やる事は同じです
『く、来栖!来栖悠人君……好き、です!付き合ってくださいっ!』
『え……え?え!?』
俺の命運を分けた中学一年生のある日。その瞬間に。
目の前の幸福すぎる現実を受け入れられずに脳が麻痺してしまっていた。
『つ、つきあ……マジ?で?』
『……駄目?』
『え、あぁいやその、そういうわけじゃなくて……!』
まず普通に嬉しかった。そこは確かな事実。
でも告白されるのなんて初めてだったから。根っから陰キャな俺にとってはビビりすぎて心臓が飛び出そうだった。
だから俺は─────この告白という朝見星にとっての一大行事をイベントとして消費する『観客』に視線で助けを求めた。
陰からこっそり様子を見ていた進と三上に、だ。
『……!ふんふん……!』
やっちまえ、とでも言いたげな仕草で拳を突き出す三上を今でも覚えている。
そして─────進の顔もまた、忘れられない。
『……チッ』
心底気に食わないような表情で、俺と目も合わせない進を見た当時の俺は逆に冷静になった。
そう。あの時親友である俺達は─────人生で初めての『喧嘩』をしていたんだ。
ー ー ー ー ー ー ー
「なぁ、お前もそう思うだろ……悠人。朝見なんて死んじまえば良い。屋上から飛び降りてコンクリートに脳みそと臓物をぶち撒けてれば良いって、お前もそう思うだろ?そう思うよな?そうだろ?なぁ!」
「……調子良いじゃないか、進」
三日月のような笑顔を見て、俺はこの完璧人間が隠している一面が満ち欠けたのを理解した。
「どんな悪い調子も良くなるぞ、こんなお祭り騒ぎがあれば。悠人は違うのか?」
「あー、もうサイコパス気取るような歳じゃないんだよ。大人になろうよ一緒に」
「それを言われると困る。正常な精神を持っていれば、あんなクソ女に死んでほしいって思うのなんて当然だと思うんだがな……悠人が優しすぎるだけだ」
こいつの言葉に冗談は混ざっていない。
腕を掴む手の力は一向に緩む気配を見せないまま。
「はぁ〜あ!出たよ!進くんのそれ。その進くん嫌い!」
全てを諦めたかのような顔で吐き捨てたのは三上。近くの切り株に腰掛け、肘をついて頬を膨らませていた。人の命がかかっているようなこの状況でここまで余裕ぶっているのは……三上も理解しているからだ。
進が俺達二人を何処へも行かせる気はないという事を。
────朝見星が自殺するまで、それを譲る気は無いだろう。
「進。お前は俺が朝見の自殺を止めようとするのを阻止したい……それが狙いで良いんだよな?」
「あぁ、合ってるぞ」
「─────どこまで計画通りなんだ?」
困ったような笑みを浮かべ、進は口を開いた。
「流石に言い過ぎだぞ、計画だなんて」
「榊原は俺の朝見の関係をお前から聞いたって言っていた。お前が……お前が全部仕組んでいたんじゃないのか?」
「……ククク」
怪しいとは思っていたんだ。
進が俺の情報を、よりによって俺の一番の黒歴史をそう易々と他言するはずがない。
何か企んでいる……ほんの少しの小さな疑念が、榊原と話した時に俺の中で生まれていた。
「その時に予想したんだ。お前が何を企んでいるかを」
「へぇ?」
「お前の狙いは『榊原に情報を渡して行動を促す事で、仲直りのタイミングを調整し、その結果さえも操る』事だ─────そう思っていた」
榊原の様子を見ていれば、誰が何も言わなくてもいつか『仲直り』をさせようとするのは分かる。
だが進は自分から俺と朝見の情報を告げる事で、榊原の計画を早めた。その間常に監視していれば、『仲直り』のタイミングを把握出来るから。
「でも、とあるアクシデントが起きた。俺や朝見、榊原と進にとっての大きなアクシデントが……」
「……」
「詩郎園七華による暴力バスケだ」
「ふふっ、暴力バスケって言い方変なのぉ…………あ、ごめん」
流石の進も、自分とは違う種目の水面下で進められていた計画には気付けなかったんだろう。
「あぁ、そういう事ねぇ。その中で唯一、悠人くんが暴力を振るわれて喜ぶ酷い人がいるってわけねぇ」
「おいおい、誰だよそいつ」
「進くん以外いないでしょ」
「……ククク、そんな怒らないでくれよ。俺だって悠人がこんな姿になって心が苦しいんだぞ」
