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ヘイト管理は上手くいっていますね

「く、来栖氏……」


「ん?」


「本当に大丈夫なんですかい?」


「なんかよー、さっきから様子がおかしー様に見えるぜ」


「大丈夫だって……何ともない」


 体育館とは少し異なる、格技場の独特な空気の中。少し前からずっと俺を気にかけてくる陰キャ共がそろそろ鬱陶しくなってきた。


「自分の中でモヤが晴れたっていうか、そんな感じだ。吹っ切れたってヤツだよ」


「フン、そもそもコイツは言葉だけで女子を泣かせたカスだ。様子がおかしいくらい当然じゃねえか」


「そうだな、俺はカスでお前はバカだ」


「なっ、来栖ぅ!例の動画のように僕まで泣かせようとしても無駄だぞ!それに僕はバカじゃねぇ……発言を訂正してもら……」


「『fool』の意味は?」


「は?」


「意味は?」


「……えっと…………振る、とか……」


「『バカ』だよバーカ!!」


「ッッ……ッッッッ!!」


 何の言葉も発さず単語帳を握りしめる桜塚は、メガネにヒビが入りそうなくらいの眼光で俺を睨みつけていた。


「えー、1年7組B!1年7組……」


「は、はい!います!」


「試合開始の時間なんで、並んどいてー!」


「はい!……み、みんな……行きましょうか」


 審判役の体育委員長の応答をしてくれた荒川の背中を追うように、俺達はゆっくりと一列に並んだ。


 普段は剣道部が使用しているこの場所に、無理矢理置かれた二つのバスケットゴール。あまりにも不自然な光景だ……わざわざ格技場で試合をする必要なんてあったのだろうか。微妙に離れた場所で、一つだけのコートを確保するためにここまでする必要があったのか。そんなに進行が間に合わないなら試合時間を見直すべきだろ。


「ジャンプボール決めてね」


「あー……ここは河邑で良いよなー?一番デケーし」


「御意」


 まぁ、デカいだけだろう。一切の期待など抱いていないし、むしろこっちにボールが来てしまったらどうすれば良いのかわからない。


「あ、でも大丈夫そうだな」


 向こうのチームの……2年生のジャンプボールは、河邑より目に見えて背の高い男だった。


 ……それにしても、リーグ戦だからと言って全学年入り乱れるのはキツイな。同学年だったら勝てたとかは言わないが、何というか……先輩は怖い。


「よい、はじめー!!」


 ビーーーーーッ!!─────となんかよく分からないホイッスルでもなくて細長い試合開始時の音を鳴らすために存在してるアレの音が鳴った。


「ほっ!」


「ふもっ」


 無惨にもボールを奪われた河邑がよろけながら後退りをし─────俺達は顔を見合わせた。


「で、最終確認。真面目にやる?」


「俺はやんねーが、来栖がやれと言えば従うぜ」


「拙者の力は強大すぎるが故wwここでは解放出来ませぬぞww」


「自分もみんなに合わせますね……」


「だろうと思った……僕は真面目にやらせてもらうぞ。あくまでこれは授業なのだからな……」


 そう言った桜塚が単語帳片手にボールを持った上級生に立ち向かい……いや何でお前まだ単語帳持ってんの?


「ふっ!」


「くっ、抜かされたぞ!」


 いかにもバスケしてる風に言ってるが、相手のスピードについていけず一瞬で抜かされた桜塚。報告をくれてもお前以外にやる気のある奴はいない。恨むならお前の運動神経の無さと、シンプルに俺を恨んでくれ。


「へい!」


 俺の横を通る二年生がパスを求める声を出した。


(……バレない程度に避けるか)


 俺は真面目にやっているように見せかけながらも、追うふりをして頭の高度を下げる。


 こうすれば敵のパスが俺にぶつかったりなんてことはしない─────────




「ッ!?!?」


 しない───────なんてのは甘い考えだったらしい。


 脳内に響く鈍い音。顔面に走る鋭い痛み。


「……あ?」


 状況把握。理解が加速し─────あぁ、そうか。


 パスが俺の顔面に当たった。ミスかは知らないが、どうやら当たってしまったのは事実でしかないようだ。


(いってぇ……ってか、このボール俺が持たなきゃだよな……)


