先に友好を築いておく事で、後々の進行が楽になります
「お疲れ様です、兄さん」
「……ん、七華か」
サッカーの試合終了後────早歩きで一人進む詩郎園豪火を、妹である詩郎園七華は呼び止めた。
「素晴らしい試合でした。特に兄さんがサッカーのルールを完全に無視してボールを天高く打ち上げたところは」
「あ?仕方ねぇだろ、急に飛んできたんだから殴り飛ばすしかねぇッて」
「さりげなくハンドまでしていくその唯我独尊さ、流石は詩郎園家の長男ですね」
「……で、何の用だ?急がなきゃなんねぇんだよ」
「来栖悠人の件です」
その名前を聞いた瞬間、豪火の足がピタッと停止した。
「前に言いましたよね?私も裏で色々と手を打っているのです。良い加減兄さんにも協力して─────」
「師匠の事はもう諦めろ」
「…………はい?」
七華の脳内で『師匠』というワードが回転し、駆け巡り、意味を再認識する。
「確か、前にも……そう、つい先日です。兄さんが珍しくゲームをすると仰ったので隠れて見張っていたのですが……」
「きめぇな!」
「その時はご友人と会話されているのかと思いましたが……相手の事を師匠と呼んでいましたね」
「あぁ!」
「来栖悠人の事ですか?」
「あぁ!」
「なるほど……」
「あぁ!」
「……??????」
理解は出来たが、理解は出来なかった。
「で、今から師匠の所に行かなくちゃならねぇからな。話ならまた後にしてくれ」
「え?今ですか?」
「あぁ!オレよぉ……感じるんだッ!湧き上がるんだッ!」
抑えられない興奮を発散するかのように、豪火は走り出した。巨躯が駆け抜ける風圧に黒髪を揺らしながら、彼女は──────残された七華は唇を噛み締めた。
「……なら、今回の策は失敗ですね」
それだけならまだ良かった。危惧すべき事態は別にある。
「来栖悠人は……兄さんに何をしたの?」
線堂進への想いよりも、来栖悠人への憎しみよりも、今はただ─────家族への心配が勝った。
「兄さんは……来栖悠人に何を感じたの……?」
ー ー ー ー ー ー ー
「ぎぃっ、い……」
まるでドッヂボールでもやってるかのような豪速球が打ち込まれ……俺は膝をつく。こうして立てなくなるのがもう何度目かは分からないが、おそらくまだ10回も行っていない。攻撃されるたびに立ち上がろうとするこの瞬間が……一番辛い。
気を抜けば屈してしまいそうだった。
─────それを上回るのが怒りだ。この理不尽な状況への吐き気が、痛覚すら麻痺させてくれる!
「オラッ!」
「ぐっ……!」
ドリブルさえしてりゃ良いってもんじゃないと声を大にして言いたい、この突進。何とか受け身を取ろうとするが……避けようとした瞬間にボールを掘り出した右手が俺の腹部を殴打した。
「く、来栖……」
藍木は今にも泣き出してしまいそうなほど、いつもの鋭い目つきを歪ませながら声を震わせていた。
手を出すな、とかカッコつけてしまって申し訳ないとは思ってる。でも─────俺の考える『勝算』では、俺が殴られなきゃダメなんだ。
でも……きっと、藍木も荒川も河邑も桜塚も、怖くて逃げ出したいんだろう。俺だってそうなんだから、多分そうだ。それなのに俺を助けようとしてくれた奴らに傷ついて欲しくなかった。
俺みたいなカスを助けなくて良い理由を与えてやった俺は、少しマシなカスくらいにはなれたんじゃないか?
「タフだね〜w」
「まぁ俺らだいぶ手加減してるからなw」
薄ら笑いを浮かべる上級生。やはり陽キャは怖い。そりゃ陽キャ全員が悪いわけないけど、陰キャは絶対こんな事してこないもん。
「……何が目的なんすか、あんたらは」
「別に?ってか普通に正義っしょw」
「俺ら、普通に君の事嫌いだしね」
純然たる敵意。まぁ、俺も女に暴言吐きまくって泣かせてるような奴には出来れば関わりたくないけど、自ら手を汚すに至るのはちょっとよく分からん。
「全然分かんないし、殴られんならせめて理由知りたいんすけど」
「もう良いから黙れやw」
「おーイキるな陰キャ君!がんばれーw」
「……いやマジで、灰崎先輩から俺を引き離したいとか、そんなしょうもない理由しか思いつかない……」
進に群がる奴らがよく俺に言ってきた言葉だが……流石に灰崎廻という人間にとっての俺が、進にとっての俺ほど大きい存在には思えないし、流石に無いだろう─────
「……あーね」
「……うわ、なんか言ってるしw」
「何で俺らが灰崎の事気にしなきゃいけないんだよw」
「…………」
その反応はまるで───────
「え、マジ?」
俺からはどう見てもどう聞いても……咄嗟に誤魔化しているようにしか感じ取れなかった。
「ってか、普通にクラスメイトだしな。お前みたいのが付き纏ってると迷惑なんだわ」
「そうそうw相手の気持ちくらい考えろって」
「……まぁ、別に良いけどさ。あの人の事がそんなに気に入ったなら……」
俺はあの人の隣に立って良いような人間じゃない。さっきまではそう言われても別に気になどしなかったけど、今では自他共に認める事実だ。
俺には少し、眩しすぎる。進と三上とは訳が違う。これ以上一緒にいたら、少しまずい事になるかもしれない。
それに──────ぼっちがどうのとか言ってた灰崎先輩にこうして友達が出来たのなら、俺は祝福してあげたい!ってのは流石に嘘で、絶対にしないけど。
「ま、そういうわけだから。ちょっと骨折れるくらいは我慢しろよ……!」
もはや普通に殴りかかってきた今日この頃。避けようなんて下手な事を考えない俺は、素直に両腕で顔面を覆い──────
「ぐっ!」
「……あ?」
伝わってくるはずの衝撃が無かった事に驚き、防御を解いた。
目の前にいたのは……俺へのパンチを受け止めてしまったのは──────
「チッ、いてーな……あれ、『痛み』って英語でなんだっけ?さっき覚えたんだけど……」
ぐちゃぐちゃに折れた銀縁眼鏡を掛け直す、桜塚だった。




