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少しルート変更が必要かもしれません

『ふ、ふははは……紹介するよ。ちょっとお茶目でかなりアホなワタシの妹を』


 俺と視線を合わせた少女はだんだんとカメラから距離を取っていき、やがて灰崎先輩が下の画角を取り戻してからその隣に位置取った。


『灰崎巻希でーす』


「え、あ、く、来栖悠人です……」


『ねぇ何これ。向こうの画面、なんか陰キャがいるんだけど』


『そりゃ陰キャだからねェ、当然でしょ』


「うーん、陰キャに厳しい世界……」


 ん?いや、世界はそもそも陰キャに厳しいものだから、それだと『頭痛が痛い』みたいになるか。


(しかし、妹か……)


 名称は知らないけど地雷系っぽい髪型に、名称は知らないけど地雷系っぽい服、爪、メイク……『地雷系と言ったらコレ!』みたいな煽り文句で売られていそうなコテコテのファッション。中学生の妹がいるみたいな話は聞いた事があるが、詳しい人柄やエピソードは知らなかったせいで衝撃を受けている。


「ははは……似てますね、姉妹で……」


 周囲の陽キャの会話をうつ伏せになって聞いていた俺からすれば、このセリフは『兄弟姉妹を見せてもらった時』の採用率一位だ。たとえ似てようと似てなかろうと、とりあえず言っておけば悪い印象は与えない安牌。


『─────は?どこが?』


「えっ」


 ……のはずだったのだが。

 巻希ちゃんは目を見開き、画面の向こうを俺すら睨み殺せそうな眼光を向けてきたのだ。


『ねぇ、どこが?どこが似てるの』


「いやその、普通に……目元とか……」


『……』


「あと、どっちも系統は違えど『うわっ』ってなる……じゃなくて、『人目を引く』格好だから似てるなーって」


『ジョ●ョTシャツがなんか言ってらァ。巻希ちゃん、こいつデートにアニメキャラのTシャツで行くような奴だから気にしないで─────』


『……別にいーよ』


 そう言った巻希ちゃんは……カメラを一瞥した後すぐに背を向け、画面外に姿を消した。


 残ったのは、勢いよくドアを閉めた音の余韻だけ。













 ー ー ー ー ー ー ー













 廻の部屋のドアに寄りかかりながら、薄暗い廊下でため息を吐く。


「わたしとお姉ちゃんが似てる、か──────」


 灰崎巻希は頰に手を当て、心の底から嬉しそうに、自慢げに顔を撫で回した。


「やっぱそうだよね。わたし達は姉妹なんだから……似てるのは当然!」


 両手で覆った顔面。その内側の笑顔は─────崩れた。


「─────うん、おかしい。あの男には決定的におかしいところがある」


 その指と指の隙間から覗くのは……まるで雲に隠れる月明かりのように鋭い『目』だった。


「わたしの『目元』を見て似てるって言ったあいつは、お姉ちゃんの目元を見ている事になる。……お姉ちゃんが前髪を上げた姿を、あいつは見ている」


 最近、洗面台に置いてあるヘアピンが一つ少ない事に巻希は気付いていた。


「お姉ちゃんの病気は『日常に靄がかかる』症状。人間の顔とか文字とか、『その形である事が当たり前』のモノに靄がかかって『その形でない』状態になっちゃうのが気持ち悪くて、欠けた状態の人間の顔を見たくなくて─────お姉ちゃんはいつも前髪で視界を覆ってる」


 辿り着くのは容易だった。しかしその答えはあまりにも漠然としている上……対策が取れない。


「あの男……来栖とか言ったっけ?あれは『非日常』─────お姉ちゃんが愛してる、よく出くわす交通事故とか殺人事件とか自然災害とかと同じ」


 来栖悠人は灰崎廻にとって唯一の存在であり、彼女の救いになっている。共にいて不快感を抱かない無二の人間。


 ──────だが、同時に。


「……あいつはそれと同じ厄災かもしれない」


 例えば殺人事件は、誰かが損をしているのにも関わらず誰かが得をする状況がある。被害者への恨みなどの十分な動機があり、逃げ切れた場合の犯人にとっては得でしかないだろう。


 来栖悠人もまた──────単なる甘い蜜ではないのかもしれない……その危険性を感じずにはいられなかった。


 彼が牙を剥いたその時。


「でもあの様子だと……結構依存しちゃいそうかも」


 もし、来栖悠人が灰崎廻に害を為した場合。


「その時、お姉ちゃんは────────」










 ー ー ー ー ー ー ー













 巻希ちゃんが去ってからは、本当に他愛も無さすぎる話ばかりをした。


 互いの家族のエピソード、小学生中学生の時のエピソード、他人の受け売りでしかないエピソード……明日には忘れてそうな話を、いくつも。


 溶けていく時の中、俺は───────没入感の端に澱みを抱えていた。


『そろそろお開きにしようかねェ。風呂入んなきゃ……』


「……そうですね」


 その澱みを、ずっと気になっていた事を……口の中で何度も噛み砕いた後、俺は告げた。


「一つ、最後に良いですか」


『ン?何?』


「灰崎先輩には……巻希ちゃんや両親、家族はどういう風に見えてるんですか?」


 家族とは日常そのものだ。能力の判断基準に本人の価値観も入っている……豪火君という例をふまえた灰崎先輩の仮説が正しいなら、彼女の目に映る家族は、もう─────


『見えないよ』


「え……」


『だから波動の大きさや形と声で判断してる。完全に見えないってなったら逆に家族のうちの誰かだーって分かっちゃうし、案外困らないよ』


「困らないって……!じゃあ、家族の顔は──────」


『……覚えてるよ、まだ』


 わずかながらも、絶望ではなく希望を抱いてすらいたその言葉は──────とても一人の高校二年生に言わせて良いモノではないはずだった、


『ワタシが次に家族の顔を見れるのは、『家族が死んだ』って非日常の時かなァ……多分ね。死体は日常の内に入らないはずだし』


「……」


『大丈夫だって、心配すんなよォ。昔はともかく、少なくとも今は……キミがいるからね』


「!」


『……も、もう切るからなァ!じゃあね!』


 ブツッ、と俺の部屋に静寂と孤独が帰ってくる。


(嬉しい言葉ではあった、けれど─────)


 灰崎廻の理論には明確な穴がある。


『昔はともかく、少なくとも今は……』


 ─────危惧すべきなのは『未来』なんだ。


『キミがいるからね』


 ─────もし、俺が……灰崎先輩と過ごすうちに、彼女の中で俺という存在が『日常』になってしまったら……。


 灰崎廻にもまた、永遠の静寂と孤独が帰ってきてしまう。


「きっと……そうはならないはずだ」


 豪火君も俺も、『非日常』であると判断された理由は『能力』を持っているからだ。その能力が消えない限り、俺は灰崎先輩の中で非日常であり続けるはず。


 そう考えなければ救われないんだから──────そう信じるしかないだろ。

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