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辛勝ですが、タイムは悪くないですね

 ぶつかる。勢いよく押し出された俺の全身が激突する。


 そこに現れた───────灰崎廻を傷付ける。


 何としても避けるべき事態だった。


「──────ッ!!」


 足に力を込める。そして踵を床に突き立て……俺は意図的に転倒した。


 俺の身体が横方向に倒れるように。先輩にぶつからないように。


「がっ、ぎ、いッ……!」


 傷口と摩擦が負の化学反応を起こし、俺の痛覚が絶叫する。懐かしくも不条理な痛みに全身が包まれ、シンプルに泣きそうなくらいに傷口は大きく、酷く、赤かった。


「く、く……くる……来栖クン……!?」


「ちょっ……どういう事!?これ、バスケやってたんじゃ……」


 駆け寄ってきたのは灰崎廻と……彼女と同じバスケのチームにいたような気がする女子だった。


「あ、痣と傷がこんなに……な、何が─────」


「べ、つに……バスケ、してただけですが」


 骨折経験が無いせいで、今の俺の骨がどこまでヤバいのかが分からない。もしかしたらとっくにとうに安静にしてないとまずい状態なのかもしれない。


 ただ、それでも─────俺は立ち上がった。立ち上がりたかったから、その意志に従った。


「なんでまだやろうとしてんだよ……早く保健室に行かないと……!」


「先輩、なんで来たんですか」


「……え」


 我ながら冷たい態度を取ったつもりだった。こんなイベントの日の時間を割いてまで俺を構うこの人が……急に嫌になったから。


 球技祭なんて、貴重な青春の1ページじゃないか。灰崎廻という人間のアルバムに俺が写ってしまうのが怖くて、自信が無くて、逃げ出したくなった。


「チッ……あなたさえ来なければ、俺の作戦は完璧だったんだけどな」


「……それって、どういう……」


「作戦と呼ぶには大袈裟すぎますがね。今から俺は─────『先輩から見て最高にダサい』方法で勝利をもぎ取る」


 窓から聞こえる音。それは恐らくコンクリートの上を走る音だ。


 ただ─────ドスン、ドスンとまるで猛獣が駆けているかのような重厚さがある。例えば俺なんかが走っただけじゃこんな音は到底出せない。


「さて、先輩方。申し訳ないけど……この勝負も試合も俺達の勝ちだ」


「は?何言ってんだよ、こんな状況から勝つってか?ゲームじゃないんだぜオタク君、バグでも起きなきゃ無理だろw」


「バグね─────あながち間違ってはいないな」


 ドゴン!と玄関のドアが叩かれる音が格技場に響く。突然の騒音に全員の表情が強張り……俺はドアに向かって叫んだ。


「そこ、引き戸ですよ!」


「そうだったのか!」という声の後─────ドアは開かれた。


「駆けつけたぞ師匠ッ!」


 そう、俺の切り札、俺の勝算は─────俺を師匠と呼ぶゴリラ、高校生にしてはバグみたいな肉体を持つ男、詩郎園豪火だ。


「師匠ほどの者が自ら手を下すたぁ……一体どれだけの相手がいるんだッ!?」


「……え、豪火ァ?」


「ん?廻もいたのか。まぁそうだろうな!師匠が戦っている姿という非日常をお前も求めたんだろ?」


「え、いやちが……」


「遅いですよ豪火君」


「すまねぇ師匠!サッカーの試合があって─────って、その怪我は……ッ!?」


「あー、まぁ落ち着いてくださいよ」


 痛みに耐えながら、それを上回る勝利の優越感に浸ったまま、俺は豪火君に語り始めた。


「まずここには君が求めるような強者はいない」


「へ?」


「君は……俺が喧嘩している『波動』の匂いを嗅いでここに来たんですよね?」


「そ、そうだ。師匠が自ら手を汚すような相手と一戦交えようと……」


「……はっ。ははははは!」


 ─────全てが上手く行った。面白いくらいに賭けに勝ったッ!


