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苦戦しましたが報酬はそこまで美味しくないです

 あの後、トボトボと歩いている俺を爆速で進が追ってきた。


 最初は俺と一緒に早退するだの言っていたが、荷物を置きっぱなしにしている事を伝えると引き下がってくれた。


「……じゃあ、一つだけ聞かせてくれよ」


「何だよ」


「さっきの事だ。格技場から悠人じゃない叫び声が聞こえて……で、先輩が何人か保健室に運ばれてったけど」


「あぁ」


「あれってなんなんだ?悠人がやったのか……?」


「はは、まさか。─────先輩がやってくれたんだよ」


 ……嘘ではなかった。言い方からして灰崎先輩の事に聞こえるが、実際は豪火君だ。嘘はついていない、だから……親友同士の勘も掻い潜れる。恐らく、疑われていないはずだ。


 ただ、その代わり──────あいつは少しの面倒事を置いて行きやがった。


 進の野郎、躊躇なく俺の母さんに電話しやがった。


「……転校、する?」


 俺の姿を見て開口一番、真っ青な顔の母さんはそう告げた。


 心配の言葉は散々LI●Eで爆撃されまくったから、もう出し尽くしていたのだろう。いきなり飛んで来たその言葉を受け止めて、俺は迎えに来てくれた母さんの車に乗り込み、回答を考えた。


「転校って言っても、通信制とかでしょ」


「よく分かんないけど、多分そうなると思う」


「じゃあしないよ。俺はきっと通信じゃやる気出せずに腐ってくだけだろうし。……それに、この高校で友達だって出来たし。進と三上以外のさ」


「なら、なんでまた?なんでそうなっちゃったの!?」


「……」


「肝心な時に守ってくれるのが友達なんじゃないの!?やっぱり進君と春ちゃんしか────」


「守ってくれた奴は四人もいたよ」


「え……」


「でも、俺の方が守りたかったんだ」


 嘘とも呼べる綺麗事だった。


 あの時の俺は、荒川達を守りたいというよりかは─────とにかく、何が何でも勝ちたかったんだ。


 バスケをして負けるなら別に良かったよ。でも……あんな、あんな方法で来られたら。


 誰だって腹立つでしょ。俺はもちろん脳の血管が切れそうになるくらいムカついた。


 でも同時に─────バスケで真剣勝負するよりも勝算があるって事に気付いてしまった。


 だから俺は豪火君を利用した。勝つために手段を選ばなかった。


 でも、忘れていたんだ。俺は『勝ちたかった』んじゃなくて……。


『楽しみだなァ、来栖クンの活躍』


『ちゃっかり来てくれるたァ、先輩冥利に尽きるねェ。見てただろ?さっきのワタシの活躍をさァ。やってみれば出来るもんだよ、来栖クンも─────』


 ─────『否定したかった』んだ。


 灰崎先輩の、俺への期待を否定したかった。そんな恐ろしい感情を俺に向けるのをやめてほしかった。俺なんかには何も期待しないでほしかった。引くほど強い波動を浴びたくなかった。あの人が『青春』を満喫している光景を見てから、そう思うようになってしまった。


 そして俺は『否定出来てしまった』んだ。


 俺は活躍してないのに勝った。俺は弱いのに勝った。俺は手も足も出なかったのに勝った。俺は何も出来なかったのに勝った。俺は何も楽しくなかったのに勝った。


 こんな虚しい答えのために必死になっていたんだ。


 ……藍木真という男は俺を『光』と呼ぶ。


『仕方ねーんだよ、眩しすぎる光は多くの者にとって毒になる』


 俺にとっての『光』とは灰崎廻だと思う。灰崎廻という人間の『光』から逃れるために、その毒を浴びないように、傷付きながらも勝利を手にした。


 ─────味のしない虚無の勝利を。










 ー ー ー ー ー ー ー










 来栖悠人が格技場から足を引きずりながらも裏門へ向かい始める、その少し前。具体的に言うと、灰崎廻が格技場に入った少し後の事。


 そこで起きた出来事は、決して偶然の産物などでは無かった。


「……何か、騒がしい……?」


 少女が格技場の方向へ目をやると、そこには──────


「やばいって!あの中で集団リンチが起きてるんだって!」


「入ったら標的の仲間入りらしいぞ……」


「誰がやられてるって?」


「二年生がリンチする側ってのは聞いたけど」


 決して少ないとは言えない人だかりがあった。しかしその誰もが格技場の中には入る事なく、むしろ遠く距離を取っていた。


 恐らく原因は、格技場特有の『大きめの窓』の存在。換気のため全開になっている格技場の窓は一般的な高校生の膝から頭頂までの長さに近いほどの縦の長さを持っている。中の情報はもちろん……外の情報もまた、丸見えと言えるほどではないが見えてしまう。そんな場所に近づく者など……危険を察知し、来栖悠人の身を案じて窓から覗く事もせず駆け込んだ灰崎廻しかいなかった。


