所詮、装甲です
「あっ、やべ」
化学室へ移動する時、持っていた教科書が床に落ちてしまった。俺がそれを拾うために屈もうとした時……。
「ほい」
「え、あ、ありがとう……」
────教科書を拾って俺に手渡したのは、高橋圭悟だった。
「怪我してんだから……なんかあったら頼れよ」
「あ、あぁ……」
無愛想に高橋は吐き捨て、そそくさと化学室へ向かっていった。
……次は、化学室から教室に帰る時だ。
「でさー、来栖的にはどう思うよー?文化祭の出し物を何にするか……」
「フン、そもそも学業に専念するのが高校生の本分だというのに、文化と付けていれば許されるとでも思っているのか?僕は文化祭自体に反対する」
「桜塚氏には聞いてないですぞ……」
最近の化学の授業は適当に組んだグループで授業を行う形式になっていて、人数的な問題があって進と三上は別のグループに行き、俺はバスケで一緒だった陰キャ共とグループを組んでいた。だから帰る時はそいつらと固まって話しながら歩くんだが……。
「あ!君は……来栖君!」
「え?だ、誰……?」
なんか陽キャっぽそうな女子が、すれ違いざまに俺を指差した。それだけじゃない、その女はさっきまで一緒に歩いていたグループから抜けてまで俺を追ってきたのだ。
「ちょ、まじでなんすか?」
「あ、あぁ……ごめんね〜、私の事知らないよね」
しかし、よく見るとその女子生徒……上履きの色を見るに先輩っぽいが、どこか見覚えのあるような顔だった。
「私、猪口美羽って言うんだ。灰崎さんとバスケのチームが一緒でさ、球技祭の時のやつね。それで〜、その〜……格技場に、一緒に見に行ったんだよね、来栖君の試合を」
「あっ……あぁ!あの時の……!」
「そういえば、自分も見覚えがあります……」
「思い出してくれた〜?」
「まぁ、それはそうなんですけど、結局何の用すか?」
「え!あ、あ〜……その〜……」
少し照れくさそうに指をもじもじとさせながら、猪口先輩は言った。
「ほら、結構な怪我してるじゃん?荷物運ぶ時とかさ、もし困ってることがあったら、先輩に任せろ〜!って言いたかったんだけど……あはは、周りにお友達がいるの気付かないで話しかけちゃった」
「え……」
「お節介だったね〜!ごめんね!」
一方的に言い残して、猪口先輩は去っていった。
「来栖……」
「なんだよ」
「これはついに……お前という光が報われる時が来たって事だよなー!?」
「知らないって……」
─────極めつけは、昼休みが始まった時だ。
「うわ、二階行くのだっる……」
とか言いつつも、行かないという選択肢は最初から脳内に存在していない俺。弁当箱を持ち、教室から出ようとした時……。
「うおっ」
「ちょっ……何?」
誰が悪いとは言いようのない事故だった。
俺と、俺にぶつかった女子……西澤雪音はお互いにドアを挟んだ死角に位置していて、ぶつかるのも仕方がない事だった。
「っとと、ごめん」
ギリギリですっ転ぶのを踏ん張る事が出来た俺は、そのまま気まずくならないようにさっさと立ち去ろうとしたのだが──────
「……こっちこそ……ごめ、ん……」
「えっ」
「……えって何!?あたしが謝ったらダメなわけ!?そもそも─────」
と、西澤の口が止まらなくなりそうだったところで……クラスがどっと沸いた。
「雪音ちゃん成長したねぇ!」
「やるじゃん西澤!謝れたんだ!」
「は?ちょっ、何言って……」
「へえ。あんだけ言ってた雪音がねぇ。手のひらひっくり返ってやがる」
「っ……高橋……っ!!」
わなわなと震え出した西澤を横目に、俺は忍び足で部室へと向かっていった……。
─────で、今に至る。
「というわけなんですよ」
「ふゥん、どうでもよ」
心の底からつまらなそうな顔をしながら、灰崎先輩は弁当箱からミニトマトを摘んだ。
「えぇ、そんなつまんない話ですかね。みんな急に……なんというか、俺に優しくし始めたんですよ?これだけじゃなくて、さっきも────」
「だからさァ、それって来栖クンがドカドカ殴られて雑巾みたいにボロボロにされた動画が拡散されたからでしょ?その姿があまりにも酷かったから同情しちまっただけだろォ?しょうもないです、全てが」
「そ、そうっすか」
「──────それに」
つまらない話をしたのが余程癪だったのか、睨みを効かせながら灰崎先輩は言った。
「昨日『あんな事』言っといてさァ。ワタシに会ってまず話す事がそれって……無いだろォ!」
「あんな事……?」
「……キミが、気絶する前に言った事だよ」
気絶する前に言った事、と言えば───────
『灰崎先輩とは、ちゃんとした流れでそういう事したいです』
「あぁ!アレの事ですか」
「そんな、勝手に食った家族のおやつを言及された時みたいな思い出し方しやがって……あーあ、来栖クンがこんなに軽薄なヤツとはガッカリだぜ。女の子にそういうセリフを使うのは、それ相応のリスクもあるんだよ?」
「いやいや……まぁまぁ。とりあえず本音だって分かってもらえれば、構いませんよ」
「……ほんと?」
一瞬だけ目を丸くさせてから、二個目のミニトマトのヘタを取り除き終えた先輩が俺の目を見た。
「はい。深い意味とか考えないでもらって。そのまんまの意味なので」
「─────そう、なんだ」
「なのでご褒美は受け取りますからね。あぁ言いましたけどもご褒美いらないって意味じゃないですからね!?」
「あァはいはい、分かった分かった」
面倒臭そうに頷いた灰崎先輩が弁当を食べ終えてその蓋をしたタイミングで、ちょうど俺もゼリー飲料を吸い尽くす。
「──────で、いつ?」
「はい?」
「ご褒美は……いつ欲しい?」
まるで仕返しと言わんばかりに、小悪魔っぽい微笑みを浮かべてそうな灰崎先輩だがそのガラの悪い風貌では普通にちょっと怖い。
「いつ、と言われても……」
「いつでも良いぜェ?ただ、ビビって遠回しにしてくうちにワタシが卒業しちゃうのだけは注意な」
「……じゃあ─────」
心の中で自分の声が響く。
(マジか!?マジで言っちゃうのか!?)
震える唇に、脳が告げる。
────マジで言っちゃおう、と。
「今日の放課後で」
「……」
「今日の放課後でお願いします」
「……ふはは、良いねェ。そう来なくっちゃ……!」
まるで、少年漫画で戦闘前に『ハンデをやろう』と言った敵が『それはこっちのセリフだが?』と主人公に返された時に言ってそうな雰囲気の灰崎先輩を見て……俺はふと我に帰った。
これ、えっちな事してもらうだけなんだよな……。
「はは、まぁ……お手柔らかに」
そう言って俺は─────笑顔を作った。
『お前を─────主人公の座から引き摺り下ろしてやる』
その迷いと不安を、悟られないように。




