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プレミしました

 突然割り込んだ桜塚という存在に焦った表情を見せつつ、体育委員長はブザーを鳴らした。


「ちょっと君!邪魔しないでよね、殴られたくないなら大人しく……」


「桜塚正次」


「へ?」


「僕の名前は桜塚正次だ。名前を覚えておいた方がいいんだろ?」


 単語帳をポケットに無理矢理押し込み、桜塚は悠然と立つ。


「お前らの気持ちは分かる。女性を蔑むカスを殴りたくなる気持ちは。だが感情任せの正義で人を傷つける奴もまた、カスだッ!」


「桜塚……」


「そして一番のカスは……傷つけられているチームメイトを、自分の身惜しさに傍観していた僕だ。そんなカスの存在は許せないだろ?─────さぁ、殴れよ。僕の方が来栖より頑丈だぞ」


 隣に立った桜塚は、間違いなく痛みに悶えてもおかしくない怪我だった。割れたレンズの破片が頬を切り裂き、視界もぼやけているこの状況でも……こいつは涙一つ流さず、真っ直ぐ前を向いていた。


「っ、俺も……俺もっ!守らせてくれよ、来栖をーっ!」


 転けそうになりながらも、藍木が俺の前に飛び出した。


「来栖は光なんだ……光が無きゃ何も見えねー。もう二度と失う訳にはいかないんだよ……!」


「お前は……やっぱ気持ち悪いな!」


 光光光うるさい。俺とは会ったばかりなのにどうしてこんなに崇める事が出来るのか。


「ま、諦めてくださいよ。自分らとチーム組んだのが運の尽きです」


 ぽん、と肩に手を置いた荒川が震えながら微笑んだ。


「よく言ってるじゃないですか、自己犠牲オナニーがどうのこうのって。いざという時に来栖君自身がそうなっちゃ元も子もないですよ」


「今回のはそういうのじゃないんだけどな……」


 俺の『勝算』……それは俺が殴られ続けなければ意味が無い。


 ──────いや、でも……そろそろかもしれない。奴が来るのは。


「ひ、卑怯ですぞ!全員でそういう雰囲気出すのはあ!」


「別に殴られたくなきゃそこで黙って見てていーんだぞー」


「むむむぅ……そこまで我の力を渇望するというのなら、応えるしかあるまい……!」


「河邑まで……何だよお前ら、今更正義ヅラかよ。そんな事されても学校中から嫌われちゃった可哀想な俺の傷は癒えませんね」


「わりーな、来栖。しょーがねーんだよ、俺達は陰キャだから……お前がここまでボロボロにならないと勇気すら出ねー。……分かるだろ?」


 ─────正直、分からなかった。


 俺が藍木の立場なら……きっと今になっても動けなかったはずだ。殴られ続けるチームメイトから目を逸らして、縮こまってるはずだ。


「どうして俺なんかのために……動けんだよ」


 俯き、弱々しく呟いた言葉には、悲しみや喜びや妬み……言葉にならない色々な感情を詰め込んでしまった。


「そうするのが『良い』と、僕が判断したからだ。お前のためじゃねえ」


 銀縁眼鏡の男はそう吐き捨てて指を鳴らした。


「友達ですからね。やってやろうじゃないですか」


 小太りの男はそう意気込んで胸を叩いた。


「正直我は周りに流されましたぞ。だが……後悔はしてませぬ」


 デカ眼鏡の天然パーマはそう呟いて肩をすくめた。


「……来栖。お前という光が!陰に生きる俺達を照らしたんだ!そうだ……お前という太陽の光を反射する、俺達は月なんだよ!」


「うん、藍木だけちょっと空気感違うね」


 目つきの悪い男はそう叫んで腕を広げた。


「……ふふ、馬鹿ばっかりだ」


 そして、身体中痣だらけの俺は……そう笑って顔を上げた。


 思えば、知り合ったばかりだって言うのに、俺がこんなに気軽に話せる奴なんて中々いなかった。……きっと、所詮俺達は───────似た者同士だったんだ。


 陰キャってのは、日陰で馴れ合うもんだから。


「んー、どうするよこれ」


「やって良いのって来栖悠人だけじゃなかったっけ」


「邪魔する奴も同様にってあの子は言ってたはず」


(─────あの子?)


「ま、やる事は変わんないか。精一杯頑張ろうぜ、殴ってもお咎めなしなんて機会中々ないからなw」


 ブザーが再び鳴った。


「っ、これ以上来栖を殴らせやしねー……!」


「いや、邪魔」


「あ、あ、あぁぁあ〜」


 向かって行った藍木は────殴られるというよりは、押されてよろけた。まるで眼中に無いかのように……そう、ただの邪魔者をどかしたかのように。啖呵を切った後なのにここまで呆気なくやられるともはや清々しい。


 相手チーム五人、彼ら全員が今もなお、俺を狙い続けていた。


「まずいですぞ、五人一度に来られたら────」


「邪魔邪魔ー」


「ふもっ」


 何とも頼りなさすぎる壁が次々と押しのけられ、あっという間に俺は包囲された。……本当にバスケでもしてるかのような身のこなしで河邑達を抜きやがった。出来んならこんな事してないで普通にやれよ。


「うおおおおおっ!」


「ッ!?んだよ眼鏡……!」


 ラグビー選手ばりのタックルを見せた桜塚が、上級生の一人の両足に抱きつきながら叫んだ。


「今だ来栖ッ!こいつを殺せッ!」


「いや殺すって。散々カス呼ばわりしといて俺を本当のカスにするつもりかよ」


「もうカスなんだからカスの一人くらい殺しても変わらねぇだろ!」


「どんな理論だよ……」


 それに─────この試合、間違っても俺は暴力を振るってはいけない。わざわざこんな茶番を仕組む……時短のために格技場を使ったり、バスケットゴールを二つも運んで来たり、そんな大掛かりな事を出来る『黒幕』みたいなのがいるとしたら、俺が生徒を傷つけたという事実に漬け込んでまた面倒事を引き起こされるだろう。


 だから……耐えるしかない。奴が来るまで。


「うぉらっ!」


「!」


 腹部へのパンチを両腕でガードし、直後─────横から回り込んでいた二人の両肩を掴まれる。


 ジェットコースターを乗った時の感覚ってあるだろ。全身が前方向に飛んでいってしまいそうなのを、何とか手すりを掴んで耐える感覚。


 アレの前後反対版。全身が後ろに勢いよく押され─────同時にパンチを打ち込んだ生徒が俺の頭を持ち、更に押し出した。


「ッ……!」


 宙に浮きもしない。ただシンプルに押されただけなら対応は出来る。勢いを殺すように、何とか転ばないように、後ろ方向に働く身体を足で操作する。


 このまま一歩一歩を後ろに踏み出していけば、勢いが無くなるまで耐えられる─────


「来栖君ッ、後ろッ!!」


「……あ?」


 手を伸ばす荒川の声。その表情の真剣さに、俺は言われたままに後ろを振り向いた。


(─────マジか)


 そこは格技場の出入り口だった。玄関スペースへ繋がるドアが開放されていた。




 そこに、立っていたんだ。


「来栖、クン……?」


 今、一番この場にいてほしくない人が。俺の醜態を晒したくない人がそこにいた。

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