敵は見えました
進との恋愛談義の後。家に帰り、夕食を食べ、風呂に入り、そして自分の部屋に戻るという習慣をこなし、俺は自由時間と睡眠時間の概念が混ざった夜という数時間にたどり着いた。
ここに来るまで随分かかった……長い一日だな。
「……よっと」
ベッドの上に座り、俺はスマホを握る。
────高鳴る心臓に手を当て、深呼吸。
「球技祭やら朝見やら……色々と面倒事も片付いたな」
あまりにも濃すぎる高校生活。その中でもここ数日は水で薄めても原液レベルの濃さだった。
ただ─────それも今日、一旦落ち着くんだ。一段落つくんだ。
この、『朝見にもらったもの』を片付ければ。
「……懐かしい」
スマホに表示される、元同級生の名前。
そう、朝見が俺に渡したのは──────『とある女子の連絡先』だった。
「……っ」
意を決して、俺はLI●Eの通話ボタンを押す。
『プルルルルルル……』という待機音のみが部屋の中にしばらく響き、それが止まった瞬間……俺は息を呑んだ。
「……もしもし」
『もしもし』
「来栖、ですけど────影山賽理さんですか?」
ー ー ー ー ー ー ー
……あえて、来栖悠人からの視点ではない視点から『影山賽理』について説明する。
きっかけは何気ない一言だった。
しかし──────その言葉こそが全ての歯車を歪めた元凶である。
「来栖ってさ……気付いてないの?二人の迷惑になってる事」
来栖悠人が通っていた第四中学校は、主に近隣の二つの小学校からの卒業生で構成されている。
「線堂と三上さんの事!来栖、あの二人といつも一緒にいるじゃん」
その少女……影山賽理は悠人達とは別の小学校から入学した、悠人の同級生の女子だ。
悠人曰く、彼女の性格は─────『眼鏡かけてていかにも陰キャっぽいのに、物事をはっきりズバッと言う、周囲から浮いてた変な女』……らしい。
どこか達観している雰囲気があり、授業中は寝ているのに成績は良く、それでいてはしゃぐ事もない。『おかっぱ』と呼ぶのが手っ取り早い髪型をしていて、もしかしたらショートボブとも言えるのかもしれないが、当時の悠人にそんな語彙は無かった。
「あの二人、『良い感じ』なんだから二人きりにさせてあげなよ」
これまた悠人曰く、その時の賽理の発言は─────『なんか知らんけど明確な悪意がこもってて、多分嫌な奴だ。いや絶対クソ女だ!!』……らしい。
彼女の人格はともかく、その言葉が影響で悠人は自身の行動を顧みた。そして────線堂進と三上春と離れる事を選択したのだ。
つまりは、全ての元凶。悪気の有無はともかく、その軽率な発言が悠人の……否、多くの者の人生を変えてしまった。
それが、影山賽理という『人間』だ。
ー ー ー ー ー ー ー
『……うん、影山だけど』
「そ、そうか」
『星たんから連絡来たと思ったら……まさかお前が電話してくるなんて』
「せ、星たん……?」
『何?』
「いやなんでも……」
────こんなキャラだったな、影山賽理という女は。どこかズレていて、俺と同類のようで何かが違う……そんな奴だった。
『で、何の用?』
「……朝見に、影山が気にしてるって聞いてさ」
『何を』
「三年前、俺に─────『あの事』を言ったのを」
『……』
「今も引きこもってるだって?」
『こっちの勝手でしょ、そんなの』
「……そう、か」
朝見は言った。
『賽理ちゃんも、ずっと、ずっと……あの事を気にしてて。自分があんな事言ってなかったらこうはならなかったのにって言ってて……』
『だからもし、来栖が気にしてないのなら……そう言ってあげてほしい』
『あの子の事も、救ってあげてほしい』
……そんな事を言われちゃあ、罪悪感みたいなものが湧いてきて、放置するわけにはいかなかった。
「俺、さ」
『……』
「朝見と仲直りしたよ」
『聞いた』
「だから、もう────」
『気にしてないって?そうは……そうは言っても……!』
「え……」
『あたしがあんな事言ってなければ、全部元通りで……上手く進んでたのに……』
「だから、良いって。俺はもう気にしてなんかいないんだ」
『でも、でも─────』
電話越しに伝わる影山の声は、悲しみ……というよりかは怒りのような迫力に満ちていた。
『あたしがいなければ!お前は不登校にもならなかったし、春たんも線堂じゃなくてお前を好きになってたし、星たんとも良好な関係を結べたはずだし、霊子たんは────』
「ま、待て待て!それは流石に言い過ぎだって……!」
『あたしがいたせいで……』
やたら確信めいたように言う影山の言葉には、どことなく違和感があった。
やっぱりこいつも朝見みたいに罪の意識に苛まれて、錯乱しているんだろう────
『あたしがいなければ─────原作通りに進んだのに』
「……あ?」
今まで真っ直ぐ続いてたはずの道が唐突に崩れ落ちて、足を踏み外して奈落へと降下していくような感覚だった。
絶望的なまでに話の流れにそぐわないその発言に、恐怖すら感じながら俺は聞き返す。
「な、なんだって?影山、今何を……」
『……』
「まぁ、とりあえず落ち着けよ。……結局のところ、俺が言いたいのはさ。もう大丈夫って事だ」
『何が?こんなめちゃくちゃで、訳の分からない関係になってんのに────』
「俺、恋が出来そうなんだ」
『……は?』
そんな気の抜けた声に、俺は続ける。
「俺も前に進めそうなんだ。だから……そう、大丈夫だ。正直言って、昔の影山の言葉が間違ってたとも思えないし」
『─────』
「進と三上はお似合いだったしさ。今も仲良いし。ただ俺が正直に受け取りすぎただけだったんだ、影山の言葉を。だから────」
『─────は?』
心臓が、キュッとなった。
何故だか分からないが……『負の感情』を向けられているって、確信してしまった。
『は?あたしがこんな……大っ嫌いなお前なんかに!罪悪感を感じて!せっかくこの世界に来れたのに!引きこもって人生終わってッ!それなのにお前は……恋が出来そう?ふざけんじゃねえよ……!』
「っ……ま、待てよ、冷静に……」
『……あぁ、そう言う事ね。相手は灰崎先輩かぁ。しばらく見てなかったから気付かなかった……』
「─────待て。お前、なんで先輩を知って……!」
『あたしさ、灰崎先輩推しなんだよね』
「あ?」
『原作だと灰崎先輩は報われないからさぁ、可哀想とか思ってたんだけど……むしろ逆だ。お前みたいなゴミと結ばれないって保証されてるんだもんね。まぁ、変な能力与えられちゃったのは不憫だけど……可哀想な灰崎先輩も推せるわぁ』
影山の言っている内容は、支離滅裂で意味が全く分からないものだった。
というより─────理解してしまったら、何もかも終わってしまうような恐怖があった。
『恋……ね。精々それを謳歌してなよ、どうせ無理だし。でも覚悟してろよ……いつか、あたしが絶対に、お前を──────』
その言葉を吐き捨てて、影山賽理は通話を切った。
俺の決意を粉々に踏み躙るような、呪怨を。
『お前を─────主人公の座から引き摺り下ろしてやる』
一章完結です。ここまで、読んでくれた方へ感謝。
 




