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休戦前夜、踏ん張り時です

「あ、そうだ。ゴールデンウィークは家族で旅行行くからね」


「えっ」


 シャケと白飯をかき込んだ直後、母さんは唐突に宣言した。


「急すぎない?」


「うーん、悠人にだけ伝えるの忘れてて……」


「えぇ……」


「でも兄ちゃん、どうせ出かける予定とかないんでしょ?」


「まぁそうだけどさ……そう言う海人はどうなんだよ」


「おれは旅行あるの知ってたから遊ぶ約束してない」


「チッ、言い訳を!そもそも俺だけ知らなかったのはなんで?」


 いくら家族とは言えど限度というものがある。もし俺が彼女持ち陽キャだったら彼女との大切な予定が台無しになってブチギレる所だぞ。……いや、彼女との大切な予定が台無しになってブチギレる来栖悠人とか想像出来なすぎるだろ……。


「ほら、悠人最近帰ってくるの遅いじゃん?私とお父さんは一緒に計画立ててたから知ってるし、海人は帰ってくるのいつも早いから……」


「あー……その時に話してたのか」


「なんだっけ、兄ちゃんが入った部活」


「漫画研究部だっけ?」


「……オカルト研究部」


「あぁそうだ!お父さんよく覚えてるわね」


 出た、父さん特有の『自分だけが知ってる話題の時にだけ喋る』ムーブ。一言だけぼそっと面白い事言って陽キャに好かれるタイプの陰キャだ、羨ましいよそのスキル。


「最近楽しそうだよね。兄ちゃん」


「え、そうか?」


「うん、なんか目の輝きが違う」


「目の輝きが違うかぁ」


 海人は小学生っぽい小学生じゃない。ワードチョイスも少し大人びている。ガキなんてガキらしくわんぱくに過ごしていればいいものの、こいつは陰キャでも陽キャでもないテンション……『落ち着いている』という表現が正しいだろうか。


「確かにねぇ!普段の悠人ならさっさと帰ってゲームしてるのに、そんなに部活が楽しいんだ」


「まぁ……」


「────彼女でも出来たの?」


「「!!」」


 海人が言った『彼女』というワードに……父さんと母さんの顔が強張る。


 あの件があって以来、二人は『彼女』とか恋愛に関する話を一切してこなくなった。以前は頻繁にしていたという訳じゃないけど、気を遣ってくれてるんだろうなというのは分かる。


 でも────海人がその気遣いが分からないような馬鹿では無いという事を、俺は知っている。


 生意気な奴だからな。自分で考えて、自分で判断したのだろう。実際、俺はもう『彼女』関連の話をされただけで発狂する訳じゃないし、二人の気遣いは過剰とも言える。


「んー、まぁ彼女ではないかな」


「ではない!?」


 だから、少しは父さんと母さんを安心させたかったんだけど──────


「その否定の仕方……女ではあるのね!?ど、どんな女よ!オカルト研究部にいる子なんて全員変な子なんじゃないの……?」


「ちょ、落ち着いて……」


「彼女ではないなら……もしかして彼氏か?」


「それは流石にウケ狙ってるでしょ」


 ……まだ少し早いみたいだが、これに関しては文句は言えないな。三年前の俺はこんなんじゃ済まないくらいに心配をかけてしまっていたのだから。


「そ、そういう海人はどうなんだよ。好きな子とかいるか?」


「……」


「なんだよそのムッとした顔は。……黙ってないで言えよ、ほらほら!」


 顔をしかめて黙りこくった海人を肘で数回突いた後────心底嫌そうに呟いた。


「女、うざいからきらい」


「「「……」」」」


 海人が向いていたはずの父さんと母さんの視線が……再び俺に刺さる。


「悠人さぁ……言ったじゃん、出来れば海人の前ではそういう事言うのやめてって……」


「俺!?流石に言ってないって!……え、これ俺のせい?」


 せっかく話題を逸らしたのにまだ駄目なのか。海人の奴め、小学生はモテるために50メートル走を頑張るくらい馬鹿でいれば良いものを…。


 ────あ、そう言えば。言っておかなければならない別の話題があったんだった。


「そうだそうだ、旅行っていつから?明日はゲームする約束があるんだけど」


「えーっと、明日明後日が土日で……火曜日から木曜日が旅行だね」


「おっけ、なら大丈夫か」


「進くんとやるの?」


「あぁいや……学校に『どうしても進に勝ちたい』って言ってる奴がいてさ。そいつに稽古つけてやるんだよね」


「へぇ、ゲームで稽古ねぇ……変なの」


 ─────父さんも母さんも海人も、まさか『同級生』じゃなくて『先輩』だとは思うまい。『ゲームで勝ちたい』ではなく『喧嘩で勝ちたい』だなんて辿り着くはずがないだろうな。


『廻から連絡先聞いた!よろしくなー!』


『明日オンラインでス●ブラ式トレーニング頼む』


 詩郎園豪火……誇張抜きでこのメッセージ二つだけが送られてきたのだから困る。なんて図々しくて真っ直ぐな男なんだ。流石に暇だし断るのも悪いと思ったから了承したけど……ここまで熱いやる気を突きつけられると罪悪感が込み上げてくる。


(なんだかんだ今年のゴールデンウィークは忙しくなりそうだな……良い事だ)


 一人で休む時間も大切だが、誰かと遊んで過ごすのもまた有意義だ。


 ……有意義なんだけども。


 ──────ゴールデンウィークを迎える前に。今日、俺はとある一つの試練を抱えている。


『豪火にLIN●教えちゃったけど別に良いよね』


『やっぱおかしいでしょそれww騙されるのあいつ馬鹿すぎるww』


『草』


『あいつド●キー使ってるのはそのまんますぎて』


『で、話変わるんだけどさ』


『今日の夜さ、通話しない?』


 ドン●ーからそう来ることってあるんだ。本当にそこまで話の内容も方向性も完全に変わることってあるんだ、という感情と共に突きつけられた─────『通話』という試練。


 送信主はもちろん灰崎廻だ。


(……かかってこいよ、灰崎先輩。あなたを乗り越えて、俺はゴールデンウィークへと辿り着く……!)


 通話とかマジで何を話せば良いのか分からない今日この頃─────最後の晩餐ほどではないが、俺はシャケの旨みをいつも以上に味わって咀嚼した。

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