 痛みに耐えながらも、俺はボールに手を伸ばす。流石に頬からこぼれ落ちた距離にあるボールを無視するのはやる気が無さすぎて先生に怒られそうだし、ここは取るだけ取っといて適当にやり過ごして──────


「……え」


 キュッ、という上履きが擦れる音。


 ドタバタと上履きが駆ける音。


 俺は見た。


 敵チームの一人が、まるでタックルでもするかのような……ボールなんて眼中に無いかのような体勢で───────


 俺に激突した。











 ー ー ー ー ー ー ー















 格技場での試合には、体育館や校庭で行われる試合とは明らかに異なる点が一つだけあった。


『教員が一人もいない』のだ。


 バスケットボールという競技は怪我が少ないわけがなかった。今回は球技祭というイベントの最中なため、生徒も普段より興奮状態に陥る。常識的に考えれば監督の教員は絶対に必要と言える。


 だが、そうはならなかった。偶然ではない、誰かが意図的に行った企みによって教員はそこにいなかった。


『体育委員長を監督役として置く』……生徒達の提案により、場所の離れた格技場に先生がわざわざ赴くのは緊急時の対応などで不便がある……という名目で『説得』されてしまった。


 もちろん、『来栖悠人のチームと2年4組が対戦する』のも仕組まれている。


 全ては仕組まれていた。何の偶然もない、単なる計画。


「ぐがっ……!」


「来栖君ッ!!」


 壁に激突するほどに吹き飛ばされた悠人の身体が床を跳ね、震えた四肢が不協和音を奏でる。


「だ、大丈夫ですか!?」


「うっ……」


「おい……おいっ!おかしーだろ今のは!どう見てもただの暴力じゃねーかっ!ファウルなんて甘いもんじゃねーぞ!!」


「そ、そそそうですぞ!し、しし審判も何か言ってやって─────」


「え、何か?」


 何事もなかったような顔で、体育委員長はブザーを鳴らした。


「コートに戻ってくださーい!ほら、早く!」


「なっ……そんな、ふざけないでくださいよ!試合なんて続行出来るわけ────」


「あー、君……名前は?」


「え?」


「名前は?」


「あ、荒川たけ……」


「おっけ、荒川君ね。じゃあ荒川君も『これ』やられて良いって事?」


「──────は?」


 観客も誰一人として、体育委員長と2年4組の凶行を止めようとする者はいなかった。サクラではなく、単純に『来栖悠人が暴力を振るわれている』事に対して一種の爽快感を得ている者が多かったからだ。また、そうでない者は……格技場全体の雰囲気に飲まれ、声を出せない。


「やられたくないなら黙っててね。そういう話だから!」


「は……は?ふざ、けるんじゃ……!」


「いい……いいよ、荒川」


「っ!?」


 よろよろと、しかし着実に立ち上がっていた来栖悠人は荒川健の肩に手を乗せて呟いた。


「ダメだろ。お前は彼女がさ、いるんだ、か……ら……」


「そんなの関係ないですよ!友達がっ、こんな目に遭わされて……!」


「狙いは俺一人だろ。っ、ふ……タンクは独り身の俺に任せとけって」


「だけど、線堂君も三上さんも、灰崎先輩だって!」


「知らねぇよそんなん……全員、俺がいなくとも円滑に高校生活送れんだからさ」


 溢れた鼻血を拭い、怯える心と警告する痛覚に目を逸らしながら、虚勢を張って再びコートに立つ来栖悠人の姿は……一言で言えば『痛々しい』というのが似合う。『勇ましい』とか『格好良い』なども間違ってはいないが、誰が見ても第一にその傷の痛みを想像してしまうほど、彼の表情は苦悶そのものだった。


(いてーな、全身……)


 だが何としても、零れ落ちるのは血だけに留めておきたかった。


 痛みが脳内の半分以上を占める意識の中──────しかし他人から与えられる痛みに慣れている悠人は思考していた。


(……打つ手は……一つだけだ。それも特大のギャンブルの……!)


 ──────『勝算』を。

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