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だからレベルを上げておいたんですね

 ラブコメに準拠するのであれば、体育倉庫の中には閉じ込められている男女の生徒くらいいるのかもしれないが─────もし現在、本当にそのような状況下にある者がいるのならば、気の毒と言わざるを得ないだろう。


 ……体育倉庫裏にて。


 二人の男が殺気を飛ばしながら睨み合うという、何とも物騒で場所に相応しくない状況が繰り広げられているのだから。


「……」


 一人は整った顔立ちの、爽やかな印象のある男。……しかしその瞳は冷たく、目の前の相手を目的へ至るまでの障害としか見ていなかった。


「フゥ……修行の成果を今ッ!出し切る時だ……ッ!」


 一人は筋骨隆々の肉体を震わせる金髪の男。その眼差しは熱く燃えたぎるように、目の前の相手を越えるべき目標として見ている。


「うわぁ、またなんか始まったよぉ」


 ……彼らの戦いの観客は一人。スマホの液晶と半々の割合で意識を割きながら、彼らの野蛮さを嘆く。


「「……」」


 数秒の沈黙。


 ─────先に動いたのは、詩郎園豪火だった。


「ふん……!」


 上体を低くした姿勢で前方へ流れるように移動する。そして右拳に力を込め、小さなアッパーカットのように繰り出す。


「ドリャ」


「ッ!?」


 豪火のその動きが──────線堂進には何故か、とてつもなく恐ろしい攻撃に見えた。


 反射的に後退り、体育倉庫裏という狭い空間の中で、大きく後ろに下がった進は位置的に追い込まれる状態となった。


「どこかで見た事のある動きだ……まるで一回当たっただけで即死まで繋げられるような殺気……!」


「避けるか……これくらいはなッ!」


 線堂進は思考する。


(遊んではいられない)


 ……悠人に追いつくためには一瞬でケリを付けなければいけない。故に次の一撃で決定打を与える。


「チッ、厄介な……」


 追い詰められたフリをしながら─────進は全身の筋肉に力を溜め、豪火へ叩き込む一撃のシミュレートを行う。


(……早くも次で勝負に出るつもりかッ!)


 ─────が、豪火にはお見通しだった。


 理由は一つ。彼の『バトルモノの波動を嗅ぐ』能力だ。


(昏倒するほど強烈な匂いッ!間違いない、線堂進という男の全力が来る……ッ!)


 豪火は歓喜と恐怖の二つの間の中で揺れ動き、やはり歓喜が勝利した彼の精神は全身を奮い立たせる。


 そして──────両者が動いた。


「……な……に?」


 瞬間。線堂進は『信じられない光景』を目にした。



 ──────結論から言って、来栖悠人の馬鹿げた修行法は喧嘩に勝つためにはほとんど役に立たない茶番だった。考えるまでもない当然の事実であり、分からなかったのは度を超えたレベルの馬鹿な上『匂い』のせいで悠人を格上の存在だと認識している詩郎園豪火くらいだ。


 が、その『ほとんど役に立たない茶番』を行う事によって飛躍的に成長したのもまた、詩郎園豪火だったのだ。悠人の修行法は『役に立つわけがない』という本人の意思とは裏腹に─────豪火に大きな影響を及ぼしていた。


 豪火は正々堂々と戦う事を信条としており、それ以外の戦いには価値が無いとまで思っている。互いに同じ条件下で戦う事で公平さが生まれ、互いの『納得』が互いを満たすと考えていた。


 その考えを、来栖悠人は破壊した。


『即死コンボ止めろって?いやいや……ww戦場で殺すのはやめてくれって言ったって誰も聞いてくれませんってww』


 豪火は完膚なきまでに敗北した。


『アイテム使うのは卑怯?いやいや……ww使っちゃいけないなんて誰が言ったんですかww』


 一勝も出来なかった。


『あのさぁ……ww勝つ気あります?wwもっと本気で来てくださいよww』


 本気は通じなかった。


『面白くない?あぁ、それって豪火君が負けばっかだからですよね?豪火君が弱いからですよね?豪火君が強くなろうとしてないからですよね?』


 信じていた『強さ』を否定された。


『ちゃんと努力してるって?あのさぁ……違うんですよ。勝つために努力しなきゃ勝てませんよ?あなたがやってる努力って、単に自分の技量を上げようとしてるだけですよね?』


 その結果─────詩郎園豪火は学習した。


『違うんですよッ!勝つためなら何だってしなきゃダメなんですよッ!例えばオンライン戦なのを活かして回線クッソ悪くしたり、体力制のルールでサドンデスまで逃げてフォ●クスのNBでワンパンしたり、ちゃっかり自分だけスピリ●ツ装備したり……手段なんて選ぶから負けるんですよッ!』


 来栖悠人の『終わってる』部分を、そのままインストールしてしまったのだ。



(避ける動作……だと!?)


 進の予想に反して、豪火は真っ直ぐ向かってくる事無く、別方向へと身体を動かしていた。


(違う、避けようとしているんじゃない。ただその方向へ向かうのが目的のような……)


 進が豪火の行き先を目で追った瞬間──────全身を悪寒が襲った。


「まさか……お前は……っ!!」


 豪火が一直線に突進していくのは───────


「……あれぇ?もしかしてわたし……危ない感じ?」


 ─────切り株の上に座っている、無関係の三上春だった。


「ハッハッハ……ハッハッハッハッ!!!」


 まんまと自分が突っ込んでくるものだと勘違いしていた進を見て、自分の『作戦』が上手く行ったのを感じて……豪火は盛大に笑った。


 これまでに感じたことの無い種類の快感だった。


「くっ……春は襲わないんじゃなかったのか……っ!」


「それは前の話だッ!今のオレは違う……勝つためなら手段なんて選んでいられないからなァッ!!」


 筋肉が膨張し、右手が巨大な鉄の塊のように強固な拳を作り、前方へ突き出される。


「ひっ……!」


 三上春は両手を交差させて顔の前に置くが、彼女の力では防御としての意味は成せない。


 残された時間から─────春を助けるために進が取れる行動は一つだった。


「ぐっ……!」


 詩郎園豪火の怪力を、身体で受け止める手段。


 ─────鈍い音が、盾となった進の左腕に響く。


「し、進くん……!」


「なるほど……馬鹿だけど力だけはある系のキャラに、手段を選ばない系の要素を追加しやがったのか、悠人は……厄介な事をしてくれるな」


 本人は一切想定していなかった結果だが……事実、豪火は進に一撃を叩き込む事に成功した。


 そして悠人が狙っていた『時間稼ぎ』という目的も既に達成されている。


「戦いはまだ終わってねぇ……あらゆる手を使って勝たせてもらうぞ、線堂ッ!」


「俺にとっては戦いなんて通過点でしかないが……まぁ良い。かかって来いよ……!」


 その日、体育倉庫裏から聞こえる騒音はしばらく続いたようだったが─────肉と骨がぶつかり合い、倉庫に人体が打ち付けられる音の物騒さが……周囲の人間を近づけさせなかったという。

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