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むしろ、昨日が前哨戦でした

 俺の親友、線堂進。幼稚園からの付き合いである進と、初めて喧嘩をしたのは……中学一年生の時だった。


『だから……俺は最近のお前の事を言ってるんだよ、悠人ッ!』


『……』


 喧嘩を始めたのは進だった。だが────喧嘩の原因は明らかに俺だった。


 丁度その時、俺は『線堂進と三上春とは離れた方が良い』と思い込み、他の友人を作ろうと奔走していた頃だったんだ。……灰崎先輩を避けようとしたみたいに、な。


『や、やめようよぉ進くん。そんな怒鳴っちゃだめ……』


『春だって嫌だろ!?この前だって悠人に『三上』って呼ばれて、なんでいつもみたいに名前で呼んでくれないんだって言ってただろ!』


『そ、それはそうだけどぉ……きっと悠人くんにも色々あるんだよぉ』


『だとしても……だとしたらっ、なんでその理由を言ってくれないんだよっ!俺達……友達じゃないのかよ……』


『……そうかもな』


『─────あ?』


 その頃の進は……当然と言えば当然だけど、今よりずっと子供っぽかった。些細な事で怒るし、感性も少年で。


 だから俺の進と三上を軽視するような言葉に、暴力で返答したんだ。


『いって……!』


『上等だ、目ぇ覚まさせてやる……!!』


『だ、だめだよ進くん!二人がケンカなんて……そんなのおかしいよぉ!ずっと仲良しだったじゃん!』


『今、仲良しじゃないからこうなってんだろ!』


『で、でもぉ……』


『良いからどいてろッ!』


『いたっ……!』


 よろめいた俺を逃さないよう、三上を突き飛ばして進は追撃を叩き込む。怒りに満ちたあいつの顔と、初めて感じた人に殴られる鋭い痛みはよく覚えている。


『くッ、ふざけるな……何が仲良しだッ!!』


 その時の俺もまた、怒りに脳が支配されていた。『仲良し』のくせに二人でくっついて俺を一人にして、それなのに俺が悪いように言ってきて、もうやめてくれって。


 言葉で表せない感情で胸がいっぱいになった俺は、進と同じく『暴力』に頼る事を選んだ。


『クソが……ッ!』


 俺の拳は進の顔面に命中した。と言っても拳の半分くらいしか当たらず、ほぼすり抜けたようなものだった。


 それでも─────暴力は暴力だった。


『あ……』


 進は赤くなった頬をさすり……悲しみとも怒りとも取れる視線で俺を睨んだ。


 当時の俺は『最初に殴ってきたくせに被害者ぶるな』とか思ったけど、今は……進はそんな感情じゃなかったって分かる。


 まさか俺が、暗い性格の俺が、今までずっと仲が良かった俺が、自分に暴力を振るってくるなんて思わなかったんだろう。真剣に訴えればまた元通りの俺に戻ってくれるって希望を抱いてたんだろう。


『この、野郎ッ!!』


 だから悲しくなって、怒った。もはや喧嘩の理由すらどうでもよくなるくらいに俺達は怒りに身を任せていた。


 進が腕を振り上げ、俺も迎え撃つべく拳を握りしめた時──────


『や、やめてっ!!』


 誰かが、俺を庇うように割り込んで来た。


『……朝見』


『良い加減にしなよ……線堂!』


 俺の手を握る朝見星の手は震えていた。自分も無事じゃ済まなかったかもしれない状況で、朝見は怯えているのを誤魔化すように声を張った。


『来栖が誰と一緒にいるかは来栖の勝手でしょ!?あんたにそれを変える権利は無い!』


『……は?は?だ、誰と一緒にいるかって……俺は、俺はっ!悠人の、友達で……ずっと前から友達でッ!』


『……こんな、暴力振るう奴だから見限られたんじゃないの』


 進の顔は『絶望』一色だった。


『お、お前……お前が、お前が!悠人を……そうだ、悠人を誑かして……っ!』


『……行こう、来栖。早く手当しなきゃ』


『ま、待てよ……待ってくれよっ!なんでそんな奴と……なんで俺を─────っ』


 そこから保健室に着くまで、朝見はずっと俺を支えていてくれた。


 当時、新しく友達を作ろうとした俺が最も仲良くしていたのは朝見だった。俺にとって三上以外の女子との会話はとても刺激的で────いやつまり、端的に言うと普通に好きになっちゃってた。