 詩郎園豪火の『バトルモノの波動を嗅ぐ』能力……それは本人の価値観の影響で『喧嘩』の匂いを強く感じ取る性質があると考えられる。そして能力者である俺や灰崎廻の匂いは『異常』なモノとして感じ取ることもできる。


 その二つの性質に賭けた。俺が殴られる事で、俺が喧嘩しているという状況を作る事で、『異常かつ強い匂い』を豪火君に届けた。スマホを取り出してわざわざ呼び出す余裕なんて無くとも、俺と豪火君には一方通行の連絡手段があった……!


「あー、実はさ。これ実験なんですよね」


「じ、実験?」


「そうです。俺が戦ってる匂いを嗅いで、どれくらいの速さで豪火君が来るか実験してたんです」


「えっ……」


「だからこの程度の雑魚にも反撃せずに殴られ続けてたんですが……いやぁ、遅かったですね豪火君」


「……」


「おかげでこんなボロボロになっちゃいましたよ───────」


「い、いいいい妹には手を出さないでくれ!!!頼むッ!!!」


「うるさ……分かってますって。『次』は一瞬で来てくださいよ。代わりにと言ったら何ですが……」


 俺は突き指で痛む人差し指を2年4組の連中に向けた。


「やっちゃってください」


「それだけで良いのか!?流石、師匠は寛大だな!」


 指をポキポキと鳴らし、筋骨隆々の巨躯が歩み始めると……途端に、先輩達の顔が分かりやすすぎるほどに青ざめていった。


「ま、待て!そんな身体の奴に殴られたら、俺達は……」


「て、てて手加減してたんだぜ?だったらそっちだって……」


「知るか!男なら歯ぁ食いしばれよ」


「良いのかよ!俺達を殴っちまって!『あの子』に知られれば─────」


「ん?よく分かんねぇけど大丈夫だろ!」


「は……?」


「それくらいオレの親が揉み消してくれるッ!」


「……」


 そうだ。この男の真骨頂は『家がデカい』事。詩郎園家はクソ金持ちらしいし、こんな高校で起きたこんな暴力沙汰くらいならどうにでもなる事だ。


 詩郎園の人脈を使えば学校を支配出来る─────安全圏から俺の悪評を広めやがった『あの女』がそれを証明している。


「ま、まままま待てって!少しくらい家がデカくてもなぁ、『あの子』は格が違うんだぞ!?」


「ん?そうなのか?」


「だって、だって今回の試合を仕組んだあの子は──────」


 怯える男子生徒の一人は、そこで驚くべき……いや、ある意味当然とも言える人物の名を口にした。


「あの詩郎園家のお嬢様、詩郎園七華ちゃんだぞ!?あの子にかかればお前なんか……」


「それ妹」


「え」


「それ、オレの妹」


「……」


 彼らの敗因は、詩郎園豪火が現れた瞬間に逃げ出さなかった事だ。豪火以上の強さを持つ者でなければ、敵対すれば終わりの相手がいるというのにこの場に留まり続けてしまった事だ。


「あー、知らねぇ?オレの名前。詩郎園豪火っつーんだけど……同じ学年とは言え、サボりまくりだったし仕方ねぇかッ!」


「あ、あ、あ……!」


 まさに今、顔が真っ青になっている先輩達は……『顔と名前が一致した』んだろう。


 詩郎園豪火というボンボンのヤンキーがいる。


 最近よく見る怖くてデカい奴。


 この二つの情報を結びつけていなかった、奴らの負けだ。


「んじゃ、師匠の頼みだからなッ!入念にやるとするかッ!」


「ま、まっ、いや、あ……ああああああああああああ!!!」


 鳴り響く絶叫。思わず耳を塞ぎたくなるほど汚くて情けないそれは、俺にとっての勝利のファンファーレだった。

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