覚醒イベントです
(よし……やってやる)
ホームルーム終了のチャイムが鳴り響いた教室。いつものように榊原殊葉の周りにはクラスの女子達が群がってくるが、彼女は気にも留めていなかった。
(これで二人とも、余計な苦悩で青春を浪費せずに済む……はずなんだ)
作戦内容としては、こう。
『来栖悠人と話す約束をしたと当日に知らせ、強引に連れて行く』……だ。
(当日に知らせないと星はきっと逃げる。そのためなら登校だってしないかも知れない。今の星はどこか危うい……全てはボクにかかってるんだ……!)
意を決して、彼女は席を立つ。
「殊葉様、今日の下校はご一緒させてください〜!」
「私も、今日こそは……!」
「うん、どいてくれたまえ」
「「はい〜!!」」
左方向の女子達を掻き分け、殊葉は星の机に手をつき──────
「……あれ?」
誰も座っていない椅子の上で虚空を掴んだ。
(──────いない!?何で、どうして……いや、ホームルームの時にはいたはず!)
「き、君達!星がどこに行ったか知っているかい……?」
「朝見さん?ごめん、私は知らない……」
「私も分かんないです」
「わ、私見ましたよ!ホームルームが終わった後すぐに帰っちゃいました」
「─────っ」
見えていなかった。自分自身を囲む女子達に隠れ、友人は既にこの教室から出て行っていた。
(何故だ?ボクの様子から何かを悟られた?何にせよ……)
「今追えば間に合う……!」
彼女を引き止めようとする女子達を押し除け、殊葉は一目散に教室を飛び出した。
右。確認出来ず。
左。確認出来ず─────
「君ッ!星を見なかったかい……?」
「朝見?あー見た見た。こっち……東階段の方行ったぞ」
左方向を指差した男子生徒に礼もせず、殊葉は走り出した。
「あ、ちょっと待って!」
「なんだい!?悪いけど今急いでて─────」
「俺ら、帰るんだったら西階段の方が近いだろ?だからなんで東階段に行くのかなって思って、少し覗いてみたんだけど……あ、別に他意は無くて!」
「い、いいから早く言ってくれ!」
「お、おう。あいつ────階段、上ってったんだ。下に行ったんじゃないぞっていうのを言っておきたくて……」
「えっ──────」
瞬間、殊葉の脳は酷く冷静に情報を整理した。
朝見星は階段を上ったが────それは何故か?
回答。帰る前にすべき事があると推測出来る。
彼女は東階段を使ったが────それは何故か?
回答。帰る時に西階段を使うのは教室から近いから。逆に東階段を使うのは、『目的地』に近いからだと推測出来る。
その『目的地』とは────何か?
回答。この学校の校舎は三階建てであり、尚且つ東階段からでしか辿り着けない場所がある事から──────
『屋上』であると推測出来る。
ー ー ー ー ー ー ー
進や三上、荒川達に別れを告げた後、俺はそのまま体育倉庫へ向かった。一旦オカ研を経由しようとも思ったが……やめておいた。
「全く……もっと良い場所は無かったのかよ。ここに来るまでの運動部の視線が痛すぎた……」
校庭の端っこに位置しているおかげで、流石に裏に回れば誰もいやしない。やけに涼しく、やけに影が多く、やけに寂しくなるこの場所で、俺は榊原と朝見の二人を待つ。
「……」
─────と言っても、ここにいるのはまだ俺一人。
無言でスマホを開き、適当にsnsを漁る。
「とても女子に呼び出されたモテ男さんの姿には見えないな」
「あ?」
「おっと、あまりにも寂しそうな風貌だから思わず話しかけちまった」
「……進!」
サッカーゴールなどのネットが絡り、木々の影が重なって見えづらい場所から現れた……俺の親友が顔だけをひょっこりと見せた。
「えぇ、きしょ!何してんのお前……」
「ククク、懐かしいよな。悠人が告白された時も、こうして春と一緒に隠れて見守ってた」
「いやいや、そんなガチの潜伏はしてなかっただろ。……待て、春と一緒にって─────」
