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要確保アイテムです

 球技祭が近くなると、体育の時間が球技祭練習に侵食される。というか乗っ取られる。まぁ合理的な判断だけど、俺達に関してはガチ終わり陰キャ共と時間を過ごさなければならないのは、同じ穴のムジナ的嫌悪を感じ続けるせいでいつもより苦痛が大きいかもしれない。


 ─────それでも、運動しなくて良いのは楽だった。


「体育だるいからよー、こうしてサボれんのはマジでデケー」


「それに関しては同意だ。体育なんて僕からしてみれば無駄でしかない……」


「ブツブツ言ってねーでお前は早く『eat』覚えてろよ」


「なっ……も、もう覚えたぞそれくらいは!」


 校庭にて、俺達は木の下の日陰で涼んでいた。


「……あの、自分達本当に大丈夫なんですか?練習しないで……」


「どうせ負ける戦い、頑張るだけ無駄ですぞ!賢者はこの間にも思慮を巡らせるに尽きるwwww」


「ま、クラスの連中が了承してるからいいだろ。むしろ────俺達はサボってた方が良いまである」


 これは俺達がバスケチームなはずなのに、体育館では無くこうして校庭でサボっている理由に繋がる。


 ─────まず、授業開始時。最初は周りの空気に流されて俺達も練習しかけたが……藍木がクラスの陽キャ達の遠慮無く聞きに行ったのだ。


『これ、この前みたいに練習したくねーチームはやんなくていーんだよな?』


 本当に陰キャと呼んで良いか迷うほどの度胸と、あまりにも協調性のない意見に高橋やら進は狼狽えつつも、それを受け入れた。


 本来なら『クラスで一致団結して頑張ろう!君達のようなゴミカスしかいないチームでももしかしたら勝てるかもしれないし!』って感じの事を言われるかと思ったが……それは無かった。


 俺がいるせいで、このチーム自体が避けられていると言うのもあるが……大きかったのは『バスケチームの練習場所の確保』だ。他クラスも何組か授業時間が被っているせいで練習場所が狭く、役立たずの掃き溜めである俺達に場所を割くのは勿体無いという話し声が聞こえた。


「最高の大義名分だ。これほど不名誉で、『俺達終わってて草』みたいな自虐と自己犠牲で悦に浸れるのは中々無いよ」


「良くないですよそういうのは。……悲劇に酔いたくなる気持ちも分かりますけどね、こんなのけもの扱いされたら」


「それに関しては、僕も来栖君に同情せざるを得ねぇ……かもな。クラスどころか学校中から敵対される感覚は想像も付かない。……自業自得だが」


 俺に対してはずっと賛同しないスタンスだった桜塚が、少しだけ歩み寄る姿勢を見せた。


「仕方ねーんだよ、眩しすぎる光は多くの者にとって毒になる。俺らみたいな一部の奴はちゃんと来栖を応援してるぜ。陰キャだから声に出せねーだけで」


「光光光うるさいンゴねぇ」


「本当ですよ。なんか今日はまだ夏でもないのに日差しが強いし……」


 見上げると、確かに太陽は5月にしては強めな視線をギラギラと向けてきている。


「だが、午後はもっと気温が上がるらしい。午前中が体育の僕達はまだ恵まれてんだよ」


「他クラスやら二年三年はもっと、ってわけね」


 球技祭はどうやら全学年参加で、異なる学年とも対戦するらしい。ランダムだかくじ引きだかで対戦相手を決めたらしく、実際に俺たちの対戦相手も二年生だったはずだ。


「……」


 俺が二年生と三年生の教室がある場所を見た瞬間──────見つけてしまった。


「……マジかよ」


「どうしたんです?」


「あぁいや、その……」


「─────誰か、手を振ってますぞ?」


 距離はそこまで遠くなかった。校庭の端の木下にいる俺たちと、その窓との距離は。


「あれって……灰崎先輩ですか!?」


「……だな」


「手を振っている相手は─────考えるまでもねぇ、来栖君か」


 桜塚の言う通り、窓から見える長い前髪の彼女は俺に手を振っていると断言して良いだろう。


 ……というか、ここまで離れた距離で─────日常の波動もあって、俺しか見えていないかもしれない。


「な、何ぼーっとしているのですか来栖氏!」


「へ?」


「振り返さなきゃダメですぞ!早く!」


「え、あ、確かに……!」


 急いで窓に向かって手を大きく振り─────細かくは分からないが、灰崎先輩が歯を見せて笑ったように見えた。


「……こんな、こんな経験があって良いのか、俺に……」


「おいおいおい!こんなんぜってー来栖に惚れてんだろこれ!惚れてねーならこんな事しねーよな!?」


「そ、そうなのか……?」


「僕の予測によれば……50%と言ったところだな。惚れている可能性と、惚れていない可能性が同時に存在している」


「桜塚君、多分今すごい馬鹿な事言ってますよ」


 球技祭も近い中、練習をサボり続けている俺に何を思って手を振ったのか……いや、こういうのってそんな深く考えないものなのかな。


 ─────何にせよ、灰崎先輩が俺の事を好きなら……。


「だとしたら、普通に嬉しいな」


「恋愛相談なら任せてくださいよ!と言っても自分は香澄から告白されたので、そんな役に立てるアドバイスは出来ないかもしれませんけど……」


「……あぁ、ありがとな」


 でも、そうは思いたくない。


 もし違ったら最悪だから。勝手に期待しといて裏切られたくない。


 だから─────こんな風に手を振り合ったり、何気ない時間を過ごすのが一番良い。これがずっと続けば何も言う事はない。


「ずっと続いてくれれば……な」


 まだ五月だ。先を憂うには─────早いか。












 ー ー ー ー ー ー ー














「……ふふ」


 振った手を下ろしながら、灰崎廻は上がりきっている自分の口角に気付き─────


『少なくとも俺は……灰崎先輩との時間が楽しかったから一緒にいたつもりなんです』


 ふと、その言葉を思い出してしまった。


「っ……」


 唐突に、関係ない場面でも思い出してしまうほどにその言葉は印象に残っていた。形容し難い感情が脳を渦巻き、全身が熱を帯び─────『喜び』という感情を味わっている事に恥ずかしくなる。


 ……紅潮しそうな頬を叩き、廻は校庭にいる来栖悠人を睨んだ。


「陰キャのくせに生意気だからなァ、何か分からせてやる機会が欲しィ─────」


 思いつくまでの時間はほんの一瞬だった。


「ふははは……そうだ、これで行こう……!」

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