 好きな女子に喧嘩している所を見られてしまった後ろめたさみたいな感情と、好きな女子と密着していて爆発しそうな感情で……その時の俺は進との喧嘩なんてすっかりどうでも良くなってしまっていた。


 どうせまた仲直り出来る。長年の友達なんだから一週間後にはきっとあっちから謝ってくる。その時は俺も冷たい態度は取りすぎないようにしてやろう。とか偉そうに考えていた。





 意に反して、この喧嘩はとても長く─────数ヶ月の間続いた。


 今でも覚えている。俺が女子に虐められているところを進が見つけた、その日の夜だ。


『うぅう、うぁあ……うぅっ、うぅぅぅうう……!!』


『なんで俺より泣いてるんだよ』


『だって、だって……!』


 その日は─────酷かった。進が大泣きしながら俺を連れて家に帰ったせいで両親に怪しまれ、事の顛末を進が全て話してしまい……母さんも父さんも進もみんな騒いで阿鼻叫喚の地獄だった。


 騒ぎを聞きつけた進の両親がなんとか俺の両親を宥め、四人で学校への対応や転校するかどうかなどを話し合っている間─────俺と進は俺の部屋の中で、隣の部屋で寝ている海人を起こさないように小さな声でうずくまっていた。


 やがて進が泣き止んだのを見て、俺はぼそっと呟いた。


『……イラつくんだよ、お前がいると。早くどっか行ってくれ』


 ─────本心だった。


 だって酷い話じゃないか。初めて出来た彼女が実は、俺の友達のイケメン目当てで付き合っただけだったなんて。しかも俺はその友達と喧嘩してまで離れる事を選んだって言うのに。


 それはもう落ち込んだ。どれくらい落ち込んだかと言うと、わりと好きなジャンルだったNTRモノで抜けなくなったくらい落ち込んだ。……寝取られる側に感情移入してしまって、出したいのは別の液体なのに涙しか出ない。ちなみにその症状は今現在まで続いている。


