人間というジョブのパターンは大体そんな感じです
「お前の事は普通に嫌いだと思ってるよ」
心臓がドクンと脈打ち……俺は言い放った後の静寂に耐えた。
「そっか」
朝見は新しく涙を流す事なく、頬を伝った跡を擦った。
「ありがとう、来栖」
「何が」
「走ってきたんでしょ?息上がってたし。嫌いな人のために屋上まで来るなんて、やっぱ来栖は優しい──────」
「ん?お前なんか勘違いしてないか?」
「え?」
きょとんとした顔で、朝見は離しかけていたフェンスを掴んだ。
「勘違いって、何が……」
「俺はお前を助けるためにここに来たわけじゃないよ」
「え……じ、じゃあなんで……」
「決まってるだろ─────」
心臓が……もう一度強く、ドクンと跳ねる。
「お前を殺すため」
そう言って俺は朝見に向かって足を進める。
「お前を直接、ここから突き落として殺すためだ。俺を騙して、陥れて、嘲笑ったお前を殺して過去を清算するためだ」
残り1メートルくらい。……足を速める。
「朝見が死にたい理由が俺の記憶に残ってもらうためってんなら、利害は一致してるよな。そこ動くんじゃないぞ」
「……良いの?」
「何が」
「いや……だって……」
俺はフェンスに足が触れるほど近づき────朝見の肩に手を伸ばした。
「─────そんなの、嬉しくて……っ!」
「……」
恍惚とした表情の朝見を見て……俺は確信した。
コイツはきっと三年間、俺以上に苦しんできたんだろう。
例えば……小学生の頃、道で拾ったシャープペンシルを家に持ち帰った事がある。鉛筆にしか触れたことのない俺はワクワクしながら紙に書いたりして遊んで楽しんで、しかし飽きた途端────自分は窃盗の罪に問われるのではないかという恐怖に包まれた。常に罪悪感が付き纏い、何をするにしても不安がよぎり、笑い方を忘れてしまうあの時間。俺は両親に相談して、『こんなボロボロのシャーペンくらい気にしないの』という言葉で解放されたが……朝見はどうだろうか。
コイツはおかしくなってしまったんだろう。だから……俺への好意と、俺への罪悪感が合わさって、めちゃくちゃになって……こうなった。
俺は心なんて読めない。『俺だったらそうなる』って考え方しか出来ない。真意は分からないけど、俺の考えが正しいと信じたかった。
じゃなきゃ─────今からする行動に意味が無いから。
「あっ……」
俺が両肩を強く掴んだ途端、艶っぽい声が朝見から漏れ出る。
(……やってしまおう、ひと思いに)
覚悟を決めたんだ。もう逃げないって。
「すぅ─────」
そして俺は息を吸いながら──────
「……へ?」
──────朝見を両腕で思いっきり抱きしめた。
「来いッ!!榊原ぁあああ!!引き上げるぞおおおおッ!!!」
「え、え?え……」
迫真の叫びの後、困惑する朝見を引き上げようとする─────が、怪我人である俺に女子高生一人の重さはやはり厳しい。
「な、何してんの来栖……!?」
「くっ、抵抗するなよ……ッ!」
俺が朝見の脇の下に腕を入れ、拘束をより強固なものにした時─────駆け寄ってきた助っ人がフェンスの間から朝見の足を掴んだ。
「ど、どういう流れだ来栖君!?説得してから合意の上助けるみたいな感じにするんじゃなかったのかい!?」
「知るかああ!!とりあえず引っ張るのが先だろッ!!じゃなきゃ話し合いなんてロクに出来ないって!!」
俺はともかく、榊原の筋力は中々のもので……朝見はフェンスに腹を乗せ、うつ伏せの状態になっていた。
「そのまま引っ張るんだ!」
「わ、分かった─────」
言われた通り、思いっきり朝見の身体を引くと……一人分の体重がモロにかかり、勢いで倒れてしまった俺の身体に朝見が同じように倒れて乗っかる状態となった。
「いってて……」
全力疾走やら人間一人分を持ち上げたりその下敷きになったり、良い加減オデノカラダハボドボドダと嘆きたいところだけど……俺の上に乗る朝見がどこうとしないせいで休まるものも休まらない。
「どうして……」
「あ?」
「殺すんじゃ、なかったの」
鬼気迫るとはこの事だった。顔と顔の距離が近いのもあり、朝見の鋭い視線に脳髄まで貫かれているような感覚。
