召喚獣を確保します
「で、旅行は楽しめたかィ?」
「……」
「おーーい。来栖クン?」
「え、あぁ……すみません」
ゴールデンウィーク明けの憂鬱な授業を乗り切った後の、もはや習慣と化したこの部室の中で。
俺は─────可愛らしく、しかし美しく、ミステリアスな雰囲気があるのにヤンキーの荒々しさが強いこの人の顔に……視線が釘付けになっていた。
俗に言う、『相手が自分の事を好きかもしれないと思うと急に意識し始めちゃう』ってやつだ。こんな典型的な症状に陥るなんて恥ずかしいにもほどがある。
──────この人が俺を好きになることなんて、よっぽどのことが無きゃあり得ないはずなのに。
「ところで来栖クン」
「はい」
「今日の活動はなんでしょう」
「心霊写真撮影会とか」
「はい不正解。でも案自体は面白そーだしいつかやろっか……ということでェ」
どこからともなく取り出され、机に叩きつけられたのは一枚の紙。
──────ひらがな五十音が記された紙だった。他にも『はい』と『いいえ』や、1から9の数字が書かれている。
「やろうぜこっくりさん」
「……なるほど、これは大分オカルト研究ですね」
十円玉を置いた灰崎先輩と同じように、俺は人差し指を乗せる。
「えーっと……なんて言うんだっけ」
「何がですか?」
「こっくりさんの詠唱だよ。召喚口上」
「表現がオタクすぎませんか。……確か──────」
俺は脳内に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「龍神の弓、天馬の矢!戦いの嵐を鎮めよ!光龍騎神サジ●トアポロドラゴンを召喚……ッ!」
「うわ最悪。ここでデュエ●とか遊●王とかのセリフ言うならまだしもバ●スピをあえて選んでしまう来栖クン、さすがのひねくれ具合だねェ」
「俺は小学生の頃、周りがデュ●マに熱中する中一人で寂しくバトス●してたんです。分かりますか?俺のこの気持ちが。●ュエマ対●トスピでやってみようぜwって空気になってノリでやってみたら互いのルールの押し付け合いで喧嘩になったり……」
「あー黙れ黙れ。覚えてないから適当でいいや……えーと、こっくりさんこっくりさん。出てきてくだせェオナシャス……あ、来たらさっさと『はい』に行ってもろて……」
─────十円玉は微動だにしない。
(……これって空気読んで動かすんだよな)
集団心理か何かが作用して動くんだっけか?と言っても今いるのは二人。たんなる茶番でしかない、こっくりさんの雰囲気すら感じられない。
(とりあえず『はい』の方へ──────)
─────コンコン。
「ぎゃあああああああああ!?!?」
「えぇうおぉぉぉおおおお!?!?」
突然響いた音にビビり散らかした灰崎先輩が叫び、その声に驚いた俺がまた絶叫を呼応させてしまった。
「ど、どうかしたのかい!?」
音の鳴った方向……ノックされたドアが開き、狙ったのかと疑うほどにタイミングの良すぎる元凶が姿を現す。
「……榊原?」
「何があったんだい?その、すごく叫んでたみたいだけど……」
「「……」」
俺と顔を見合わせた灰崎先輩はため息の後にヘアピンを外し、十円玉の上の人差し指に力を込めた。
「あー、ちょうど今こっくりさんが現れてさァ」
「あ、現れたんですか!?でもあれって迷信じゃ……」
「いやマジだよマジ。襲われそうで結構危なかったんだけど、ちょうどドアが開いたタイミングで────」
「で……?」
「……いや、ここから先は言わないでおこうかなァ……」
「え!?ちょっ……と、取り憑かれたりしてないですよね!?」
「知ィらね」
単に心が狭くていやがらせしてるのか、そもそも困った人間を見るのが好きなのか。灰崎先輩の行動理念は全く読めないけど、まぁ……今のタイミングの榊原に言いたくなるのも少し分かる。
「で、どうして榊原はここに?」
「あ、あぁ。その……だね」
────灰崎先輩の様子をうかがうような視線。
「少し、話したいことがあるんだ。内容的に、君もあまり人に聞かれたくないだろうから……」
「なんだそれ、怖いな……とりあえず何の事か言ってみてよ。先輩に聞かれたくないかはそれからだ」
「……本当に言っていいんだね?」
榊原の表情はいたって真剣だった。
そんな顔はもう────答えを言ってしまっているようなものだ。
「単刀直入に言おう。ボクは来栖君の過去についてを線堂君に教えてもらった」
「……進か」
予想通り、俺と朝見の件を知ったか。そして情報の入手経路が進となると────進が何を企んでいるかも、想像出来てくる。
「じゃあ決まり。そのことについては灰崎先輩にもう言っている。気にするもクソも無い……ほら、座れよ」
「……失礼するね」
俺の斜め前、灰崎先輩と一つ席を空けた場所に榊原が収まったことで、部室に三角形が生まれた。
そのうちの二人は未だにこっくりさんの姿勢を崩していないのだから、傍から見れば奇怪そのものでしかないだろう。
「まず、ボクの立場をはっきりさせたい」
「立場?」
「そう……ボクは電車での来栖君と動画での来栖君にただならぬ違和感を抱いた。まるで別人のようだ。痴漢から女性を守ろうとする君と、女性に心無い言葉を浴びせ続けた君。どちらが本物なのか分からないけれど、ボクはそれが気になった。とても気になったんだよ」
「うん」
「そしてボクは君に借りがある。あろうことか助けようとした君を痴漢と間違えてしまうという……その、改めてごめん……」
「いいから続けろよ」
「そ、そうだね。えぇっと、それで……そう、ボクはその借りを『学校内での立場の回復』という形で返そうとした。君の善悪は問わず、今の状況は見過ごすわけにはいかないからね」
「……」
「だが君は過去を語らなかった。事情を知らないボクが周囲に何を訴えても効果はない……そこでボクは君の事を深く知ろうとした。強引に君の了承を得て、話してもらおうとしたんだ。さっきみたいに部室の前まで来て」
「……で、進か」
「うん。ボクは事の顛末を知り、そして────────『もう一つの立場』を手に入れてしまった」
するすると耳から入り、脳を通り抜けてまた耳から出ていっていた榊原の言葉だが、そこで俺はすぐに咀嚼しきれない言葉を聞いた。
「もう一つの立場……?」
「これが無ければ、きっとボクは借りを別の形で返そうとしただろうね。でも知ってしまったからこそ……彼女の友人であるからこそ、ボクはやらなければいけない。多分、きっと、ボクにしかできないし……ボク以外誰もやりたがらないから」
「何を言って────────」
その時、俺は人差し指に力を感じた。下にある十円玉が動き、そして────
『あ』
『さ』
『み』
『?』
────そして、灰崎廻の……すべての人間を馬鹿にしたような不敵な微笑みが俺を見ていた。
そんなことは分かってる。誰だって予想できる可能性だ。でも、でも……目を逸らしたいんだ。
やっと良い関係に、友達になれたかもしれなかった榊原から────奴の名前なんて聞きたくないから。
「っ……」
十円玉を急いで『いいえ』の方へと向かわせる。それで結果が変わるはずはない、変わる訳がない……でも頼りたくなるのが、縋ってしまうのが人間の心理。
「ボクは朝見星の友人として────君たちの因縁を断ち切り、君たちの関係を……繋ぎなおしたいんだ」
ぐるぐると回りそうになる視界。真剣に俺を見る榊原のその隣で、彼女はまた新たな『非日常』に心を躍らせていた。
 




