シュート技の取得は優先度低です
結論から言うと、灰崎廻は自分が思っているタイプの『ぼっち』ではなかった。
それは彼女が孤立していた理由に起因している。
彼女は『日常の波動を見る』能力の影響で歪んだ人間の顔を見たくないが故に、他者を拒否する性格になった。廻はそのせいでぼっちになったという自覚で、中学時代はその認識で間違っていなかった。
だが高校入学後、そもそも彼女に最初から近寄ろうとする人間は明らかに減っていたのだ。
理由は主に二つ─────『陰キャっぽい』と『可愛い』だ。
前者は言わずもがなだが、後者では男子女子問わず多くの者が寄って来そうと思うかもしれない。しかし本人の不気味さが他者を否定し、近寄りがたいオーラを放っているのは事実。
だが……『可愛くない者』が孤立しようとするのと、『可愛い者』がそうするのとでは天と地の差がある。
灰崎廻はクラスメイトにとって『良い印象』を植え付けていたのだ。その顔をあえて隠しているミステリアスさも相まって、周囲の人間は深い興味を抱いていた。
『おはよー灰崎さん』
二年目にして、来栖悠人と絡む廻に興味が湧いた猪口美羽の接触があった。猪口は灰崎に対して構うようになり、それにクラスメイトは便乗して行った。
それは来栖悠人という『害悪』から廻を遠ざけたいと考える者も含まれる。
本来なら灰崎廻はそれを拒否するはずだったのだが─────彼女はそうしなかった。
動機は単純。
『え。いや、まぁそうと言えばそうかも知れませんが……本当に独りぼっちな奴なんて中々──────』
……意地。
来栖悠人に対するほんの少しの嫌がらせに過ぎなかった。が、廻が思っているよりも、彼女は前髪を下ろした状態でも周囲に好かれやすいほどの容姿を持っていたのだ。
(はァ、しょうがないけど……頑張っちゃおうかなァ!)
悠人は気付いていないが、灰崎廻という人間は基本的には高水準なスペックを有している。能力を発現させる前は悠人とは対照的なほどに明るく、ゲームよりも外で遊ぶのを選ぶような子だったからだ。
バスケの練習の時間も、廻達のクラスと被る時間があってもサボっていた悠人はそれに気付けなかった。廻がチームのエース的存在に祭り上げられていた事と……彼女がそれに対してある程度にやる気を持っていたことを。
『だって─────何にでも頑張れる奴がカッコ良くない訳ないじゃないですか。そういうのが出来る奴って元々陽キャで、人生が充実してるんです』
(……ふはは。あんな捻くれた考え方、ぶっ壊してやらァ)
これもまた、単なる意地だった。
結果的には何から何まで来栖悠人が原因と言える。来栖悠人と出会った影響で友人が出来、クラス内での居場所が作られ、イベントに対する意欲さえ生まれた。
「灰崎さんパス〜!」
「うぇい」
胸を張って彼を否定するために。
「行ける行ける!シュート!」
「ほっ……!」
彼に希望を抱いてもらうために。
「入っ……たァ」
「やった〜!早速得点とかすごいよ!!」
「ふはは。まァね」
感情に喜ぶ仕草は見せなかったが、その瞬間の廻には間違いなく充実感と満足感が充満していた。この手でボールをゴールに入れただけの事で、歓声が上がり周囲が笑顔になる。
(……ほら、ワタシですらこうなれるんだ。だから─────)
ふと、周囲を見渡した瞬間。
「……あれっ」
その少年を……来栖悠人を見た──────気がした。
その一瞬を過ぎた後にはもう、彼の姿は消えていた。
ー ー ー ー ー ー ー
直視出来なかった──────灰崎先輩を視界に入れるという行為自体に苦痛が伴う。
「おお!先輩が点入れましたよ……あれ、来栖君……?」
囁かな歓声が湧く中、俺は試合に背を向けて近くの壁に寄りかかる。
「どーした?」
「おい、お前が見ると言ったから僕達はついてきてるんだぞ。……いや、もしかして体調でも悪いのか?」
「……ちょっとな。少し休めば治ると思う」
壁の冷たさが額にダイレクトに伝わる。捲っていたジャージの袖を戻し、寒気に身を震えさせた。
(────何より。何より苦痛なのは……)
俺は、『充実』そのものと化した灰崎先輩を見て、いたたまれない黒い感情に包まれてしまった。
『そう─────来栖クンより『下』なワタシを見て、ずっと安心してたんだろ』
「……」
あの言葉が本当だったかもしれない、という自分への失望。
灰崎廻という人間に対して、自分より下だとかの感想を持った事は無い。そのつもりだった。
でも心の底では見下してたんじゃないか?彼女にずっと弱いままで、一人のままでいて欲しいと。
「……分かってた、そんな事……!」
灰崎先輩の言葉は─────『部分的に』正解だった。一部分だけは間違っていた。だからこそ俺はその間違ってる部分を全力で否定する事で、突き付けられた自分の真意から逃げた。
『来栖悠人は灰崎廻の隣に立つに相応しい人物だろうか』─────という、提言。
(まぁ、相応しいわけがないよな。こんな、こんな……弱くて、暗くて、臆病で、卑屈な人間が……)
釣り合わない。不相応。似合わない。不自然。
(そうか、俺はずっと……これを恐れてたんだ)
胸に刺さった棘が取れるような感覚。引き換えにその痛みを自覚した俺は─────
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
「もう試合終わってしまいましたぞ」
「保健室なら俺が連れてくぜー」
「……大丈夫だ。もう治ったよ」
壁から額を離し、俺は振り返る。
「最初から諦める姿勢は良くないとは思うが、どうせ僕達は試合に負ける。変に強がる意味はねぇんだよ……倒れられても勉強の邪魔になるだけだ、さっさと寝てろ」
「だからもう大丈夫だって。それに、試合なんて言っても数分間突っ立ってるだけだろ……楽勝だ」
顔をしかめた桜塚に、きっと歪になっているであろう微笑みを投げかけた。俺はポケットの中に手を入れ、時刻を確かめるためにスマホを取り出そうとするが─────
「あ!やっぱいるじゃねェか!」
「……」
ジャージの上にビブスを着たままの状態で、輝かしい目をしたその人は俺の前に姿を現した。
「ちゃっかり来てくれるたァ、先輩冥利に尽きるねェ。見てただろ?さっきのワタシの活躍をさァ。やってみれば出来るもんだよ、来栖クンも─────」
「はい、お疲れ様でした。ちゃんと見てましたよ」
俺は今、ちゃんと笑えているのかな。
あぁ、一体俺はどんな顔をしているんだ。どんな表情なら……。
「……え?」
こんな、期待を裏切られたような、心の底から心配するような顔をさせられるんだろう。
「もうすぐ試合が始まるので、俺はこれで失礼します」
「あ、待っ──────」
「では、先輩も次の試合頑張ってください」
初めてだった。
灰崎先輩と話す時に、進や三上と話す時のような『視線』を感じたのは。
俺を睨む、灰崎廻を案ずる、部外者の視線。
そう、例えば高橋だ。あいつに似たような目をした灰崎先輩のクラスメイトが俺を見ていた。
……何故だか、今の彼らの目線は─────高橋達よりずっと痛かった。




