!』


「……なんか、論点違くない……?」


「いえ、確かに腋フェチは多めで間違い無いですぞ」


「そうじゃねえって。雪音の言いたい事は分かるぜ、なんか、その─────」


『べ、別に悪いわけじゃ無いけどさ……』


『なんですか?─────処理してないのなら、それはそれで……』


「っ、分かったぞ、この違和感の正体が」


「えぇ!やはり来栖氏はおけけ生えててもイケる派……我とは相容れない存在……!」


「そうじゃねえって。……あの先輩、最初から『来栖の要求を受け入れる』っていうのが確定してるみたいなんだ」


「つまりそれが許される関係って─────やっぱデキてるって事じゃん」


「恋愛脳め、とか言いたいところだけど……俺にもそうにしか見えない。線堂、やっぱり来栖と先輩は付き合ってるんじゃ─────」


「それは無い、と断言しておこう」


 目を丸くする圭悟と雪音に目もくれず、進は教室の中を覗き続けた。


『何見てんだィ。脇見せんだから当たり前だろ』


『あぁいや、学校で灰崎先輩のパーカー姿以外を見るのって、ジャージくらいしか無くて……新鮮だなって』


「ぬおおおおお激アツですぞ!」


「あー普通に脱ぎ始めやがった。線堂、これで付き合ってねーってもはやセフレとかそーいう関係しかあり得ねえんじゃねえか……?」


「悠人は過去の経験から純愛過激派だ。他に相手がいないタイプのセフレだろうと、作る気は無いと思うぞ」


「笑って良いのか分かんねえよ、それ……」


「はっ。だとしたら線堂、あんたは来栖の彼女を寝とったも同然じゃない?それでよく親友とか言ってられるね」


「ククク、面白いな西澤。悠人と同じ事言ってるぞ」


「ッ……!」


 頬を膨らませる雪音だが、騒ぐ事は許されない。ただでさえ隠れて覗いているというのに、中ではとんでもない状況が繰り広げられている。もしバレれば……それは双方にとって望まない結末になる。


 ─────が、線堂進だけは知っていた。


(予想外だな。悠人とかなり関係が進んでいるのと……どうせ気付いてるのに、ここまで来ても俺達を追い払おうとしないのは)


 灰崎廻の能力が『日常モノの波動を見る』能力だと言うことを、悠人から既に聞かされている。


(悠人の話によると、俺も日常の波動が少なめらしいと聞いたが……遮蔽物があると気付かないのか?俺としてはその方が好都合だが……)


 秘密裏に動きたい進にとって、灰崎廻の能力は脅威だった。


 普段の進なら廻が脱ぎ始めたところで『流石に離れよう』と言い出すが、今回は廻の能力の検証という別の目的が生まれてしまったため……その場に留まることを選んだ。


(それにしても、悠人は一体どういう流れでこんな事を──────)


 進が目の前の光景よりも思考に集中し切っていた、その瞬間だった。


 扉から、何かがぶつかるような物音がしたのは。











 ー ー ー ー ー ー ー











「うお……おぉ……!」


 俺の目の前で。灰崎先輩が。シャツを脱いで。スッケスケのインナーを晒して。


 ─────腋を見せてくれている。


「すごいですよ……これは……」


「そんな言うほどかなァ……」


 怪訝な瞳を向けられるが、理解出来ないのも仕方ない。俺が腋将軍であり腋魔王であり腋大明神であるせいで先輩との嗜好の違いがあるのはもちろん、俺に襲いかかるこのラブコメの波動が多すぎるんだ。


 アメリカのグミを十個くらい口に詰め込んで、さらにエナジードリンクを流し入れたような甘ったるさ。実際にそういう味を感じているわけではなく、あくまで感覚だ。波動を感じる時の柔らかさというか、ふんわりした雰囲気とか、脳に伝わる幸福感とか全てひっくるめて……甘い。


 灰崎先輩から溢れる波動は、クスリってこんな感じなんだろうなという感想が適しているほど魅力的で、倒錯的だ。


「……ちょっと汗かいちゃってたから、匂いとかァ……アレかも」


「むしろそうでないと困ります」


「そ、そうかィ」


「…………先輩?」


 俺は思わず、腋ではなく先輩の……赤く染まった顔について言及してしまった。


「もしかして、照れてるんですか」


「……い、いやさァ、仕方なくねェ?だって─────こんな事するの、初めてなんだし」


「……え」


 ボソボソと紡がれたのは、意外な言葉だった。


「あれ?でも先輩ってビッチで有名じゃないですか」


「本人に向かって随分と直球だなァおい……否定は出来ないけど。でも今までシてきた男の中に、腋見せてくれとか言われた事無かったしィ……」


「えぇ、やっぱ腋ってマニアックなのか……?」


「……」


 そんなはずはない……はずなんだけど。今思えばネット上ではよく見かけても、現実で腋フェチを公言している奴に会った事がない……。


「─────来栖、クン」


「はい?」


「……今更だけど、嫌じゃないの?」


「嫌って、何が……」


「ワタシ、キレイじゃないんだよ。……とっくに汚れてる」


 腕を下ろし、露出した肩を抱きながら灰崎先輩は言う。


「キミの知らない人と手を繋いで、キミの知らない人とキスをして、キミの知らない人に処女を捧げて、キミにあげられる初めてなんて─────これくらいしか残ってないのに」


 その笑顔は、俺の嫌いな表情だった。


 灰崎廻には似合わない─────自虐の微笑み。

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