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これでようやく憧れを外せます

「ただィま〜っと」


 廻の声に返事は無い。彼女の両親はまだ仕事から帰ってないのか、既に眠ってしまっているのか……廻からすればどちらでも良かった。


「ふふふふーん、ふふーん、ふふーん、ふふ、ふっふふふふふーん!ふふふふふふふーふ。ふっふふーん……」


 家族が疲れて寝ているという可能性があるのにも関わらず、廻は鼻歌を歌いながら自分の部屋へと向かい─────


「おかえり」


「んあれ、巻希(まき)……珍しいねェ、わざわざワタシを出迎えてくれるなんて」


「その騒がしい鼻歌を止めるため。ほんっとにうるさい、もう夜だよ?しかも聞いた事ある曲っぽいのに微妙にド忘れしちゃってモヤるし……」


「ドラク●のやつ」


「あー……そうだったそうだった」


 灰崎廻の妹である灰崎巻希は、姉ほど人目を引く格好はしてはいないが……いわゆる『地雷系』と呼ばれるファッションを好き好んでいる。


 帰ってきたばかりなのか、服装も巻いたハーフツインも維持されたままの彼女は、廻の部屋と隣り合う巻希の部屋のドアの前に立っていたのだ。


「ってか、珍しいのはお姉ちゃんの方でしょ」


「何がだよォ」


「……最近、やけに機嫌良いじゃん」


「あらァ、分かっちゃう?」


「男でも出来た?マキとは目も合わせてくれないのに、そこら辺の赤の他人がそんなに気に入ったんだ」


「ふはは、妹のくせにワタシの分析が甘いね。灰崎廻ともあろう存在が、そこら辺の男にうつつを抜かす訳ないじゃないかァ」


「……まぁ、さっき鼻歌でドラ●エの序曲歌ってたもんね。余程良い事があった時のお姉ちゃんの特徴だって事はマキも分かってるよ。じゃあ何?ものすごいイケメンって事?」


「違うけど……ワタシにとってはそういう解釈も出来るかも」


 そもそも『日常の波動を見る』能力のせいで、灰崎廻はほとんど人間の顔をまともに認識出来ない。日常の象徴である家族ともなれば尚更で、今の廻も実の妹を声で判断している。


 そんな彼女が何の障害もなく目に映せる唯一の存在────ともなれば、実質イケメンとも言えるかもしれない。


「は?じゃあ……あぁ分かった。ちん●か」


「へ?」


「ち●ぽでしょ●んぽ。お姉ちゃん、そんなでかいのが好みだったんだ。きもちわる……家族にビッチがいるとかほんと考えらんない」


「ち●ぽち●ぽち●ぽ、お姉ちゃんはこんな妹持って恥ずかしいなァ!……あーでも、来栖クンと巻希はちょっと似てるかもね。そういう卑屈なところは」


「やだ、お姉ちゃんの彼氏なんかと一緒にしないでよ。マキやりち●嫌い」


「そもそも彼氏でもねェし」


「え……?」


 受け答えからして、男が関わっているのは確定だろうが……彼氏ではないとなると巻希は益々興味が湧いてしまう。

 恋人でもなく、しかし廻に笑顔をもたらした男とは一体何者かと……家族として、妹として対抗心のようなものが芽生える。


「セフ●?」


「だからそういうのじゃないって!……フツーに学校の後輩だよ」


「は?」


「じゃーワタシはこれから楽しい楽しいお電話タイムだから。くれぐれも邪魔すんじゃねェぞ」


 長い前髪の奥は相変わらず巻希の方を向かないまま、廻の部屋の扉は閉ざされた。


 月明かりが差し込む廊下に、巻希はただ立ち尽くしながら─────『後輩』とやらへの嫉妬と感謝に板挟みにされていた。








 ー ー ー ー ー ー ー










 8時。約束の時は来た。ソワソワと自分の部屋でスマホを眺めるだけの時間は終わりだ。


「さて……うお、かかってきた」


 騒々しいバイブレーションの音を聞き続けるのは不快極まりない。でも応答ボタンを押すのには少し、勇気が必要で─────数秒の逡巡の後、俺は震える人差し指で緑の円形を赤色に染め上げた。


『もしもし』


「お疲れ様です来栖です」


『仕事の連絡かよ』


 聞こえてくるのは、実際に会って話す時とそう変わりない灰崎廻の音声。


「この度はどういったご用件でしょうか」


『おいおい、もっとラフに行こうぜェ。いつも通りでさァ』


「……ん“ん。では改めて、何の用ですか?」


『あ、言いたい内容は変わらないんだ』


 数回ほど『うーん』だとか『あー……』だとか、悩んでいるように聞こえる声がした後、音声は聞こえた。


『なんていうか』


「はい」


『……ふ、普通に喋っていたくて……それ以外は特に用も無いんだけど……ダメ?』


 ─────刹那。


 圧倒的なまでのラブコメの波動がスマートフォンから射出される。


「うおっ……!?」


『どういう反応だよそれは』


「あぁいえ、少し……驚いちゃって。別にダメとかじゃないですけど、その……」


『その?』


「話したいから通話するとかいう、あまりにもしょうもなすぎると同時に羨ましすぎる状況を自分が体験出来た自分に驚いたんですよね!」


『ダメだこりゃ』


 ラブコメアニメ、漫画はもちろん……現実でも『喋りたいから電話かけちゃった』みたいな話というか、セリフは聞く。俺はそれが一切理解出来なかった。電話なんてだるいだけだし、基本的にメッセージでいいし、俺が電話する時って言ったら二人以上に同時に伝えたい事がある時くらいだし。


 でも─────羨ましいとは思っていた。一人で黙々とゲームしてる方が楽しいと思っている自分が悔しかった。


 だからこそ、俺は今の自分が誇らしい。


「俺も何の意味も無いお喋りしたいです。不登校だった時の後遺症で突然将来への漠然とした不安に襲われたり、世界に自分一人しかいない風に錯覚しちゃったりする自分の精神の脆弱さを誰かと話す事で紛らわしたいです」


『やめてくんない???ワタシも一時期引きこもりだったから刺さるんだけど────え、あ、ちょっ……!?』


「……先輩?」


 慌てるような声と、ドタバタと激しい物音。


 少しの間を空け──────表示されたのは、『ビデオ通話』を了承するか否かの選択。


「なんかトラブルでもあったのか……?」


 ─────と言いつつ、俺はすぐにビデオ通話に移行した。何故かって?


 こういうラブコメの通話回では……『間違えてビデオ通話にしちゃってあられもない姿が見えちゃった』イベントが鉄板だろうが!それを見逃すわけにはいかないだろうが!


「灰崎せんぱーい。大丈夫ですかー。何か大きい音がしましたけどー」


 鼻の下が伸びているのを自覚しながら、俺は画面を覗き込み──────


「……誰?」

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