 進のせいじゃない事なんて理解していても、それでも隠すべき黒い感情が叫んでしまう。『線堂進さえいなければ』……なんて、幼稚な癇癪が。


『嫌だ』


『……は?』


『何と言われようと離れない。悠人の意思なんか知らん。俺が一緒にいたいからいるんだ』


 その時から─────俺達はお互いの関係に明確な名称を見つけた。


『俺達、()()だろ』


 それ以来、俺達は小さな喧嘩を度々起こすようになった。アニメの好きなキャラの食い違いとか、最強キャラ論争とか、女体の一番エロい部分とかの死ぬほどくだらない理由で。


 そうして積み上げられ、研ぎ澄まされたのが俺と進の『親友』という関係性だ。













 ー ー ー ー ー ー ー













「卑怯だな、悠人」


 呆れてスマホをいじり始めている三上を置いて、俺と進は向き合う。


「その傷だらけの身体で戦いを挑んでくるとは。手を出しづらい事この上ない」


「んー、まぁ……それ含めての『作戦』だからね」


「作戦?」


「進、悪いけど今回の喧嘩は─────俺の勝利で終わる」


「……何?」


 朝見との『仲直り』に進が介入してくる事は予想済み。ならばそれをどうやって突破するか。


 俺が考えついた答えは一つだった。


「今までの喧嘩では俺が全部圧勝してきた。なのに悠人、お前はそんな満身創痍の状態で勝つって言うのか?」


「うん」


「うんって……お前な、今の自分の身体をちゃんと大切にしてくれ。ここで傷付いても何の意味も無い。朝見の自殺は止めさせないぞ、大人しく─────」


 ……そこで、進の言葉は止まった。


「何だ、この音……」


 コンスタントに聞こえてくる、地面を強く叩くような音。


「ど、どんどん大きくなってきてるよぉ?」


「違うよ、三上。大きくなってるんじゃなくて……『近づいてる』んだ」


 そのリズムを聴くのは二回目だった。一回目は地面じゃなくてコンクリートを走る音だったけど。


「さて、今回の喧嘩は念願の俺の初勝利で終わる。そこで、作戦の要となった─────」


 音はすぐそこまで近づき、『奴』は俺の背後へ大きく跳躍した。


「─────俺の弟子を紹介するよ」


 ドン!と一段と大きい音が響き……その男は豪快に笑った。


「はい、詩郎園豪火君でーす」


「ハッハッハ!!言われた通り、『次は一瞬で』来たぞ、師匠!」


 実のところ、かなりヒヤヒヤしていた。この召喚術はいきなり不意打ちする事で、詩郎園妹とか進みたいなネチネチ攻めてくるキモい奴の計画を崩す事ができる技。


 だから進が邪魔してくるこの時まで取っておきたかったんだけど……流石に昨日は使わざるを得なくて。進が気付いてなくて良かったとしか言えない。


「よくやりましたね。そんで─────俺はちょっと大切な用事があるんです」


「おう」


「言いたい事は分かりますね?」


「おうッ!!匂いで分かってたぜ……この鼻がヒリつく匂いは……師匠の匂いと混ざる濃厚なこの匂いはッ!線堂のモンだってなァッ!」


 俺が進を殴った事で発生した『バトルモノの波動』を嗅ぎつけてやってきた豪火君は、指を鳴らしながらゆっくりと俺の前へ歩み─────進を睨みつける。


「やられたな……悠人、いつの間にこんなデカくて知能が低そうなペットを手に入れたんだ」


「いやぁ悪いね、隠してて。お前もお前で陰で色々やってたんだし、お互い様って事で」


「それは良いが……知らないのか?俺は既にこいつに勝って─────」


「豪火君がお前に負けたまま何もしてなかったと?」


「ハッハッハッ!今のオレはあの時とは十味くらいは違うぞ、線堂ッ!師匠の過酷な修行を耐え抜いたオレならッ!お前に百泡くらいは吹かせられるぞッ!」


 そう言って豪火君は自信満々に構えを取った。


「その構え……どこかで見た事が……」


「知りたいか?答えは拳で教えてやるッ!」


 それはどう見ても─────俺が豪火君とのス●ブラで何回か使っていたカズヤ●シマの構えだった。


「くっ、何故か見ているだけで悪寒がする構えだ……悠人は一体何を仕込んだんだ……!」


「ハッハッハ!!この身体に刻まれた無数の連撃、お前は受け切れるかッ!」


「……ジャ、ガンバッテネー」


「おうッ!」


 俺はその場から逃げるように、若干の罪悪感を抱きながら走り出した。


「ごめん、豪火君。最初から捨て駒のつもりで呼んだんだよ……」


 いや、俺のスマブ●式修行法を本当に信じていたっぽい豪火君には申し訳ない限りだけど……。


「でも─────豪火君にも進にも、構ってる暇は無いんだ……!」


 俺は屋上を見上げて、同時に……感覚を研ぎ澄まして波動を感知する。


「あぁ……感じるな。ラブコメの波動を感じる」


 朝見星特有の『悍ましい』波動が屋上から滲み出ている。まだ飛び降りてはいないようだが……あの波動の位置が下がった瞬間、俺は負ける。


 進が勝ち────朝見が死ぬ。


「それまで持ち堪えさせてくれよ、榊原……!」

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