「わたしもいるよぉ!」
「嘘だろ……」
進の隣からもう一つ頭が生え、春の笑顔が日陰に輝いた。
「二人揃って何してるんだよ。俺、朝見と話をつけてくるって言ったじゃん」
「だからぁ、それを見たいだけ!だって、もし悠人くんに何かあったら……わたし、嫌だよぉ」
「んな大袈裟な」
「分かってるか?今の悠人の姿は……だいぶ痛々しい。俺も春も心配なんだよ。……ダメか?」
「……あっそ。ならさっさと隠れてよ、もう来るかもしれないし」
言われた通りに二人は顔を隠すと、すっかり景色と同化してしまった。『そこに二人が隠れている』という情報を知っていても目を凝らす必要があるくらいには完成度の高い潜伏だ。……というより、そこまで隠れられるような場所にわざわざ隠れようという強靭な野次馬精神のせいだ。
「……来ないな」
俺は念の為もう一度榊原とのメッセージ画面を開くが、案の定集合場所は体育倉庫の裏で間違っていない。
「はぁ、早く部室に行かないといけないのに──────」
その時だった。
ブルルルル─────と、俺のスマホが震え出したのは。
「……榊原からだ」
「遅れるって連絡かなぁ?」
「とりあえず出てみる……」
通話ボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし、来栖だけど──────」
『来栖君かいッ!?』
「えっ……そ、そうだけど」
電話越しに聞こえる榊原の声は、普段の余裕ぶった態度よりも、その化けの皮が剥がれてオロオロしている時の態度よりも─────ずっとずっと、焦っていた。
「おい、一体何が……」
『今すぐに屋上に来てくれッ!良いかい?今すぐにだ!!』
「え、屋上?分かったけど……」
『絶対に来てくれ!!でないと────』
『─────星が死ぬ』
そう言い残して、榊原は通話を切ってしまった。
「───────」
言葉は出なかった。
『死』……その一文字が俺の中を駆け巡り、暴れ回り、眠っていた危機感にノックを仕掛けている。
「お、屋上って聞こえたけど……場所って屋上に変わったのぉ?」
「あ、えっと、あ……」
進と春が怪訝そうな顔でネットから脱出し、立ち上がって俺を見ていた。
「……」
「ゆ、悠人くん?」
「……自殺だ」
「え?」
「朝見が……屋上で自殺しようとしている……!」
『屋上』と『死ぬ』というワードから導かれる結論なんて一つしかない。
自殺。理由を考えてる余裕も暇も有りなどしない。
それは─────止なければいけない、絶対に……!!
「じ、自殺って……っ!」
「俺、行ってくるッ!」
あいつが悩む理由なんて、どうせ俺だ。だから榊原は俺に助けを求めた。それさえ分かってれば良い。後は屋上まで全速力で走るだけだ。
スマホをポケットに入れ、俺は足に力を込める。全身は痛みで軋むが、知ったこっちゃない。無理矢理にでも動かして、動かして──────
「……」
動かそうとして─────動かなかった。
「……」
俺の右腕に伝わる感覚。
それは人間の『手』の感覚だった。
俺の腕を……『握る』感覚。
「何の冗談?」
「……」
「流石に笑えないぞ……進」
俺の腕を強く掴み、この場に引き留めていたのは─────他でもない俺の親友の、線堂進だった。
「な、何してるの進くん。おかしくなっちゃったの?今すぐ行かないと、死んじゃ……」
「……ククク」
「……進、くん?」
「ククククク、はっははははははははははははは!!!」
高らかに笑った。
この危機的状況で、この男は……滅多にしないほどの爆笑をかました。
「俺は至って正常だぞ、春!!……考えてみれば当然だろ?」
─────こいつの親友である俺なら分かる。
「俺の親友を脅かすクソ女が死ぬ。そんなの大歓迎でしかないじゃないか!!」
この言葉は、完全に純粋な本心だ。
線堂進の、唯一『完璧ではない部分』─────その闇が、数年ぶりに露呈した。