 ──────それでも、少女は進んで行った。


「嫌だ……嫌だ、嫌だ……ッ!」


「ちょ、いたた……」


「急に何?」


「うわ、押すなよ!」


 少女は眼光を轟かせながら人混みを突き進む。


 そう、危険であるはずの格技場へ入るために。


「ちょっと、そこの一年生!今の格技場は危ないから─────」


「知りませんッ!早く、早く行かないと……!」


「─────どけ、どけ、どけッ!!」


 その時だった。


 ……金髪の巨躯が突進し、人混みを形成していた全ての生徒が青ざめたのは。


「なんだあいつ!?こっち向かってきてるのか……?」


「い、急いでどかないとまずいっ!!」


 隠す必要や趣きなど微塵も無いために結論を言ってしまうが、当然の如くその男は詩郎園豪火だった。彼は『匂い』にまんまと誘き寄せられ、格技場へと一直線に入っていった。


「なんだ?お前らは入んねぇのか?勿体ねぇな!オレん師匠、偉大なる来栖悠人の戦いがこの目で見れる機会だッてのによッ!!」


「──────ッ」


 彼が格技場に入る直前の捨て台詞で、少女は確信してしまった。自分の想像が、さっき聞いた誰かの噂が、突然流れてきた動画が、全て真実だったと分かってしまった。


「そん、な……」


 恐る恐る、彼女はゆっくりと格技場の窓を覗き──────目撃した。


 ボロボロになった来栖悠人の姿を()()目に焼き付けてしまったのだ。


「……」


 数秒間。もしくは数十秒間の間、少女は地面にへたり込んで硬直していた。それが解けたのはしばらくした頃。格技場の中から……来栖悠人とは別の、男の叫び声が響き渡った。


「ぎゃあああああああああ!!」


「え……?なんだ、今の声……」


「さっきまでとは全然レベルが違う叫びだけど……」


「……これ、まずいんじゃないか?」


 一瞬、少女には聞き覚えのある声が人混みに混ざっていた。


「まさか、近くにいる俺達も襲われたり─────」


「そ、それは流石に……」


「っ……」


「お、俺は逃げるぞ!!」


 まるで誘導されるかのように人混みは散り、少女だけが─────否、少女ともう一人だけがその場に残された。


「逃げないとまずいぞー……っと」


「…………」


「……っておやおや?真っ先に逃げると思ってた誰かさんがま〜だ残ってるのはどういう事だ?」


 少女はその男に対して明確な恐怖を抱いていた。それでも─────確かめずにはいられなかった。


「ね、ねぇ、来栖は……来栖はどうなったの─────」


「え?」


「……いや、だから─────」


「どうなったのって……は?なんでお前がそんな事聞くんだ?」


「なんでって……そんなの、来栖が心配だからに決まって……!」


()()()()()()()()()()()()()のに?」


「──────え」


 不気味なほどに口角を釣り上げ、線堂進は朝見星に微笑みを投げかけた。


「いやいや。いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。まさか知らないなんて言わないよな?誰のせいで悠人が学校中から恨まれてるのかを、知らないなんて言わないよな?」


「あ……ぁ……」


「俺だって今すぐ悠人の所に行ってやりたいよ。でも今はお前を悠人から遠ざける事の方が優先だな」


「っ……」


「自分が助けてあげられるとでも思ったか?そうすれば悠人がまた振り向いてくれるとでも思ったか?思ったんだろ、思ったんだよな?だからお前はここにいる。全く……飛んだ自作自演だな、お前のせいで襲われた悠人をお前が助けようとするなんて」


「……」


「確かに昔は悠人を保健室に連れてったり休み時間はずっと悠人を眺めてたり、まだ化けの皮は剥がれてなかったよな。だがもう遅い……遅いんだよ。お前が悠人を裏切ったせいで、そのせいでそのせいでそのせいでそのせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいで!!……こうなってしまった」


「……」


「ほら、早く立て。いつまで座ってる気だ?悠人が出てきたらどうするんだよ。心身共に参ってる悠人にお前なんかのツラを見せる訳にはいかない。さっさとその醜い顔を醜い身体を醜い目を醜い四肢を醜い心を隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ隠せ!!」


「……」


「……耳が付いていないのか?あぁそうだろう、その耳が正常に聞こえるんなら、虐められている悠人の助けを求める声を聞いて、お前はそれを無視してたって事になるしな。そんな所業、人間にはあり得ない大罪だからなァッ……!!」


「ッ、やめ……!」


 進が振りかぶった瞬間、星は両手で頭を覆うが……その拳が振り下ろされる事はなかった。


「おっと、失礼失礼。殴る訳ないだろ、俺がさ」


「え……」


「抵抗する意思の無い相手を一方的に痛めつける事になるからな。そんな事、俺には出来ないな。お前達は出来たみたいだが」


「……」


「じゃ、その中でも実際に殴る勇気は無かったお前はさっさとどっか行ってくれ。悠人のためを想うんならな……」


 その言葉に従う他なかった。感情的にも合理的にも、それが最適な判断だと彼女は理解していた。


 遠ざかっていく啜り泣く声と、小さな笑い声は……格技場から発せられる騒ぎ声によってかき消された。

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