そうだ。この線堂進という男だけは─────このアクシデントを利用しようとした。
「ボコボコにされた俺を見たら、朝見は罪悪感に駆られて自殺する……進はそう考えたんだな?」
「ワンチャン自殺まで行ったら良いなーって、良くて不登校になるくらいだと思ってたが……まさか本当に!実行に移してしまうとは……直接唆した甲斐があったってもんだッ!」
「……それは自殺教唆ってヤツなんじゃないのかよ」
「教唆?嫌だなぁ、俺はただ愛する親友の事を思って『どっか行ってくれ』って言っただけだ」
「……俺のため、ね。きしょい!」
「正確に言うと、悠人が傷付くのを見たくない俺のため、か。悠人は朝見が飛び降りて死ぬより、奴がこの高校に居続ける方がマシとか思ってるんだろうが……俺は断然逆だ。そのためなら何だってしてやる」
「きもぉ……ドン引きだよぉ、進くん……」
線堂進は─────この気色の悪い一面を隠して隠して隠して、今の完璧さを手に入れた。元々イケメンだったから女子人気は高かったが、性格が良くなった途端に常時モテ期状態だ。
……最初から完璧な奴なんて中々いないもんだ。
「それに、仮に朝見を助けられたとして……お前はどうなる?」
「どうなるって、どうにも─────」
「朝見はお前とよりを戻したがるだろ」
「え……」
「そうなった時、悠人は朝見を拒否出来るか?もし拒否してしまったらまた自殺するんじゃないか、とか思って受け入れてしまうんじゃないのか?」
─────それに関しては言い返せなかった。朝見がそう願うかはともかく、そう願われた場合……俺には打つ手がない。
『助けた責任』……それに通ずるものがある。
「まさにラブコメだな。こんな滑稽な恋慕のもつれはコメディでしかない。だが悠人ッ!俺はお前を守るためなら─────」
三日月のような形の、しかし新月のような黒さを持つ笑顔が俺を見下ろす。
「─────お前のラブコメだって破壊してやる」
「……俺は中一の頃、お前に彼女を寝取られた気分だったのにお前はそういう事言っちゃうんだな」
「それに関しては俺は悪くないだろ!」
進は俺と目を合わせ─────未だに抵抗の意志を残している俺に呆れたのか、頭を掻きながら諭すように口を開いた。
「でも悠人。間違ってるのはお前かもしれないんだぞ」
「は?」
「だって─────『死にたい』奴を助けるのは本当に正しい事なのか?朝見が死にたいって言うんなら、死なせてやるのが正しいんじゃないのか?」
「……その理論に関しては切り捨てられないな。でも……俺は止めに行くよ」
進は眉をひそめて俺を睨んだ。
「悠人はメンタルが強いから分からないかもしれないが……この世には精神的苦痛で死を選ぶ者は多くいる。その正義は傲慢だぞ」
「馬鹿、そんな正義とかじゃねーよ」
「え?」
真っ直ぐに、進の瞳を覗きながら俺は言った。
「俺はただ─────親友を人殺しにしたくないだけだ」
「えっ」
「きゃぁ、悠人くんかっくぃー!」
あぁ、格好良い言葉だ。格好つけたのだから当たり前だ。
そして─────俺は単に格好つけたかったからこんな臭い言葉を吐いたんじゃない。
これは『進の癖』を利用した、立派な作戦だ。
「そ、そうかよ……」
進が照れくさそうに視線を俺から逸らした瞬間───────
俺の腕を掴む手の力が緩んだ。
「ははははは!まんまと引っかかったな馬鹿がよぉ!!」
「へ」
直後、俺は進の手から腕を引っこ抜き─────
「オラッ……!」
─────進の顔面目掛けて一直線、ストレートパンチを打ち込んだ。
「くっ……」
当然の如く運動神経皆無陰キャの渾身の一撃は避けられ、少し進の頬を掠っただけで終わった。
「いっつもそうだ。俺と取っ組み合いになった時、俺がお前を照れさせるような事を言うとすぐ力が弱まるんだよなぁ!」
「えぇ……進くん、そんな可愛いところあったんだー!」
「くっ……卑怯だぞ悠人ッ!俺がお前との友情をひしひしと感じている隙に不意打ちだなんて……!しかもこの事は春には言わないって約束だったはずだッ!」
三上は面白がっているが、俺からすればギリギリの戦いだ。
全身痣打撲擦り傷まみれの身体で──────
「さぁ、久しぶりにガチ喧嘩と行こうぜ……!」
三年ぶりの大喧嘩に突入しかけているんだからな。
 