「人は嘘を吐く生き物だろ」
「……騙したの」
「お前が言うなよ、ってツッコミ待ち?」
「キスして良い?」
「脈絡が終わりすぎてるだろ」
「……なんで、助けたの」
「元カノの死体とか見たくないだろ、普通」
「そう思うならさ、死なせてくれても良くない?」
大粒の涙が俺の頬に落ちる。……他人の涙は、自分のものよりも冷たく感じた。
「私は……っこうする事でしか!罪を償えない……自分を許せない……来栖から離れられない……来栖と一緒にいられないんだよ……」
「……」
「ボクも正直……止めて良いのかって思ったよ。星が覚悟を決めて飛び降りようとしたのに、ボクが死んでほしくないとか言って惑わして……その後も星が苦しむとしたら、自殺を止める事は、えっと、褒めるべき行為ではない……のかもしれない」
榊原は何度もつっかえながら、言葉を選びながら言い切った。
……そりゃそうだ。デリケートな話題だからな。自殺しようとしている人を助けたり思いとどまらせたりして、高校生やら運転手やらが褒賞を受けたニュースはたまに聞く。
『よくやった!』と称える声も、『それで救えたと思ってるのか?』と責める声もある。
本当にその人の事を思うなら、死なせてやるのも選択肢かもしれない─────もちろん、死ぬ以外に救われる方法があるのならベストだ。でもそれが見つからないのなら……。
「死ぬしか……なかったのに……」
朝見を救う方法。そんなん知らんし、わざわざ探してやろうという気にもならない。
だから─────適当に口走ってみる事にした。
「許す」
「……え?」
「とりあえず、全部許すよ。もう怒ってないし、朝見が悪いって言うよりは俺を直接虐めた奴らが悪いし」
「え……え、え、え、ちょ、ちょっと待って……」
「もうどうでも良いんだよ。いつまでも過去の事でウジウジしていたくないし」
「……」
「正直言うと、まだお前の顔見るだけでイライラしてくる。でも、所詮は俺のトラウマなんて『女に騙された』って一言で表せるくだらない茶番だし。これくらいの事で永遠に根に持ち続けるのは……ダサいから」
「じゃあ復縁してくれるって事?」
「だからそれどういう脈絡だよ……」
呆れつつも朝見を押しながら上体を起こし、騎●位みたいな形になった所で榊原がフォローを入れた。
「と、友達!友達からやり直すっていうのは……どうだい?」
「え?まぁ良いけど……」
「い、良いの?良いって言ったよね。友達だからね。私と、来栖、友達─────」
「あぁうん、そだね」
「私……生きて、良いんだよね?」
……その言葉に責任を持ちたくなかった。ただ、それでも─────今目の前で死なれるよりはマシ。
それがこの話の結論だ。結局は俺も進みたいに自己中で、朝見のためじゃなく俺のためにこいつを生かすんだ。
「生きて良いから……とりあえずどいてよ」
「あぁごめん─────」
そうして俺に跨っていた朝見が立ち上がった瞬間、俺は起き上がるのではなくむしろ地面の方を向いて──────
「……おぇ」
「え?」
「ん?」
「─────ゔ、ぼぇ、おrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
思いっきり嘔吐した。
……朝見の『悍ましい波動』を真っ向から至近距離で浴びていたツケだった。波動の悪影響がこうして身体的に表に出るのは初めての事だったが……病院やら怪我やらで食欲が無くて助かった、ほとんど胃液だけだ。
「く、来栖君!?もしかしてずっと体調が悪かったのかい……?」
「……私、吐くほどキモかったかな。やっぱ死んだ方が良い?」
「いや、そういう……げほっ、事じゃなくて……とりあえず今日は帰るから!またな!」
口の中が不快な酸っぱさでいっぱいになっている中……俺は撒き散らかした胃液をほったらかして二人に背を向けた。どうせ誰かが掃除するだろ、今最悪な調子の俺がわざわざ掃除なんてするもんか。
「ちょっ、本当に大丈夫なのかい?」
「大丈夫だって……けほっ」
「あっ……待って、来栖」
口元を袖で拭きながら、俺は振り返った。
「…………一つだけ、渡しておきたいものがあるの」




