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世界中のプレイヤーと競っているのです

「まず一つ確認させてほしい。この事は朝見に頼まれたのか?」


「まさか。ボクの独断行動だよ」


「だろうな、論外。あいつが本当に俺と仲直りしたいと思ってるわけがないだろ。俺に謝ってきたのも……罪悪感から逃れるためだ。俺もそれを咎めない、こういう形で丸く収まるんだよ─────」


「だったら、あんな悲しそうな表情はしていないさ」


 言葉とシンクロするように、榊原の顔もまた苦悶に歪む。


「最近の彼女はいつも……どこか憂いた顔だ。小学生の頃の星をよく知っているボクは、成長した星に違和感を感じてしまうというのもあるだろうけど……それでもおかしい。……危険なんだよ」


「危険だ?ちょっと鬱ぶるくらい思春期なら当たり前だろ。少しぐらい不登校にでもなって、俺の気分を体感すると良いよ」


「それは手を差し伸べない理由にはならない」


「……格好付けんなよ、元から格好良いくせに」


「君からすれば、星の苦しみなどたいした事ではないと思うのも仕方ない。だが星が苦しんだとして、それで来栖君はどうなる?苦しみは紛れるかい?……ボクは、どうしても君がそういう人には思えないんだ」


「紛れるわけ無いだろ?ただ─────気分が良くなるだけだ」


 自然と人差し指に力が入る。


「卑怯なんだよあいつは……!自分だけイジメから逃げて、そのくせイジメるのは周りに任せて自分は何もせず、3年経ってからは罪悪感からも逃げようとしてやがるッ!」


「……あぁ、その通りだ」


「あいつの苦しみなんて俺は知らない、知ってるのは俺の苦しみだけ。……いっその事、また不登校にでもなろうか。そしたら朝見はあの動画のせいだって、自分のせいだって考えるだろうな。中途半端に善人ぶろうとしてるあいつならきっと─────」


 ふと、十円玉が移動する。強引に動かされた先は……『いいえ』の文字。


 口元しか見えないが、明らかにムッとしたような灰崎先輩が首を振っていた。


「……」


 陰キャのくせにすぐ情緒がイカレる性格に嫌気がさしてくる。つまり……冷静になってしまった。俯瞰して見た時、この場で一番ダサいのは俺だった。


「……馬鹿馬鹿しいな」


 3年経ってもまだ、朝見星という人間に振り回される自分が。人の不幸が主な食糧となってしまった自分が。


 人間関係という、ただの社会構造の一部で悩んでいる自分が……酷く小さく見えた。


 俺が間違っているとは思わない。歪みすぎているとも思わない。むしろあんな経験をしておいて、今も学校に通っているのだから褒めてほしい。


 ─────でも、それでも『普通』には程遠いんだよな。


「……分かった。どういう『仲直り』を想定してるか知らないけど、拒みはしないよ」


「っ、本当かい!?」


「ンゥ、急だねェ。どんな心変わりがあったんだィ」


「別に……何というか、アレですよ。俺が今こうしてる間にも、世界には泥水を啜るしかない子供がいる……みたいな綺麗事じゃないですけど。今、この学校に爆弾が落ちたら全部どうでも良くなるのに、どうして深刻な事みたいに悩んでるんだろうってなっただけです」


 仮に俺が物語の中の登場人物だったとして。こうやって元カノとのいざこざで本気で頭を悩ませてる奴がいたとして。


 そしてまた仮に、別の物語の登場人物がいるとする。そいつはラスボス戦で、ラスボスにトドメを刺すか瀕死の仲間を助けるか、どちらかしか選べない状況に陥っているとする。


 ──────ほら、俺の悩みなんてマジでどうでも良く見えてくるだろ。苦しんでるアピールなんてするもんじゃないな。


「で、榊原はどうやって俺と朝見を引き合わせるんだ?」


「……」


「ほら、前に二度と顔見せるなーみたいな事言っちゃったし、あいつも俺に会うのは避けるだろうし……」


「い、一週間待ってくれないか……?」


「えっ」


 悦びに満ちた笑顔から引き攣った笑顔に流れるように変遷した榊原は、一丁前に前髪を掻き上げながら身振り手振りが激しくなる。


「ほ、ほら。星はきっと遠慮すると思うんだ。だからそう、このボクが星を連れてきて君と合わせる作戦を考え、それを実行する最適なタイミングをだね……」


「要するに方法はまだ考えてないって事か」


「そうとも言うね!」


「……ま、一週間もあればただ話し合いをさせるのくらい、出来るだろ」


 ─────これで良い。俺は間違っていないはずだ。


 確実に前に進んでいる。逃げてなんかいない、過去に立ち向かっている。


 ……何も、問題は無いはずなのに。少し思い切った行動をするとすぐ不安が芽生える。


「一週間後……って言やァ、球技祭前だねェ」


 灰崎先輩の言葉が無ければすっかり忘れていたそのワードに、俺は目を見開いて……さっきまでの不安を放って絶望した。


「本当にやるんですね、球技祭って……」


「当たり前だろォ。来栖クンの活躍、楽しみにしてるぜ」


「憂鬱でしかない……」


「な、何をそんなに嫌がっているんだい?むしろ、みんなでスポーツをするなんてイベント、基本的には楽しいものじゃないか」


「基本的には、って言っちゃってるじゃん」


 俺みたいな引きこもり陰キャにはスポーツは厳しい。それに球技なんて大体団体競技だから、自分の下手さで周りに迷惑をかけてしまう恥ずかしさがいつまで経っても慣れないんだ。


「朝見に球技祭に……連休明けだって言うのに畳み掛けてくるな」


 それこそ基本的に、幸せには代償が付きものだ。ぐーたら生活を満喫出来たゴールデンウィークは、だらけた分だけ休み明けがキツくなる。……休まずに仕事三昧だったって人もいるみたいだから、迂闊に大きい声では言えない事だけど。


「何はともあれ、まずは明日のチーム決めか」


 ホームルームで担任が言っていた事だが、種目とチーム決めは明日に行われるらしい。


(とりあえず荒川あたりと雑魚チーム組んで……うん、そうしよう──────)


 使えない奴らは使えない奴と。それが当たり前で、高校生にもなればみんな分かってるし、だから俺という腫れ物のせいでピリついてる我がクラスでもすんなりと決まっていく─────そうに違いない。


 ……その『使えない奴』達に俺が歓迎されるかは別として。

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